004 鐘の音の意味
ジェシカの登場に、アンリエットは嬉しそうな表情をして、姉を迎えていた。
ジェシカは、体を鍛えるようになってから、鍛え抜かれた筋肉を見て欲しいという欲求が抑えられずにいた。
その結果、現在は特注のドレスに身を包んでいた。
背中と脇が大きく開いた特注のドレスを身に纏っていたのだ。
初めは、腹筋も見て欲しいと考えていたジェシカだったが、アンリエットに止められて今のデザインに落ち着いたのだった。
現れたジェシカは、片手に血抜きされた鹿を軽々と持った状態で、フロント・ラット・スプレッドをキメて、広背筋をアピールしていた。
「アンリ、今日は朝練していたら鹿がいたからお土産よ!処理はしてあるから、料理長に渡しておくわね!」
「姉様、ありがとうございます。でも……、毎日は大変だと思うので、たまにでいいのですよ?」
「ううん。こんなんじゃ、全然足りないわ!!今まで可愛いアンリにしていたことを思えば!!」
そうなのだ、あれからジェシカは変わったのだ。体を鍛え始めてから、自分よりも弱い者を守りたいと思うようになったのだ。
当然、アンリエットが第一に頭に浮かんだジェシカは、お詫びの意味を込めてなのか、毎日のように仕留めた獲物を持って、アンリエットの顔を見に公爵家の屋敷に現れたのだ。
アンリエットは、以前よりも生き生きとというよりも野性味のました姉に困惑しつつも、その楽しそうに生きているジェシカの様子を心から喜んでいた。
そして、ジェシカは鹿を料理長に渡すと颯爽と公爵家の屋敷をダッシュで去って行ったのだった。
そんなジェシカの向かった先は、王国軍の訓練場にある食堂だった。
ジェシカは、現在王国軍に身を置いていた。
父と母は、婚約式での事が元で隠居し領地に引きこもっていた。
現在は、分家の者が代理で領地経営をしてくれていたのだ。
何れ、ジェシカが婿を取り伯爵家を継ぐまではと。
ジェシカは、身も心も解放された気分でいたため、婿を取るつもりなど微塵もなかったが、数日前に運命の出会いを遂げていたのだ。
何時ものように、高タンパクで低脂肪なメニューを頼もうと食堂に向かうと、その日から新しく働くことになった少女と目が合った瞬間ジェシカの中で鐘がなったのだ。
目の前にいる少女は、チョコレート色の髪に赤みがかったクリクリとした大きな瞳をしていた。明るい笑顔でくるくると働くその少女は、スカートと白いエプロンを翻して、食堂に入ってきたジェシカに声を掛けたのだ。
「いらっしゃい。何にします?」
そう言って、ジェシカを見た少女と目が合った時だった。
リンゴーン。リンゴーン。
誰もその大音量の鐘の音に反応しないことに首を傾げつつも、少女にいつものメニューを頼んでした。
「スペシャル定食、ささみ増々で」
「は~い」
そんな短いやり取りだったにも関わらず、その日からその少女の事が気になって仕方のなかったジェシカだった。
その日から、毎日食堂で、少女に声をかけるようになった。
「今日のおすすめは?」
「今日は天気がいいね」
「ごちそうさま。美味しかったよ」
そんな、何気ない会話を繰り返す内に、互いの名前を呼ぶようになっていた。
きっかけは、ジェシカが少女に名前を聞いたことから始まった。
「私は、ジェシカよ。ジェシーって呼んでね。あなたは?」
ある日、唐突にジェシカにそう言われて少女は最初は戸惑った表情をしていたが、太陽のような笑顔でこう言ったのだ
「俺は、ローグトリアムだよ。っていうか、客と店員の関係でしかないのに、愛称で呼べとかって、面白すぎだろう」
そう言って、ローグトリアムと名乗った少女は、可笑しそうに笑ったのだ。
その、腹の底から笑うローグトリアムを見たジェシカは、以前聞いた鐘の音の意味を知った。
(ああぁ。私、この子に一目惚れしたんだわ)
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