王都-007 誰にも懐かない、王の孫だ
ララルーアが力をこめて言い返すと、マゼラッセ男爵が注意を挟んだ。
「そうなってほしいと思っている王子だ。幼い頃に両親を亡くした、美しい皇子だ」
続いてテス子爵も笑いを含んだ声で言う。
「誰にも懐かない、王の孫だ。人嫌いが過ぎて、龍の子と言う噂もあるほどだ」
「龍の子?」
サテンの問いに、テス子爵は鼻で笑って言い足した。
「母親が身元不明な踊り娘だったからそう言われているのさ。王の末の皇子の子だが、母親が身元不明だ。皇子は、美しいが人になじまず、呆けた顔ばかりしている、しゃべれない能無しだ。我らが寛大なララルーアが哀れに思って後見人になっているのさ」
ララルーアは苦い顔で、
「テス子爵。王子は龍の御子です。人間になじまないのは当然のこと。王の血筋がもっとも濃く現れたお姿です。無礼な言葉は慎みなさい」
とたしなめた。苛立っているが、ふざけた雰囲気はない。画策する割には真剣らしい。皇子とは、しゃべりが遅い子供なのか、テス子爵やララルーアのような人種とはしゃべりたくなくて黙っているだけなのか、いろいろと想像ができる。そんな中、マゼラッセ男爵が憐れむような目で、ララルーアに、
「おまえがそんなことを吹聴して回るから、カエランラ達も第一皇子を龍の子だと言いだしたのだよ。こちらの第五皇子と向こうの第一皇子じゃ比べるまでもない。龍の話は、王位継承権があって当然と思わせるにはもってこいだが、王の前で必要な時だけささやいていればよかったものを。向こうも同じじゃ意味がないではないか」
と言ってため息をつく。
「向こうは、わたくしが言い出したから、同じように言い出しただけよ。王の子なら龍であって当然ですって? ほほほ。わたくしたちの皇子の顔を見ても同じことが言えて? あの子の素晴らしいところはあの顔よ。王も思わず言葉を飲み込むほどの顔。あれがあるからこそ、龍である、と言う話に信憑性があるのよ。どんなに頭がよくったって、そばかすが頭に散った鼻の低い第一皇子では、とてもじゃないけど、龍だなんて言えないわ」
と言って、ララルーアは鼻で笑う。
サテンは興味なさそうな顔で、中庭を見下ろしていた。二人の話が聞こえていないような顔だった。テス子爵はサテンの脇へ立って同じように下を見下ろしてみた。特別なものは何もない。テス子爵は、ささやくような声で話した。
「第五皇子だが、きっと、その内、王からそこそこの権力を賜って、第一皇子の補佐でもしながら、権勢を左右できるくらいになるはずだ。ララルーアが後見人に付いたのだから、そのくらいのことにはなるはずなんだ。だから、君は、龍として第五皇子のご機嫌をとって、龍らしい様子を人々に見せてやるんだ」
サテンが目を向けると、テス子爵は両手を握りしめて、サテンを見上げ、
「王の命は、持って二年だ。そうしたら、ララルーアの力はなくなって、私達は田舎の領地から一歩も出てこれなくなってしまう。そんなみじめな暮らしは困る。せっかくララルーアが苦労して手に入れてくれた権力なんだ。これからもっと自由にみんなで使えるようになりたいんだよ。君だって。ララルーアに何か貰ったりしたのだろう?」
と最後の部分は探るようだった。が、えてして素直な性質らしい。羨ましそうな目になって、
「素晴らしいものだろう? ララルーアはいつも人が何を欲しがっているのかよく知っているんだ。だから、第五皇子も欲しいものを貰っているはずなんだ。きっと機嫌がいいはずなんだ。笑わないのにはわけがあるんだと思う。でも、きっと、あの顔でほほ笑むようになるはずなんだ。ララルーアは笑わせようと努力しているからね。あの皇子が笑って、王におねだりをするようになれば、きっと二つ返事で、あの皇子は権力の中枢に座ることになるはずさ。王はそのくらい美しいものが好きだからね。ねぇ。わかるだろう? だからこそ、君は皇子が気に入るような、皇子が欲しがっているような龍でなければならないんだよ」
「皇子が龍が欲しいと言ったのか?」
「そうじゃないけど。ララルーアは人の欲しいものを見つけるのがうまいんだ。きっと、母親が龍だったとかなんとか吹き込んでいるはずさ。そして、龍に会いたいと思わせている。賭けてもいいさ。だからこそ、ララルーアは、こうやって君を見つけてきたんだ。君の任務は重大で、しかも、失敗しているような時間の余裕は全くないんだ。」
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