第4話

 彼らと触れ合うと、自分たちと同じ感覚を持っていることがすぐに伝わってきた。まず彼らの身体に触れた時に、他の生き物たちに自然と感じる警戒心が一切起こらなかった。この身体は、自分たちと同じ認識の中に暮らしている。少し触れた茎の先からでさえその感覚は溢れるほど広がっていった。

 驚くべきだったのはその場所の居心地の良さだった。気温こそ時の流れとともに目まぐるしく移り変わっていったが、それを差し置いても土の味は好みのど真ん中だった。ずっとここで暮らしていたい。土に少し触れただけでも、自然とそんな気持ちが湧いてくるほどだった。

 ありとあらゆる方向が私たちに適した環境だった。こんな夢のような場所に出会えていたら、私たちだって彼らと同じように四方八方に広がることができたのかもしれない。

 少し羨ましさを込めながら茎伝いに情報を送っていく。ここまでの苦労。私たちの決心。それを支えた危機感。そこに接しているのが私たちと同じ仲間だという意識で、土の柔らかさにも後押しされてこれまでの経験や記憶を余すことなく伝えていった。

 彼らはやはり、私たちと同じだった。

 情報が伝わるうちに、彼らからも応答がある。そこに表されたものは私たちと全く同じ気持ちだった。あの時の危機感や生存への希求。彼らから発せられるそれらは、私たちが抱いていたものと全く同じ強さを持っていた。

 彼らから情報を得るたびに、同じ生き物なのだという気持ちが強まる。

 この場所を借りて、彼らとともに歩き出すことができれば、今までよりもさらに加速して、いつか目標さえも忘れてしまうくらい拡大できるのかもしれない。

 そんな思いがすぐに膨らみ、これはお互いのためにもなるはずだからと、急ぎ気味で情報を送る。私たちの生存は、さらに強固なものになるはずだった。

 だが、彼らの反応は芳しくなかった。

 会えたのは嬉しい。だが、ここを共有することはできない。

 何を言っても、どれだけ利点を伝えても、状況は進展しなかった。

 私たちを排除しようとはしない。だが、茎を結び合おうとは決してしなかった。

 彼らの振る舞いに私たちの理解が追いつかない。私たちと手を組むのはどう考えてもお互いに利点のあることだった。話を聞いて判断するには、全体での規模は私たちの方が遥かに大きいはずだった。私たちがこの心地よい空間を少し拝借するだけで、彼らは私たちのスケールメリットを得ることができる。途方もない距離にある資源も、私たちのものとして分け与えることができる。

 それなのに、なぜ。

 全く彼らの意図がつかめないまま時は過ぎていく。排除もされず、協同もできず、ただそこに茎があるだけの状態が続いた後、いきなり、激しい食害を受けた。

 いや、その時は食害だと思った。こんなに心地よい空間には少しばかり邪魔者だっているのかもしれない。だが冷静に振り返るとどうもおかしい。茎の先端からまとまった長さがいきなりバッサリと切り落とされた。これまで食害といったら、茎の先端少しを齧られるか、地上に出た身体を引き抜かれるくらい。地下の茎がこれほどまとまって切り取られるなんて経験したことがなかった。

 この地に暮らす彼らなら何か知っているのかもしれない。茎伝えに危機を伝えると、また歯切れの悪い反応が返ってきた。

 ここは僕たちの仲間しか受け入れてくれないから。

 同じ身体、同じ感覚、同じ記憶。ありとあらゆる共通点があるはずなのに、私たちと彼らでは何が違うのというのだ。

 そう強く主張しても、彼らの反応は変わらなかった。

 彼らから何か仕掛けてくることはない。ただ躊躇いがちに、僕たちだけが許されているということを告げるだけ。せっかく素晴らしい環境があるのに、それを前にして何も進めない苛立ちを感じているうちに、何度も何度もあの食害を受ける。

 一旦彼らとは距離をとる他なかった。すぐそこに心地よい土が待っているというのに。そこには私たちと同じ姿をした仲間が暮らしているはずなのに。そんなもどかしさも茎を丸ごと引き抜かれてしまう恐怖を思えば萎んでしまう。

 彼らと一体何が違うというのだろう。何も意思疎通を図れないままに、ここから少し離れた方向を目指し、仕方なく茎を伸ばしていった。

 彼らに対するもやもやした気持ちは抱きながら、それでも前に向かって進んでいくしかない。できるだけそちらの方向には近づかないように、慎重に歩みを進めていく。

 ふとした瞬間に彼らに対して感じた可能性を懐かしく思う。

 何故かはわからない。だが彼らが私たちを受け入れない限り、その可能性は不可能でしかない。わずかな手がかりも得られないのなら、彼らとの協同は諦めるしかない。

 なるべく無心で、今まで通り危機感と生存への強い気持ちだけに従いながら、私たちは茎を伸ばしていく。


 彼らに対するもやもやした思いが晴れないままに少しずつ拡大を続けていると、ある時、彼らの曖昧な態度に関する手がかりが得られた。

 それは彼らの近くに位置する茎たちから伝えられた。資源を求めて伸ばしていた根の先に、謎の物体が触れたという曖昧な情報だけが最初に伝えられた。

 それは枯れていた。その物体からは、何の意思も、脈動も感じられなかった。

 それでも、その情報を知った瞬間、その枯れ果てた物体が私たちと同じ出自を持つもの由来であることがわかった。私たちと同じ化学物質、そして何より分子に刻まれた記憶。その物体が自分から何も語ることはできなくても、そこに触れた根を通して、それが歩んできた道が私たちと重なっていることがわかった。

 そこには私たちと同じ危機感や生存への欲求が刻まれていた。それに触れて感じたことは、まさにあの彼らに最初に触れたときと同じものだった。同じ道を歩んできた同士。それが何も語ることがなくても、原初的な、仲間になれるという確信が湧いてくる。それは私たちと同じ存在で、私たちと同じ目標に向かって進んできたのだ。

 だが、その姿は私たちと大きく変わってしまっていた。

 あり得ないほど大量の水分を含んだ身体。私たちに仲間であると確信させる要因の一つである化学物質の量は、私たちと比べ物にならないほど少なかった。私たちでなければその物質の存在に気づかなかったかもしれないほどに。

 ただ枯れてしまったのでないことはすぐにわかった。他の生き物なのか、あるいは大きな環境の変化なのか。いずれにせよ私たちの想像もつかない力が、その身体に作用していた。

 その物体が発見された場所のすぐそばに、彼らの領域がある。彼らもまた、ある意味では私たちの常識とは異なる姿をしている。姿は同じだが、その生き方は異なる。恐ろしいほどに居心地の良い環境の中で、しかしその領域の中だけで所狭く身体を伸ばしている。初め彼らに会った時は、ただ良い環境を選んで発展してきた結果なのだと思っていた。だが、彼らの周囲に茎を伸ばしていくにつれ、その不自然さを認識するに至る。彼らは誰かに操作されているかのように、その狭い領域の中にだけしか存在しない。あの潤沢な資源があればもっと外へと伸ばしていけるはずなのに、私たちならそうするはずなのに、彼らは一片の欠片さえもその外に残していなかった。

 変わり果てた物体と、不自然な生き方をする彼ら。自分たちの意思だけではなし得ない結果に共通点を感じる。彼らなら、あの物体の謎も知っているかもしれない。望み薄ではあるが、ほんの僅かな期待を込めて、あの物質の情報を彼らに伝達した。

 彼らはまたしても曖昧な答えに逃げた。知らないと明確に言うこともなければ、知っていることを伝えようという態度も見せない。期待はしていなかったとはいえ、これほどまでにはぐらかされるとは思っていなかった。

 それでも彼らの態度には、物質との関わりを確信させるものがあった。私たちが協同を持ちかけた時よりも強い警戒心を彼らから感じた。事実、物体の情報を伝えた後の彼らは、これまでにも増して私たちとの関わりを閉ざすようになった。土の資源すら採れなくなるのではないかというほど堅く結ばれた表面。少しではあるが確実に増加した化学物質。それが私たちにとって何の武器にもならないことは、彼らもわかっているはずなのに。

 物体と彼ら。その関わりは明らかだった。もしかしたら、私たちが見つけた物体は彼らの成れの果てなのかもしれない。そして、その後も手がかりがいくつも周囲から発見された。

 彼らの近くに地上部を伸ばした仲間からは、定期的に彼らの領域に出現する大型の生き物の情報が伝えられた。そしてここだけでしか経験することのない抜き取られ方も、そいつらの仕業であるということ。

 またある時は、その近くにある水分に、私たちの化学物質と結びつく何らかの別の化学物質が含まれていることもわかった。結びつけられた化学物質は姿を変え、私たちの身体を否応なしに変異させてしまう。それはまさに、あの物質のような、奇妙に水分を蓄えてしまう身体なのだった。

 彼らが口を閉ざしていたとしても、彼らの周囲からは着実に情報が積み上げられていく。

 そして極め付けは、私たちの仲間の中で、そいつらに抜き取られ姿を変えられてしまったものが現れたことだった。

 時たま現れる物体に手がかりがあるだろうと、見つけ次第根を伸ばし情報を集めることにしていた。その時取り込んだ物体には、まさに私たちと同じ記憶が刻み込まれていた。彼らに対する不信感など、その物体に刻み込まれた記憶は私たちがここまで伸ばしてきてからの感情が含まれていた。

 私たちや彼らの身体を使って、単に枯れさせるわけではなく全く違う姿に変えさせる。それこそがここで行われていることだった。

 そしてそれを行っているのは、定期的に現れるあの大型の生き物たち。私たちの仲間であったはずの彼らは、そいつらによって口を閉ざしてしまったのかもしれない。

 ここまでたどり着けば、次にやることは決まっている。

 なんとかして、そいつら自身の情報を得ること。そいつらの中に入り込んで、刻まれた記憶を探ること。

 変わり果てた姿にされた仲間たちの敵討ちとして、あるいは口を閉ざしてしまった彼らの謎を解き明かすため。そして私たちが生き延びる確率をさらに高めるため。

 ここだけでしか起こっていない事象にそれほど資源を費やすことは合理的ではなかったかもしれない。だが理屈ではなく直感で、ここで行われていることが私たちの新たな脅威となり得るという危機感が生まれていた。

 私たちの領域拡大は少し鈍るかもしれない。それでも他の場所から資源を集めてでも、この場所の謎を解き明かさなければならない。

 私たちの新たな戦いが始まった。

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