ホテルイマバリ(後編)
「平城山さん達は夕飯まで何します?僕は風呂にとっとと入っちゃいたいんですが。」
「そうですね、僕も夕飯の前に風呂入ってあと寝るだけにしちゃいたいのでいいですね。アードウルフさんは何かしたいのはありますか?」
「私もお風呂に入りたいです。今日は少し疲れちゃいました。」
「じゃあ決定だね。」
旅の記録、続く。ニアイコール線路の旅が続く。我々頭文字がタコのコンビと、優し気な二人組が話し合っていたのは今後の予定の事だった。最低限文化的に生きる人間という生命体としてカウントしていただけるように見繕ったオーバーめのサイズの服の隙間から入り込んでくる人工的な空調の涼しさが心地よかった。部屋にも確か風呂が付いていたんだったかなんかだが、まぁどうせ我々は上手く人数的にも割れる故に大浴場までいく事である程度話の方向が定まっていたけれど。
「ちょ、ちょっとお待ちを。色々用意しなきゃいけないものがあるので。」
「じゃ先行ってますね。鍵よろしくお願いします。」
「了解しました。」
「私たちも大浴場に向かおうか。」
「そうしましょう。また後で。」
コウテイさんとアードウルフさんは二人で仲良く行くようだ。
僕は……気を煩わせるつもりにもならない、あくまで他人で居よう。
旅に必要以上のものを望んではいけない。この行為は売名にもならないし、自分の実力誇示にもならないし、ただ己と向き合うだけが旅なのである。少なくとも、僕の哲学では、旅を共にした仲間に、必要以上に酔うことは悪手だ。
しかし浴場何て久しぶりだ。もうしばらく行っていなかった気がする。そういう意味では、かなり楽しみだ。デカいシャツを脱ぎ捨てたその瞬間に皮膚に触れた熱い空気が、脱衣所のカゴに投げ込まれるその瞬間が、童心を思い起こさせた。あぁ、そんな事があったなと。小学生くらいの頃だったか?親戚とよく訪れた気がする。過疎り気味の閑古鳥熱湖を己の物だと叫ぶようにゆっくりと泳いでみたりもした。泳ぐなとは書いてあったけれど、そうやって怒る大人もいなかった。
「泳いでみるか?……いや、ふっ。」
自分を小ばかにして吐く鼻笑いは存外心地がいい。
如何にも「使え」と主張の激しい桶を手に取り、湯をかけて、体を赤く輝かせてから、ゆっくりと、すごくゆっくりと、いつまでもこの瞬間だけなくならない冒険心を以て熱湯に体を順応させる。43度くらいだろうか…………家の風呂の丁度いい気持ちよさを知っていると、熱い湯の、目が覚めるようなぬくもりの虜になる。
肩まで沈めてすこし今日を振り返っていると、彼が遅れて現れた。
「お待たせしました。」
「いえ。」
「あちっ…あ、そこまででもない。」
「浴槽に入った瞬間ってたまにそうなりますよね。」
「ですよね。」
彼もまた冒険心と恐怖心の混ざり合ったあの感覚を覚えているらしい。やはり男はいつまでも本質が変わらないのだろう。なにせ彼は納得の趣味までお持ちだ。…………まぁ、若干僕が想像するそれよりも「あぁ、そこなんだ」感は否めないけれども。
「あの…タコさん?」
「どうしました?」
「明日のアンインの予定って何かあります?」
「あ〜、探検隊の拠点には行きたいですが。」
「そ、そうですよね。」
あっぶね……何も考えてなかった。鈍器もといしおりに感謝。
「ところで平城山さんは?」
「アケノの方に行きたいなって。観覧船があるようなので。」
「いいですね観覧船。じゃあ僕も同行していいですかね?」
「いいですけど、拠点は?」
「多分、他の皆も行きたいと思うんで時間とってくれると思うんですよね。」
「それならいいんですけど。で、少し提案があるんですが。」
「どうしました?」
「アケノの方に電車で行くのはどうですか?」
「……通っているんですか?」
「じつは通ってるんですよ。」
そう、電車。彼の少年はそこに生きている。僕の少年はどこにいるのだろう。もしくは、まだまだすべてが少年でしかないのか。まぁいい。朱の頃合いに走る列車の美しさと言えば、僕の腐った審美眼でもさすがに理解できる。腐ったというよりは、なんだか違う目の肥え方をしたという方がいいのかもしれないけれど。
「とりあえずコウテイさんとアードウルフさんにも相談しないと。」
「ですね。」
「……ちょっとのぼせてきたんで体洗って上がっちゃいますね。」
「わかりました。また部屋で。」
おや、彼は上がるのが早い。
僕はどうしよう。
あぁそうだ、久々にアレをやろう。
「インディアンのふんどし……インディアンのふんどし……」
十文字の言葉を十回唱えれば実質百秒理論。
だるまさんがころんだ、でも代用できる。わざわざ先住民からふんどしをはぎ取ってそれをカウントする必要はない。好みの方を使うと良い。
「……ふふっ。」
あぁ、可笑しい。
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「さて……」
風呂上り。といえば迷わずコレ。
自販機の前でどの牛乳にしようかとまだ飲んでもいないのに腰に手に当てていたら、コウテイさんの風呂上りに丁度重なった。いつの間にやら私服だ、ふむ……ズボン、似合うな?
「私は普通のにしよう。」
「じゃあコーヒー牛乳にします。僕の、一口くらい飲んでもいいですよ?」
「からかっているのか?私が、全部飲んでしまおうか。」
つれないなぁ、とか言って、腰に手を改めて当てて、口の小さ目なビンからごくごくっと飲み込む。まろやかで、濃くて、そして脳が冷えていく。空き瓶になってもこいつはしばらく冷たくて、首筋に当てるといい気分だ。
「もどりましたよ」
「……待ってくれ、どういう状況だ?」
部屋に戻りながらで牛乳を飲み切って、回収の事を忘れていて、行って帰っての往復を無駄にしたのは置いておいたとして。
中に入ったら、なんだか二人がお楽しみだった。邪魔したみたいで申し訳ないな。
「…………。」
なんか、ごめん。
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夕食時まで平城山さんはあんな調子だったので、とりあえず(アードさん主体で)押して引き摺って夕食にありつきに行った。そこまでが大変すぎてあんまり料理のソレを覚えていないけれど、ホテルと名乗りつつ風呂も飯も和風なのがすこし面白かった。カツオのたたきは好物なので覚えている、最高だった。コウテイさんも楽しそうだったからよしとしておこう。
明日の流れは、午前中はアンインエリアを各自散策した後、保安調査隊のアンイン基地にて昼食、午後はサンカイエリアを観光して、事前に話を通してある宿泊先で一夜を過ごす…………らしい。朝早くにそんな話聞いても忘れそうだったから、前もって聞いてきた。
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「…………どうしたんだい?」
「いえ。特に。夜風が恋しい時もあるでしょう?」
「あぁ、あるよ。いい景色だね。」
「そういうあなたは?」
「寝れないのさ。あんなに動いて、疲れたはずなのにな。」
「まぁ、そういう日もありますよ。」
「あしたからはアンインだね。どこに行こうか。」
「そういえば話し合えてなかったですね。明日は、探検隊の拠点も見たいですし。あとは、彼が……列車で行かないかと。」
「いいね、なんていうか、ヒトの旅っぽくて。」
「えぇ。彼は…………彼こそ、寝れているのがすごいですね。」
「気絶に近いんじゃないかい?」
「言えてますね。それ。」
「君も、気絶しておくかい?」
「いいえ、ちゃんと寝ますよ。あなたこそ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ダメだったら……あした、何処かでうとうとさせてくれ。」
「えぇ、どうぞ。」
「……おや……寝るかい?」
「そうします。」
「じゃあ、あした。」
「ええ、明日。」
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最後に断っておく。
旅路の夜風は、強いくらいがいい。
風呂の温度は、熱いくらいが好き。
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