第2話

「君の名前は Hisasi NAGAI で合っているかな?」


 しばらくしてからやって来た何人かの内の一人の発音に違和感を覚えるも、名前を呼ばれている事はわかったので尚志は小さく頷いた。


 ちなみに寝台の脇で何かの操作をすると、尚志の体は何の問題も無く動くようになった。

 この寝台には拘束する機能があるようだった。いまの尚志は寝台の縁に座っている。

 体が動かせるようになって尚志は当人が不思議に感じるほど不安や困惑、それに恐怖感といった感情が薄れていくことに疑問を覚えていた。

 その原因をぼんやりと考えていると、


「もう少しお待ちください。」


 声をかけられて尚志は、入口に視線を向けながら頷いた。


 そういったやり取りをしている最中にも続々と部屋に入って来る。そろそろ部屋に入りきれないだろうと思えるころ、ようやく人の流れが止まり、音もなく扉がしまった。

 数十人はいるだろうか。年齢や服装もまちまちだ。白衣、軍服らしきもの、スーツ姿が多い。


 スーツ姿の比較的若そうな男が寝台の前にやってきて尚志に背を向けた。

 すると、さっき尚志に話しかけてきた男が小声で、


「すまないが、君への説明は皆さんへの状況確認を済ませてからです。」


 と言った。

 尚志は、状況がわからないままだが何か反論しても事態が好転しそうにないと素直にしたがうことにした。


 進行役のスーツの話は、十五分くらいだっただろうか、それほど長い話ではなかった。

 要約すると、尚志の現状説明だったのだが、当の本人には内容は余り理解できないものだった。


 説明が終わると部屋から人が出ていき、尚志の他には4人が残った。


 尚志が最初に見た人形の様な女性。

 スーツ姿の進行役の男性。

 白衣を着た若い男性。

 そして、軍服を着たいかつい男性。


「お待たせしました、ヒサシ ナガイ。」


 にこやかな笑顔で声を掛けてきたのはスーツ姿の男だった。

 相変わらず名前の発音が気になるところだ。


「私が今回、あなたの担当者になりました ルイス・ウーズ と申します。」


 自己紹介に続いて、三人の紹介を始める。


「こちらは、アレキサンドラ・イングリー博士。」


 人形の様な女性を指して言う。

 紹介されたほうは微動だにしない。

 尚志が訝しげに見ていると、


「こういう方なので気になさらずに。」


 ルイスの発言と同時にアレキサンドラ博士は、すたすたと壁際に歩いて行く。用は済んだとばかりに何事かを始めた。


「・・・えーと、」


 尚志はどう反応していいものか、声を漏らしてルイスを見た。

 ルイスも視線をさまよわせていたが、尚志と目が合うと直ぐに逸らし、


「・・・ああいう方なので気になさらずに・・・」


 どうしていいかわからないのはルイスも同じだった。


「研究にしか興味のない方なので、いつものことですよ。」


 そう言ったのは、白衣を着た若い男だった。

 若干顔色が悪いが、瞳がキラキラ輝いていて徹夜明けのハイテンションな人の様なイメージだ。

 尚志が若干引いていることに気が付いているのか、一歩踏み込んだ足を元に戻す。


「いちばん研究したい対象者には手出しできない状態なのは解っているでしょうし。」


 そう言いながら真っ直ぐに研究対象であろう尚志を見つめる白衣の男。

 その目は好奇心に満ちあふれている。

 アレキサンドラ博士と同じ心境なのだろう。

 少しだけ身の危険を感じる尚志。


「私は、ブラッド・フーバー。アレキサンドラ博士の助手をしています」


 とってもさわやかな笑顔で挨拶をするブラッド。だがその目は、獲物を見る目で尚志をロックオンしている。

 ・・・今のところは観察するだけの様だが。


「さて、次はオレだな。フィスロ・カステルだ。よろしくな。」


 最後に、軍服のいかつい男が声を上げた。

 二メートルを優に超える身長と、その身長を感じさせないがっちりとした体、そして、その体をさらに大きく感じさせる威圧感に、尚志は無意識のうちに後退りした。


 その巨体に似つかわしくない人懐こい笑みは、尚志の反応に苦笑に代わる。

 荒事の多い仕事をしている人の持つ雰囲気を苦手にしている者が一定数いることを分かっているフィスロとしては、尚志に嫌われる事を避ける方を選ぶことにした。


「ここはオレはいない方が良さそうだな。

ヒサシ、またあとでな。」


 そう言うとフィスロは、部屋を出ていった。

 ルイスとブラッドは、顔を見合わせると、諦めた表情を浮かべて頭を振る。


「・・・逃げましたね。」

「仕方ないでしょう。あの人はこういう仕事苦手な様ですしねえ。」


 ルイスに続くブラッドの言葉は、フィスロの本音を代弁している。

 実際には人並み以上に出来るのだが、本人が苦手意識を持っている以上は仕方がない。


 会話をしている二人を眺めている尚志の視線に気づいたルイスが尚志の方に向き直り、それにつられてブラッドも尚志をみる。


「失礼。大変お待たせしました。

 少々時間がかかるかとは思いますが、お付き合い頂きます。

 あなたの身に起こった事を鑑みると説明が長くなるのも仕方無いものだと思って聞いてください。」


 尚志は、待たされている間からずっと気になっている事について考えていた。

 それは、目覚めたばかりの混乱がおさまった後の、尚志自身にも原因のわからない落ち着きぶりだ。

 普通、知らない所で目を覚ましたら不安や恐怖を感じるものだ。それが当たり前だ。

 なのにそういった負の感情が無い。全くと言っていいほどに感じない。それが不思議だった。なので、何か思い当たることがないか尚志は考えていた。


 だから時間は気にならなかった。むしろ、考えがまとまっていないのだからもっと時間がかかってもいいくらいだ。

 それでも話しかけられては無視もできないし、説明によっては尚志の疑問の答え、あるいはヒントが見つかるかもしれない。


 尚志は二人の言葉に意識を向けた。

 ルイスは神妙な面持ちで一言目を発した。


「まずここは、地球ではありません」

「・・・は?」


思いもかけない言葉に尚志は、しばらくの間思考がフリーズした。

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