CSO5―初めてのスペル!
これまでゲームは幾度と“画面“で見てきたが、主観で見るのと第三者的に俯瞰で見るのとでは全く違った。はっきり言ってホラーに近い。ゲームのため、たとえ喰われてもリアルな痛みも死も伴わないだろうが、姿を見せず近寄ってくる存在はどこか不気味で恐ろしさもあった。まるで“狩られる側“の小動物にでもなったような――そんな心地にさせられる。
「嫌だなぁ······」
ハッピーな気持ちは何処へ。
心は瞬く間に不安一色だった。
「狼とかスライムだといいけど······」
だがしかし、そんな――最悪ゲームオーバーになりかねない危うい状況ではあるものの、私は自分のゲーム内の命よりも、またこのままだと恐らくモンスターと遭遇(エンカウント)してしまうことよりも、今はもっと、もっと別の、重大な心配をしていた。
それは――、
「うぅ······やっぱ蛇かなぁ······?」
私が、蛇が、大の大大々々大で、大っ嫌いだからである。
「あぁ······それだけは嫌だー······」
正確には、現実であれば草地でなくとも存在する蛇だが、ただこうして、草を掻き分ける生物でどうしても真っ先に私に思い浮び、頭の大半を占めるのは蛇(それ)だった。その理由は私の過去――小学校の遠足の時、木の上から蛇(それ)が降ってきたトラウマがあるから(うぅ、思い出すだけでもおぞましい······)。
その時は木の上から背中――服の内への奇襲だったが、ともあれ、そんな攻撃を受けた私が、万一にもそんなトラウマとまでなってしまった蛇なんかと対峙した際には泣くのは必至。もし肌にでも触れようものなら気絶コースは間違いなかった。
「なんでもいいから叫ぶ言葉考えないと······」
だから、私は初のゲームオーバーをこんな所で迎えぬよう「狼でありますように、狼でありますように······」と、心の内で一縷の望みのように思いながら、今打てる最大の手――つまり“スペルを唱えること“を考えた。
しかし――、
「落ち着け、落ち着くんだ、わたしー」
人というのは、こういう初めての時ほど――況してや不安が募りに募っている時ほどパニクるものである。叫ぶくらい容易いだろうと思うかもしれないが、今の私の頭の真っ白っぷりと言えば下ろし立てのYシャツぐらいに真っ白い。シワもなくツルッツルもいいところである。
「ああああああぁー、どうしよう、どうしようーっ!」
動画で叫んでいた人の真似をすれば恐らく解決するだろうが、今はそれさえも浮かばず。歩いて一歩目で気絶なんてみっともない――そんな“見かけ“だけは浮かぶのだが、何でもいいはずの“たった数文字“がやはり見つからなかった。
「やばい、やばいってええぇ、どんどん近付いてるしいいいぃ!」
いよいよ“造語でもいいのかな“などと、またも余計なことばかり頭に浮かばせてはあたふたと。そうしていると、徐々に距離を詰める――周囲の草を掻き鳴らすその影は、真っ直ぐに進路を変え、こちらに急接近。ようやく私は“やばい、来る“と本気で危機を覚え、右前方から来るその方向を見据える。――が、次の瞬間には既に相手は、膝丈ほどの草から牙と頭を見せていた。
――と、それを見た私はというと、
「あっ、終わったかも······」
鳥肌と共に半泣き。
残念ながら一縷の望み叶わず、草むらから頭を出していたのは、漆黒の身体に白の縞模様が入った大きな蛇だった。しかもトラウマ当時の蛇なんかよりかなりデカイ。
だから当然――、
「いやああああああぁっ!」
思わず泣きじゃくるように身体を翻し、私は逃走。だが――、
「ふぎゃっ」
足元のことなどもはやどうでもいい私はすぐに、草むらに隠れた石に躓き転倒。そして急いで振り返り、無意味に両手を前へ突き出し“来ないで来ないで“と願いながら手を振る。だがしかし、当然そんなもの相手が止まってくれるはずもなく、
「ひいいいぃ、来ないでえええぇーっ!」
大蛇のようなモンスターは、琥珀のギラついた眼(まなこ)でしっかりこちらを捉え瞳孔を細めていた。そして身体を折り曲げ、御馳走に喜ぶ滴を大口の中――その牙にまで見せながら、飛びかかるようにしてこちらへさらに急接近。
「無理無理無理むりぃーっ! 無理だってえええぇーっ!」
伸ばした私の――相手を拒む両手。
爬虫類特有の琥珀の目と獲物を仕留める白い牙。
鱗一枚一枚――一つとして同じものがないと、そんな細部にまで渡って見えるようなスローな時間。
······そして私は目を瞑った。
ダメージ必定。
いや、気絶必至とも言えた。
そして、気絶した私は蛇に飲まれる。
初の戦闘不能(死)。ゲームオーバー。
親友との待ち合わせも、ちゃんと出来ずに。
またしても、現実の彼に声を掛けられないのと同じで、
情けない私。
ただ、それもこれも――、
このままいけば······の話ではあったが。
「バ、バレスティナっ!」
何故、そんな言葉を叫んだのかは分からない。
単純に、そうすれば助かると思っただけだと思う。
本能か、悪あがきか。そんな感じの。
窮鼠(きゅうそ)、猫を噛むといったような。
はたまた、もっと別の理由もあるかもしれない。
実は神に捨てられた子で、秘められた力があるのだ――とか。
······そんなわけないが。
しかしともあれ、今はそんなあれこれはどうでも良かった。なんせ、そんな私に対する分析はともあれ、切迫した私の切なる想いは、私の願いを、
「――っ!?」
――無事、聞き届けてくれたから。
目を瞑って叫んだ直後、不可思議な眩さに薄目を開いた私のその眼前――伸ばした手の先にある宙には、二重円に菱形が描かれた魔方陣が出現していた。そして、そのクルクルと反時計回りに高速で回転する白の魔方陣は、私の指先に、あと少しで噛みつこうという蛇を瞬く間に消滅させたのだ。
――真っ直ぐに伸びる、巨大な、白い光線を伴って。
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