第58話『ロキの本気』


かの世界この世界:58     


『ロキの本気』     






 ピンポン玉よりは大きく、テニスボールよりは小さい。


 ロキが思わずポチと呼んだシリンダーだ。


 我々がビックリしたので、ポチも驚いたんだろう、狭い四号戦車の車内を飛び回って、砲塔の壁や床や天井やらにビシバシと当たる。当然、車内の五人にもポコポコ当たるわけで、悲鳴やら怒声が響き渡る。


「大人しくしろ、ポチ!」


 立ち直ったロキが慣れた手つきで掴まえて、両手で胸に抱くようにしてやると、数十秒で大人しくなった。


「おまえ、そんなの飼ってたのか!?」


 ちょっと険しい顔でグリが睨む。


 グリは、車長のシートに座っているので、主砲の砲尾の下に居るロキは見下ろされる感じでビビっている。


 我々には礼儀正しいグリだが、わんぱく坊主にはカマシテおこうという姿勢だ。むろん異論はない。


「そんなもの、さっさと捨てなさいよ!」


 ブリは、通信手のシートから上目で睨み、ケイトは装填手のシートに両足を載せて縮こまり、あたかも教室でゴキブリの出現に驚いた女子高生だ。グニは、この騒動にも一人動ぜず三速の巡航速度で四号を走らせている。かく言うわたしは、砲手のシートで、見かけ上は平静だ。瞬間、75ミリ砲のトリガーに力が入ったので、実弾が籠められていれば発射してしまっていただろう。


「ポチは並のシリンダーじゃないんだよ! 河原で仲間にはぐれてオロオロしてるところを見つけて助けてやったんだ、それから、みんなで世話してやって、ピンポン玉ぐらいだったのが、やっとここまで育ったんだよ!」


「それが、どうしてお前のポケットに入っているんだ?」


「それは……たぶん、だれかが入れたんだ」


「だれかが……?」


「きっと、道中寂しくならないようにって……ポチはみんなのペットだから」


「でも、シリンダーなんでしょ!」


「オオカミの子を飼ってるようなもんだぞ」


「よこせ」


 グリが一瞬でポチを掴まえて、同時に開けたハッチから投げ出そうとした。


「やめろー!」


 意外な速さで跳躍したロキは、ポチを握ったままのグリの腕に噛みついた!


「どういうつもりだ」


 車内のみんなが驚いた。わんぱく坊主のロキだが、これほど敏捷だとは思わなかった。最初に出会った河原でも、けっこうな追いかけっこをしたが、これほどのすばしっこさは無かった。


 操縦のため貼視孔(てんしこう)を覗いているグニをのぞく四人が凍り付いたようにロキに目を奪われた。


「おねがいだよ、世話はオレがやるし、しつけもするし、いっしょに連れてってやってよ」


「おまえ……」


 グリが屈みこんで、ロキの鼻先に顔を近づける。


「本気になったら使えるかもな」


「あ、えと……じゃあ?」


「今度、こんなことがあったらチビシリンダー共々、四号の履帯でひき殺してやるからな」


 そう言い渡すと、チラリとブリを見てから頷いた。おっかない車長ではあるが、主筋であるブリをさりげなく立てている。


「えと、お願いがあるんだけど……」


「お願いできる立場か」


「そうじゃなくて」


 ポチを大事そうに抱えながらロキが続ける。


「なんだ」


「グリとかグニとかブリとかややこしくってさ、もっと分かりやすく呼べないかなあ」




 ん……言われればややこしい。


 新しく加わった者ならではの提案だったので、四人の乗員は――それもそうだ――と思うのであった。


 ノルデンハーフェンを目指す道は、まだしばらくはムヘン川の川沿いを東に進んでいくのであった。


 


☆ ステータス


 HP:2000 MP:1000 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー


 持ち物:ポーション・25 マップ:3 金の針:5 所持金:8000ギル


 装備:剣士の装備レベル10(トールソード) 弓兵の装備レベル10(トールボウ)


 憶えたオーバードライブ:ブロンズヒール(ケイト) ブロンズスプラッシュ(テル)


 


☆ 主な登場人物


―― かの世界 ――


 テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫


 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる


 ブリ(ブリュンヒルデ) 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘


 グリ(タングリス)   トール元帥の副官 グニ(タングニョースト)と共にラーテの搭乗員 ブリの世話係


―― この世界 ――


 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い


 中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

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