第4話『二日前』


かの世界この世界


04『二日前』   






 電話一本するだけでいい。


 眩しい……思わずつぶった目を開くと、「また徹夜……」お母さんが部屋の電気を点けたところだ。めったに完結しない小説のプロット書いているうちに寝落ちしたんだ。


 パソコンの右下を見て日付が二日もどったと分かった時には狼狽えた。


 だって、あの時、ああしておけばよかったという後悔はしょっちゅうだけど、実際に戻れることなんてありえない。


 ……かの世部のことは本当?。


 胸から顎にかけての傷も消えていた。ブチギレた冴子の爪にひっかけられて、制服のブラウスを血に染めた傷が。


 テレビは日曜朝のワイドショーをやっている。なんでもかんでも総理大臣のせいにする野党の国対委員長が七面鳥を思わせる表情で与党を批判している。


 でも、明日には野党議員が文科省高級官僚の娘の不正入学に関与していたことが公になって、釈明に追われることになる。


 アジア某国のダムが決壊寸前……これも、明日には決壊して犠牲者が出る。


 日本とK国と某国の合同事業で、それぞれの国の威信をかけたプロジェクト。それが完成寸前の豪雨によってあっさり決壊。


 某国政府とK国は『決壊にいたることはありえない』と発表しているが、日本の企業は沈黙を持って暗に警告している。



 一瞬頭をよぎる。



 これは壮大なドッキリで、テレビに流れているのは録画したもの。


 だって、時間を巻き戻して有ったことを無かったことにするなんてあり得ない。


 学校で起こった忌まわしいことは、全て暗示をかけられたりして思いこまされているだけなんじゃないか。



 以前アイドルグループの番組でこんなのがあった。



 体験コーナーで高校の授業を受けさせられたアイドルが――1+1はいくら?――と先生に質問され「2です」と答えて――ええ!?――と、驚かれたり不思議がられたりするというもの。スタッフやスタジオ見学のオーディエンスまでもが――ええ?――という表情になり、1+1=1が正しいと言い出すんだ。


 つまり大掛かりにやられると、常識では考えられないことでも信じてしまうということなんだ。


 テレビを操作して録画を流すなんて、そんなに難しいことじゃない。


 すると、かすかに爆音がして、上空からアナウンスが聞こえてきた。


――……本日新装開店のスーパーワンダイでございます、店舗改装のためお休みを頂いておりましたが、本日よりの新装開店。開店セールの特売といたしまして……――


 今時めずらしい宣伝飛行だったので鮮明に覚えている。


 それで、家を出るのをニ十分早めてワンダイでお弁当を買っていったんだ。


 ドッキリの為に飛行機までは飛ばさないだろう……いや、今どきの放送局ならそれくらいは。


 どっちつかずのまま、わたしは駅前へ急いだ。


 まさか新装開店のやり直しまではやらないだろう。中学のブラスバンドまで呼んで、紅白の幕に薬玉、それに、あのオバチャンたちの行列……


 ドーーーン! パチパチパチ!


 花火が爆ぜる音がして、通りの向こうに花火の爆炎が三つ四つと花開き、キンキラキンの花吹雪にたくさんのミニパラシュート……その二つが屋上看板のマスコットの鼻の下に引っかかり、鼻血みたいになった。まさか、それまでは再現できないだろう。


 いや、キチンと鼻血になった!


 パラシュートは五色あって、そのうちの赤が同じように引っかかるなんてあり得ないだろう。


 店の前は同じようにオバチャンたちの大行列。


 開店の薬玉が割られ、ファンファーレと共にワンダイが新装開店した。


 まだ、どこか半信半疑のわたしは行列に近づく。


 オバチャンパワーは凄い! あれよあれよの間に列に組み込まれ「おねーーちゃんも!」と、前のオバサンがカゴを渡してくれる。一昨日と同じだ……冷凍食品のところでは「ねえ、あのウィンナーとってよ!」、オバチャンに言われて、完全に二日前の流れになってしまう。


 そして、一昨日同様にお弁当用にお握りやお惣菜を買ってしまう。


「そうだ、電話して断らなきゃ」


 スマホを出して、夏祭り実行委員会青年部長さんに電話する……いや、電話じゃ押し切られたら断れない。


 メールにしよう。


――急用で行けなくなりました。申し訳ありません――


 よし、これで行かなくて済む。


 したがって、ヤックンの告白を受けることもなく、ヤックンを想っていた冴子を狂わせることもない……。




☆ 主な登場人物


 寺井光子  二年生


 二宮冴子  二年生、光子の親友、不幸な事故で光子に殺される


 中臣美空  三年生、セミロングの『かの世部』部長


 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る