王都-005 玄関の前で、ステンドグラスの明かりを受け

 ララルーアは男達の怯えた姿を見ると満足したらしい。妖艶な微笑を浮かべると、玄関の前に立ちっぱなしのサテンを振り返って見下ろした。サテンに声をかけようとした。が、言葉が出ない。サテンは、玄関の前で、ステンドグラスの明かりを受けて立っていた。ただそれだけだったのだが、光の中に立つ姿はどこか神々しく見えた。見た目の美しさのせいか言葉が途切れて声が出ない。


 サテンは、そんな彼らを見上げたまま、となりに立つバウンへ軽く腕をあげて見せた。バウンが手にした埃払いのブラシを当然のように受ける。バウンはぎこちない動きで、肩と腕の埃を払う。サテンの動きにつられて、とっさに、腕を動いていた。ブラシが終わると、サテンはゆったりとした動きで階段に近づいた。上の三人は、思わず後ろに半歩下がった。


 サテンが、階段を昇り始めると、無言のうちに踊り場をさらに奥へと下がりだす。サテンの顔は動かない。無表情に、まるで獲物を追いつめているのではないかと言うくらい、表情が動かない。それが、三人を威圧している。


 バウンは四人の様子を見上げていた。そっとブラシを握りしめた。思わず、動いてしまっていた。当然のようなサテンの動きに動かされた。それは言い知れぬ屈辱だった。自分からララルーアの部下になった。彼女の前でへりくだって見せるのも屈辱でも何でもなかった。自分の計算で、自分のためにしているからだ。誰かにやらされているのでなければ、何をしたって、自分の意志でありさえすれば、バウンにとっては問題なかった。それが、まるで、しつけられた子供のように動かされたのだ。しかも、一言の声もなく。腕を上げると言うたった一つの動きだけで。


 バウンは、どこのどいつか調べなければと苦さと共に考えた。危機感をもつ。自分を無言で支配する男に。何をしにここに来た男だろうと、不安になった。ララルーアが金で買った男なら問題はない。それだけの男なら、ララルーアが好きなように使えばいいし、用がすめば捨ててしまえばいいのだから。しかし、サテンは、そんな人間には見えなかった。それこそ、こんな雰囲気を持つ人間なら、わざわざ買われてくるようなことはしないのではと思えたのだ。


 サテンは階段を上った。踊り場の向こうには回廊があった。四角く切り取った内庭が見下ろせた。屋敷は、内庭を囲む建物で、サテンは、おびえる三人を追うように、庭を見下ろす回廊に出た。別に理由はなかった。彼らについて上がっただけだ。が、回廊に出て、手すりに寄ると贅沢な南の庭が見下ろせた。


シュロやシダが、木々の下の煉瓦のストーブを囲んでいる。四方へ大きく葉を広げている。東からの大陸の風が、夏でも冷風を運ぶこの地方で、夏でも石炭が必要な庭を持つ女。その贅沢さは、見た目以上のはずなのだが、サテンは、憐れむような目になった。奥の廊下で、女主が、二人の貧弱な男達を背に、顔をこわばらせながらサテンを見ていた。


サテンは女を見ながら、目を細めた。ちょっと毛色の違う生き物を見たと言うだけで、ここまでおびえる中身のなさ、と皮肉な笑みを浮かべ、

「つがいを金で選ぶやからは、こんなものか」

とつぶやくと、ララルーアの顔は瞬時に変わった。おびえた顔から、怒りの顔に変貌し、それをさっと隠しこんで、堂々とした狡猾な人間の顔になる。怒りが女に活気を呼んで、本来の目的を思い出させたらしい。それを見て、サテンの目は笑う。今度は楽しそうな笑みになった。思わず、見ていたララルーアも目を見張るほど、サテンの美しい顔に明るい色が浮かびあがった。


サテンは、哀れな人間は嫌いだった。人生に関係なく、狡猾でも猛々しく欲望に正直に生きる人間が好きだった。そのエネルギーが心地よかった。

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