王都-006 ここから飛ぶ練習でもすべきかね?

「さて。私のすべきことは何か?」


サテンはララルーアに問いかけた。そして、ふとまじめな顔で、

「龍は空を飛ぶ生き物であったと言うが、私もここから飛ぶ練習でもすべきかね?」

とテラスから内庭に身を乗り出した。ララルーアが、

「ばかげたことを」

と言って打ち消した。それから、ドレスのすそをさばいて、サテンの傍へ近寄ると、

「飛龍であったなら、必要であろうが、そなたは、賢龍。知恵の龍であったろう。わらわを人間だからとからかわないで」

と言って、サテンの腕に爪をかけた。そして、腕に爪を立てると、男たちに向かって言った。


「こちらが、わたくしの龍よ。みなさまに合わせたくて連れて来ましたの」

と言ってほほ笑んだ。爪は腕に食い込んだ。サテンは全く表情を変えずに、ララルーアの手を片手で取り軽い動きで爪をはずすと、甲にキスした。そして、

「龍だとて、あなたの美しさには言葉もありません。また、あなたほどの美しい女の前では、オスの知性など何の価値がありましょう?」

と言って、ララルーアの目を覗き込んだ。サテンの目は笑っておらず、先ほどの明るさも消え、ララルーアをひるませた。しかし、ララルーアは顔じゅうの筋肉で微笑を作り、微笑んでみせると、サテンの暗い瞳を跳ね返した。それをサテンは気にいって、頬に機嫌の好さそうな色を浮かべる。


そんな二人のやり取りは、おびえた二人の男の目には、都会の洗礼された女に魅入られた田舎者のしぐさに見えた。実際は、ララルーアこそが堂々とした男の動きに翻弄されているように見えたのだが、男達はみたいものを見た。すなわち、ララルーアの田舎の見た目の美しい男が、今回の新しい駒なのだ、と言う現実を、しっかりとつかんだ。若いテス子爵はほっとしたように、また、おっかなびっくりと言う様子で、廊下の隅から、テラスの方へ寄って来た。


「龍殿は、こんな建物での生活は物珍しかろう」


と彼は言った。自分とそれほど年が違わない若い男だと認識したらしい。龍だと言う部分は全く信じていないが、ララルーアが主張しているのだ。否定するわけにもいかないし、追いだすわけにもいかない、と言うことらしい。力が入っているが、歓迎していると言うニュアンスを伝えようとしていた。娘婿の言葉を受けて、マゼラッセ男爵も大きい腹を揺らせながら近寄ってきた。そして、探るような細い眼でサテンを見上げなると、


「なに、すぐにも慣れよう。よい教師を呼んで、作法を覚えれば、寛ぐこともできるだろう。そうすれば、そのうち、おまえにも十分品が出てくるだろう」

と声をかけた。そう言われているサテンの方がよほど品があったのだが、サテンは軽く会釈をしてみせ、

「安心いたした。龍である私にとって、人間の世界など、縁のない世界ゆえ。心配であったのでな」

と言った。テス子爵とマゼラッセ男爵は、合わせたように笑った。ララルーアはため息をついて、わざとらしすぎる、と鼻の上にしわを寄せた。そして、龍の定義をしっかり作り込まなければ、と自分で自分に言って聞かせ、

「サテン殿。わたくし達にもあなたのことが分かるように、龍のことをたくさん教えてくださいましな。わたくし、もっと龍のことを知りたいと、常々思っておりましたの」

と言って、口元を引き締めながら頬のみで微笑を作った。サテンは、その気概に満ちた顔を見下ろしながら、

「あまり知らない方がよいこともある」

と正直に打ち明けた。ララルーアはこの一言が気に入ったらしい。ニコッと温かい笑みを浮かべて、

「そうよ。今のように上手に語ってくださらなくては。宮殿では皇子のお相手をしていただくのですもの。怖がらせないでいただきたいの」

「子供の相手か?」

「世継の皇子の相手ですわ」

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