第10話『志村先輩』


かの世界この世界:10


『志村先輩』    






 最初に崩れた東側のビルは三か国の共同でつくられた。




 実際の工事に入ると、日本以外の二か国の技術では対応できないことが分かったからだ。


 その時点で二か国を撤収させ、日本企業だけで作るべきだった。


 しかし、メンツを重んじる二か国は継続を固執し、日本企業もことを荒立てることを望まず、東棟の建設に部分参加させた。


 結局二か国が担当したところは、三棟を屋上プールで連結するという部分で、重量に耐え切れずに挫滅し、東棟全体を傾かせることになったのだ。そして、傾いた東棟は中棟と西棟をも巻き込んで大崩壊に至ったというわけだ。


 これは、崩壊の責任を擦り付け合う、グロテスクな争いになるだろうなあ……光子は思った。


「悲惨な事件だけど、これは、ただのたとえ話なの」「今から説明することのね」


「たとえ話……?」


「ええ、こじれても、会社が潰れたり、それぞれの国の評判が落ちるだけのこと」


「世界が滅びるようなことにはならないわ」


「でしょ?」


「ええ……まあ、そうでしょうけど」


「ちょっと切り替えるわね……」




 志村先輩が右手を上げると画面が変わった。


 ビルのシルエットはそのままで、シルエットは無数の小部屋に区分けされた。


 小分けされた小部屋には、高校二年の光子の知識では分からない……たぶん歴史的な事件が書かれている。


 歴史的な事件と分かるのは、ところどころ光子でも分かる出来事が書かれているからだ。




 平安遷都 元寇 太閤検地 サラミスの海戦 コロンブスアメリカ大陸到達 戊辰戦争 アパルトヘイトの終焉 etc……




「歴史年表ですか?」


「なんだけどね……」


「よく見て……」


 中臣先輩が呟くと、画面のあちこちがランダムに拡大されていく。




 秀吉が幕府を開く ナポレオンがロンドンを陥落させる ミッドウェー海戦勝利の日本がハワイを占領 リンカーン大統領暗殺失敗 阪神淡路大震災に米軍のトモダチ作戦 安倍首相暗殺される


 光子が見ても史実ではないことがチラホラうかがえた。




「そう、寺井さんが知っているのとは違う事件が起こった、別の世界の年表」


「たとえば、阪神淡路大震災のとき首相は村山さんじゃない可能性もあったの。すると、もっと早くアメリカの支援も受けたし、自衛隊の出動も早くなって、死者は4000人で済むの」


 あの震災では6000人以上の犠牲者が出ていたはずだ……


「2000人以上の命が救われた……すると、どうなると思う?」


 イタズラっぽい視線を送って来る志村先輩。


「そりゃ、良かったんじゃないですか、2000人も多く助かるんだから!」


「すると、こうなる……」


 年表のあちこちが点滅して、事件のいくつかが書き換わった。


「歴史が変わるんだ、先輩……」




 振り向くと、志村先輩の姿が無かった。




「え、え?」


「2000人助かると、時美は生まれてこないの」


「どうしてですか?」


「時美のお母さんが震災で助かった別の男の人と結婚するから、いまのお父さんに出会う前にね」


 中臣先輩が、シレッとして言った。




☆ 主な登場人物


 寺井光子  二年生


 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される


 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 



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