第8話 気さくな若者たちとの一夜

 東京駅を22時30分に出て、列車は東海道を西へと進んでいった。

 監督とコーチ、それに契約上乗れることになっているスタさんというベテラン選手だけは二等車に行って、私らは三等車の向かい合わせの席だ。あなたたち鉄道ファンの世界で言うところの、「ボックスシート」ってやつだね。

 それに乗って、私は選手の皆さんと一緒に一夜を過ごした。

 

 なんせこのユニオンズ、「団結」といえば聞こえはいいが、何のことはない、新球団結成に際して他球団から譲渡された選手で構成されていたのだが、その選手というのが、ベテランで峠を越えた選手とか、いまだうだつの上がりかねている中堅と若手、それと、さほど有望とも言われない新人が何人か、何とかなりそうなのは、そのうち一人か多くて二人、そんな感じだった。要は、他球団で余った選手の働き口の確保と、試合をするための人手の調達に、わがユニオンズは頼っていたわけだ。

 それに加えて、酒好きな選手が多かった。

 私も、酒は嫌いな方じゃなかったから、選手の皆さんと飲みに行く機会は多かった。

 3年目だったかな、新人の佐々本君のタイムリーエラーで負けた試合の後なんかは、彼と高卒新人で初安打を打った西沢君を連れて大阪の難波の居酒屋で飲んだこともあったな。この時は監督がすでに笠岡さんに代わっていたから、そういう話になったって面もあるがね。

 でも、最初の監督の浜中真一さんは、酒の飲めない人だった。

 48歳の時に登板したほど選手寿命の長い人だったが、ご本人に言わせれば、酒を飲めないし飲まなかったからこそ、長く選手を続けられた、ってな。まあ、そうだろう。

 ただし、これは私の印象だが、酒飲みの選手が多いといっても、皆さんものすごく気さくで、いい人たちだったね。それは球団の存続した4年弱の間、一貫していた。

 それと、社会人としていかがなものか、と思われるような選手は、ユニオンズにはいなかった。他球団には、遠征先の旅館の置物だか絵だかを勝手に持ち帰った不心得者もいたようだが、うちは、そんなことはなかった。私の若手教育が功を奏したからだとは言わないけどね。

 ベテランの笠岡さん、中内さん、それに兵後さんという、しっかりした人たちがいたから、そのあたりのことはきちんとしていたよ。遠征先で、いくら旅館の食事が気に入らんからとか何とか、そういうことを思っても、絶対に腹いせとしか思えないような品性下劣な行為は慎めと、笠岡さんと中内さんは常々、選手たちに言っていた。

 それを、兵後さんと私がフォローして、特に私は若手を中心に、社会人教育も含めてのお目付け役を果たしていたわけだよ。これは、川崎の意向もあってのことだったがね。

 事務所では経理とか営業とかもするのだが、遠征先には、基本的に同行していた。現地での折衝とかもあるからね。それは、若い私の担当だった。それとともに、若手選手たちの教育と、ベテランの皆さん、それに監督とコーチの間の調整、そういうことをいつもしていた。


 その点については、監督の浜中さんも私には大いに期待してくれていたし、監督をされていた2年間、私にはずいぶん助けられたとおっしゃっていた。


 1年目の列車の話に戻そうかな。

 東海道を走っている夜中はよかった。

 すでに電化していたし、戦後の復興とともに線路状態も大幅に改善されていたからね。三等車の移動はきつかったはずだが、それが当たり前だったから、私には何ともなかった。第一、若かったからね。

 若い選手たちといろいろ話していたけど、みんな、いいやつばかりのように思えた。特にこのチームには一癖も二癖もあるような人はいなさそうで、こりゃあよかったなと、ほっとしたよ。ベテランの人たちがかれこれ酒とつまみなんかを買ってくれていたから、それのお相伴にあずかって、いろいろ、お話を聞いた。なんせ軍隊経験がある人もおられたし、戦争の話も、それなりの割合で多かったね。そんなお話を聞きながら、日本酒を回し飲みしたり、つまみ代わりの弁当を食べたりして、しばらく、向かい合わせの椅子で仮眠をむさぼった。


 名古屋に着いたのが、早朝の5時過ぎ。何せ1月末だ。まだ暗かった。

 それでも、駅の灯はまぶしいほどに灯っていたし、活気もあった。

 私は、ホームに出て駅弁とお茶を買ってきた。

 ここからはまだ、電化していなかったから、蒸気機関車が列車を引っ張ることになる。冬だから窓を開けたりはしていないが、夏場なんかは、大変だったね。いやいや、今のように密閉の窓じゃないから、冬でも、隙間から煙が入り込んでいたよ。

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