第9話『中臣先輩のロンゲ』


かの世界この世界:09


『中臣先輩のロンゲ』    






 落ち着いてくると部室の様子が分かって来た。



 教室一つ分ほどの部室は畳敷きで、くつろいだ雰囲気なんだけれど窓が無い。三方が障子と襖で、そこを開けると廊下とか別室に繋がっているのかもしれないけど、なんだか、そこには興味を持たない方がいいような気がする。


 中臣先輩が立ち上がって、つられて首を巡らすと、驚いたことに上段……というのかしら、一段高くなっていて、壁面は全体が床の間みたい。三つも掛け軸が掛かっていて、その横は違い棚で、香炉やら漆塗りの文箱みたいなのが上品に置いてある。


 これって、時代劇とかである……書院だったっけ、お殿様が太刀持ちのお小姓なんかを侍らせて家来と話をしたりするところだ。映画かテレビのセットみたいだ。


 中臣先輩は、襖の向こうへ行ったかと思うと、お盆に茶道で使うようなお茶碗を載せて出てきた。


 制服姿なんだけど、お作法に則っているんだろうか、とても和の雰囲気。摺り足で歩くし、畳の縁は踏まない。


 その黒髪とあいまって、大名屋敷の奥女中さんのような雰囲気だ。




「まあ、これをお上がりなさい。気持ちが落ち着くわ」




 前回と違って落ち着いているつもりだったけど、一服いただくと、自分でも分かるほどに呼吸も拍動も、春のお花畑のように穏やかになってきた。


「落ち着かないと、これからのお話は理解できないからね」


「は、はい」


 もっともだ、うちの学校は古いけど、旧校舎とはいえ、こんな部屋があるのは、そぐわないよ。元々は作法室かなんかだったのかもしれない。そうだよね、学校で畳敷きって言えば作法室か、今は使われなくなった宿直室くらいしかありえない。


「これを見てくれるかしら」


 志村先輩が上段の間を示すと、掛け軸があったところが大型のモニターに代っていて、どこかアジアの大都市を映している。


「大きな三つ子ビルがあるでしょ」


「あ、ニュースで見たことがあります。東アジア最大のビルで、屋上がプールになっていて三つを繋いでいるんですよね」


「うん、先月から右側のビルが立ち入り禁止になってる」


「え、そうなんですか?」


「うん、傾き始めていてね、いずれ、他の二つも使われなくなるわ」


「そうなんですか?」


「日本の他に三つの国の建設会社が入って出来たビルなんだけど、技術の差や手抜き工事のために完成直後から傾き始めてね」


「これを見て」


 中臣先輩が手を動かすと、屋上のプールが3Dの大写しになった。


「あ、あれ?」


 プールの水は片側に寄ってしまって、反対側ではプールの底が露出している。


「東側のビルが沈下し始めてるんでプールが傾いているの」


「主に、X国の手抜きからきてるんだけどね、他の部分が、いくら良くできていても、こういうダメな部分があると、使い物にならなくなる」


「三カ月後には、こうなるわ」


 音は押えられていたが、東側が崩れ始めると、それに連れて他の二つも崩壊してしまった。


 3Dの画像なんだけど、崩壊の風圧が感じられ、中臣先輩の髪を乱暴にかきまわし、先輩は幽霊のようなザンバラ髪になってしまった。


「あ、髪の毛食べちゃった」


「トレードマークなんだろうけど、切るかまとめるかしたほうが良くない?」


「だ、大丈夫よ……」


「さあ、話はここからです……あ、あ~、ペッ、髪が……こんどは絡んで……」


「やっぱ、切ろうよ」


「あ、いや、それは……」


「覚悟しなさい!」


「と、時美さん、それは無体です!」


 志村先輩が中臣先輩を追いかけて、不思議な説明は中断してしまった。




 


☆ 主な登場人物


 寺井光子  二年生


 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される


 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る