CSO4―初めてのエンカウント!

 ワープしたのだろうか?

 そこで最初に抱いた感想は“それ“だった。


 再び、あの七色の光球が飛び交う空間を抜けて辿り着いた先は、またしてもあのキャラ作成(クリエイト)をした時と同じような、緑豊かな草々が広がる原っぱ。ただ――、


「ここが······『始まりの草原』かな······?」


 先のような地平線の景色もあるが、周囲をぐるりと見渡すと中途には森や山、灰色をした岩肌などが姿を現していた。近くには小さな町らしきものもある。そしてまた、それ等があることで、直前の呟きはより確固たるものに。


「ってことは、きっと冬子は“ここで待ってて“ってことだと思うけど······」


 しかし、もう一度その場で周囲を確認するも彼女の影は見当たらず。心地よい風が春のような爽やかな草の匂いを運んだり、太陽と羊のような雲が青空を悠々と泳いでるぐらいだった。


「私のほうが早かったかな?」


 冬子はふわりとした口調だが、こんな時どこかへ勝手に行ってしまうような性格でもない。だから、もし彼女が先に来ていたのなら“ここ“に姿があるはずなのだが······。


「んー、やっぱ居ないなー」


 私を待たせるなんてなんて親友だ、などという怒りはこれっぽっちも沸かないが、来るまでどうしようかなぁー、という“困った“の感情はあった。その理由は、現在(いま)も“叫べばスペルが使える状態“だったから。実は早く使ってみたい。


 また、それに加えて――、


「うぅー、あの町行ってみたいいぃー」


 さっき以上の“未知の世界“という餌を前に「待て」をされている状態。ウズウズして仕方ないのは言うまでもないだろう。


 別に、スペルのほうは“使用しちゃ駄目“ということは全くないのだが、それでも、こういう時はどこか試しにくいもの。きっと彼女は「あー、試してたんだー」とお咎めなく笑顔で、ふわっと軽い感じで言うのだろうが、それでもプレイしてくれる、説明をしてくれるであろう彼女に申し訳ない気持ちが浮かぶのは否めなかった。たとえ、誘ったのが向こうであったとしても。


 ――と、そういう感情はあるのだが、しかし、途中にも述べたように、今の私は身体の底から沸き上がる欲望――ショーウィンドウで欲しい服を見つけた時ぐらいのウズウズと必死に戦っている状態である。


「んー、ちょっと見に行くだけなら······いやいやダメダメ、堪(た)えろー、私ー······。············いやぁ、でもぉー――」


 ゲーム本編が始まって、このスタート地点から一歩も動かず、こんな身悶えして頭を抱えているのは私ぐらいだろう。事情を知らぬ端から見れば間違いなく変人である。何故、ゲームを始めたんだ! と、懊悩する人間にしか見えないだろうから。


 ······まぁ、それはさておき。


 そうして悩むこと一分弱ではあるが、ついに私は、百歩譲って町までは行かぬとして、ここが見える所までなら散歩しても構わないだろう――という誘惑に負けつつあった。


「けど、ここで突っ立ってるのもなんだし······ほんのちょっと散歩するぐらいならー······」


 半径五十メートル程度なら、と考えているが、このままだと何処までも行ってしまう――リードの解けた犬になること間違いなしだった。そして、それはつまりどういうことかと言うと、ほぼここへは戻ってこない、ということである。


「うぅー······」


 だがしかし、そんな愚かな結果は目に見えているものの、私のウズウズは限界に近い。飼い犬が「よしっ」と言ってもらえるのを、足を震わせてる待っているような、それほどの状態である(実際、足を震わせてるわけではないが······)。


 まぁしかしともあれ、そうして今もひどく一人懊悩する私だが、これらをもっと単純明快に要約すると、この状態は『傷心の件も確実に忘れ“好き“に目がない状態』ということである。それはさらに簡単に言うと『盲目』ということになるのだが······さて、そんな盲目な人間が誰の姿も見えぬ時――つまり、極上の“餌“を前に止める者も居らず、限界点を迎えるとどうなるのか――というと、


「まっ、いいや。行っちゃおー」


 当然こうなる。餌の元へ一直線だった。

 そうして、私は足を動かしてしまったのだ。


「後でしっかり謝ろー」


 ――と、そんな軽い気持ちで。


 ······しかし、その一歩を踏み出した時だった。


「ん?」


 膝丈ほどの足元の草むらをガサガサと揺らし、“何か“がこちらへ向かって来るのを視界の端で捉えた。草に姿を隠したままの移動するその“何か“は、私の周囲を素早くグルグルと回り続け、そのまま私との距離を徐々に詰める。


 すぐさま身を強張らせ、その場で警戒しつつ目だけをその移動する音へ巡らしながら、私は現実で見たあの記憶をふと思い出す。


「そういえば······」


 それは、冬子にこのゲームの動画を見せてもらった時のこと。


 スマホ画面に居た“スペル“と呼ぶものを叫ぶ人。

 その叫んだ人達から繰り出される魔法のような数々。


 そしてまた、


「モンスター······だよね······?」


 ――その彼等の、相手側に居た存在を。

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