第14話 プロローグ 5 孤児たちの、その後

 現在岡山県営球場は、岡山県が1962年の岡山国体を機に整備した総合運動公園の一角にあり、その公園の敷地内には岡山を本拠地とするプロサッカーチームのための競技場をはじめテニス場や武道館などの施設が整備され、その北側と東側を走る国道53号線に沿って並木が整備されている。


 しかし、ユニオンズが解散した1957年当時はまだ、完全に整備されていなかった。そのため、国道はもとよりその向こうまでは何の障害物もなく、背景の山までが見渡せた。そこまではいかずとも、道路沿いにあったよつ葉園の建物は、球場の内野席の高いところから楽々と見渡すことができたほどである。

 現在でこそあたりは住宅地として整備され、文教地区として県内外の教育熱心な保護者らの人気も高い。また、近隣大学の学生たちの下宿先としてのアパートやマンションも立ち並び、学生街としての顔をも持っている。食堂や喫茶店、居酒屋もたくさんあり、外食できる場所には事欠かない。

 しかし、当時はまだそこまで都市化していなかった。

 現在の総合運動公園の東側と南側はすでに住宅地となっていたものの、北側と西側、特によつ葉園のあった北側は、実にのどかな田園地帯であった。



 白系ロシア人貴族の父親とともに家族そろってロシア革命のさなか日本に亡命してきた少年がいた。

 彼は北海道で育ち、創成期のプロ野球に身を投じた。彼は無国籍者のまま生きた。

 プロ野球選手となったものの、彼の人生は日本社会の差別との闘いの歴史でもあった。

 終戦後、彼は進駐してきた連合軍の軍属となり、それまでのうっ憤を晴らすがごとく振舞っていた時期もあるが、プロ野球に身を投じたときの恩人と再会したのをきっかけに、野球の世界に戻ってきた。

 彼は、プロ野球史上初の300勝投手となった。

 そんな彼の最後のチームが、川崎ユニオンズだった。彼はユニオンズ2年目のシーズンオフ、現役続行の願いも虚しく引退を余儀なくされた。

 彼より若い笠岡和夫が監督となり、その彼と反りがあまり合わなかったこともあるが、何より、財政難のユニオンズにあって、その高年俸が現役続行の足かせとなったことが、その最大の原因であった。

 その前年、目高鉛筆が今でいうネーミングライツ権を得てスポンサーになってくれており、赤字を幾分補填でき、さらには勝率3割5分に達しなかったことによる罰金500万円まではそれで埋め合わせられたものの、その年を限りに目高鉛筆はスポンサーから降り、元通りの「川崎ユニオンズ」に戻ることも決まっていた。

 彼の高年俸を浮かせたからというわけでもないが、3年目の1956年には、東京六大学のスター選手の一人、慶應のキャプテンでもあった佐々本信二を獲得し、確かに、チームの新陳代謝を図ることに成功した。


 しかし、その翌年、1956年1月、かの大投手は、突如交通事故でこの世を去ってしまった。

 彼は最後まで、無国籍者のままであった。そればかりではない。日本社会の中で、彼は差別と迫害を受け続けた。彼を支えたものは、家族を除いては、野球というスポーツだけであった。

 自他ともに、彼は球界どころか、日本社会の「孤児」のような人生だった。

 彼の本名は、本編を通してあえて伏せるが、ある意味彼は、この球団の象徴のような選手であったと言ってもいいかもしれない。


 球界の孤児と呼ばれた球団、そして、日本社会の孤児と自他ともに目された大投手、そして、実際に当時孤児たちを収容していた養護施設。

 孤児と呼ばれた球団は、前年の「若返り」策もむなしく3年目も最下位だった。

 勝率こそ3割5分を少しばかり超え、500万円の罰金こそまぬかれたが、その翌年、1957年3月初旬のある日、キャンプ中にも関わらず、突如、この岡山県営球場で解散を迎えた。

 その解散記念の写真の背景には、なぜか、実際に孤児たちを収容していた養護施設「よつ葉園」が写っている。

 この年、戦後12年目。養護施設にはまだ、戦災孤児たちがいた時期である。


 孤児たちの不思議な出会いとその後を、これからご紹介する。

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