王都-002 ひときわ目を引く瀟洒な建物
馬車は朝日が昇る前に、大通りに乗り付けた。
大通りにアーチ型の窓が並ぶ屋敷街だ。その中で、ひときわ目を引く瀟洒な建物があった。ピンクがかった石の建物で、華奢な柱の玄関がある。周囲の黒っぽい御影石の重厚な建物群とはおよそ雰囲気を異にしていた。屋敷をぐるりと囲む、半地下を見下ろす鉄柵には、小さなバラやチューリップがあしらわれ、柵の一つ一つが優美な線を描いている。
見上げる窓と言う窓にはレースのカーテンがかかり、中は見えないのだが、窓枠には子供の姿の彫刻が掘られ、壁に組まれた白石が描く幾何学模様は花やダイヤをイメージさせる。見るからに、女の屋敷だった。
馬車が止まると、まるで見ていたかのように、玄関が開く。ほっそりとした高い扉が両側に押し開かれて、中からは、金銀に縁取られた濃紺のお仕着せを着た男が出てきた。妙な雰囲気の男だった。
男は、ごつごつした顔で、筋肉の張った肩や太い腕は、優雅な家にも美しいお仕着せにもまるで似合っていなかった。しかし、大股で石段を降り、御者の代わりに扉を開ける姿は慣れたものだ。さまになる。
「お帰りなさいませ」
と男は中を見ないで声をかけ、頭を下げて礼をとる。
「何か変わったことはなかったかえ」
と女は扇子で口を隠したまま問いかける。扉があいているのだが、シートに腰を下ろしたまま動く気配がまったくない。男は扉に手をかけたまま、下を向いて、
「男爵と子爵がお待ちかねでございます」
「どこの男爵と子爵かえ」
とイライラとした声で問いかけると、
「義弟の男爵と、その娘婿の子爵でございます」
と喉を絡ますような声を出す。客の男達のことをあざけっているようにも聞こえた。女はイライラしたように扇子で口元を叩いていたのだが、
「ちょうどよい、としておこう。どこで何を聞きつけてきたのやら。後で調べておおき」
と最後は男に対する命令だった。男は「へぃ」と言うように頭を下げた。名のある家に仕える者のしぐさではなかった。しかし、女は気にした様子もなく、
「どこかで聞いて、金目の話だとても思って来たのだろうよ。何を想像しているのやら。あたしと一枚かみたいとか何とか、言うつもりかねぇ」
と先ほどとは全く違った、蓮っ葉な口のきき方になった。にやっと笑った眼には品がなく、口元はいやしい雰囲気になる。が、
「まあ、よかったこと。あの二人を、どこまでだませるかが楽しみじゃ。わらわの期待にこたえるがよい」
と今度は正面で気配もなく座っていた男に言い放った。そこでやっとお仕着せの男は、中の男に目をやった。
お仕着せの男は、抜け目ない視線で、女主が連れて来た男を探ろうとした。革の黒いブーツを履いて、黒のズボンに黒の上着で、中のシャツも黒だった。首に付けているタイも黒で、ほっそりした白い長い指がその黒ずくめに色を添えていた。さすがに、これはやりすぎだろう、と男は思ったらしい。
きらびやかな色が宮殿の基準だ。喪に服す女だって、ここまで黒ばかり着たりはしない。こんな恰好をさせられて、のこのこと付いてくる田舎者はどんな顔をしているんだ、と顔を見上げ、男はそこで、半歩さがった。扉を放して身を引いた。何がどうなっていたのか分からなかった。
「バウン?」
と言う女の声を聞いて、男は初めて、自分がおびえたのだと気がついた。一瞬身の危険を感じて、恐怖を感じて、とっさに離れた。町で出会う危ない男たちにだって、こんな気配はない。
バウンと呼ばれたお仕着せの男は、馬車の男をまじまじと見た。しかし、男の顔は無表情で、切れ長の目は黒い裂け目のように見えるだけだ。生気も無ければ、殺気もない。なぜ、この顔が怖かったのだろう、と思いながら、そろりと元の場所に戻る。男の顔を見上げてみたが、先ほどのような恐怖はない。用心しながら、扉に手を掛け女主人に問いかけた。
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