第72話『ローゼンシュタッテンの儀』


かの世界この世界:72     


『ローゼンシュタッテンの儀』   






 いつまでこのナリでいなければならないのだ……




 わたしとタングリスの思いは同じだ。


 夕べは試着と言うことで、ほんの十分ほどで解放されたが、今朝はプリンツェシン・ローゼンの降誕祭本番。


 顔を洗うと、すぐに昨夜のフランス人形のようなナリにされてしまった。


 ロキとケイトはハローウィンの仮装のように喜んでいる。ブリュンヒルデは日ごろのナイトメアの設定とは違う赤バラのドレスに戸惑いはあるが、まんざらでもない様子で、朝食のベーコンエッグにナイフを入れている。


「食べておかないと夕方までもたぬぞ」


「食べてからの着替えにしてほしかった」


「こう、コルセットを締め上げられては……レンジャーの訓練の方が百倍もましです……」


 タングリスの判断でパンは残すことにして、ベーコンエッグとサラダ、バナナ一本をなんとか胃袋に収めて本番に臨む。




 パパパパーン! パパパパーン! パパパパーン!!




 出迎えの時の三倍ほどの花火が上がって、パレードが始まった。


 そう広くもないローゼシュタットの町だが、時速二キロほどのバラの山車に乗って、にこやかに手を振っていると、けっこうな時間に感じられた。


 町の人たちは、わたしたちの衣装ほどではないが、色とりどりのバラをイメージした衣装で沿道に並び立ち、山車が目の前を通ると、そのままパレードに加わった。


 人々が喜んでいるというのは一種のエネルギーになるのだろう、パレードが広場に戻ってくるころには平気になってきた。




「それでは、本年のプリンツェシン・ローゼン、ブリュンヒルデ殿下によるローゼンシュタッテンの儀を執り行いまーす!」




 ミュンツァー町長が良く通る声で宣言すると、町の子どもたちによって五つのフラワーポッドが持ち込まれた。


「バラの花には、弱きもの悪しきものが一定の割合で咲いてしまいます。見かけは、どのように美しく華やかであろうと、シュタッテン、つまりは剪定いたしませんと、全体としては祝福の力が弱まります。そのシュタッテンを姫にお願いいたします」


 ゼイオン司祭が恭しく金の剪定ばさみを差し出した。


「あ、でも、どの花を切ってよいやら、わたしには分からぬが」


「鋏を構えていただければ分かります。むろん、司祭にして一級白魔導士であるわたしにも見えてはおりますが、聖人、あるいは王家の地を引く方が剪定しなければ効果がありません。さ、鋏を……」


「分かった……お、司祭の言う通りだ、黒く見える花が現れる……ん?」


「いかがなされました?」


「一株抜けているような……」


 町長が役人に、こっそりと聞いている。


「神聖花壇より運ぶ途中で取り落とし、埋め戻した時に抜けたようです。が、一株の事、どうぞ今見えているものをシュタッテンなさってください」


「分かった」




 ブリュンヒルデは、最初の一株を手に取ると、チョキンと音を立ててバラを選定し始めたのだった。




☆ 主な登場人物


―― かの世界 ――


 テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫


 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる


 ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士


 タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係


 タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 


 ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児


 ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体


―― この世界 ――


 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い


 中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る