003 初めて好きになった人
ルトヴィア王国の守りの要とも言える王国軍の将軍である、ガウェイン・トードリア公爵は、二年前に起こった戦争を終結に導いたとして英雄と呼ばれるようになっていた。
そんなガウェインの実の弟であり、その副官を務めるエゼク・トードリアには、密かな悩みがあった。
一年前に
敬愛する兄の結婚を嬉しく思う気持ちと、先の戦争で負った自分の怪我に動じずに接してくれる心優しいアンリエットに惹かれる気持ちに悩まされていた。
気持ちに蓋をしたつもりが、その後も変わらずに接してくれるアンリエットを思うと恋しい気持ちが募る一方だった。
さらには、顔に負った怪我を心配したアンリエットは、手ずから魔法薬を塗って怪我の治りを心配してくれるのだ。
最初は、名誉の負傷と思っていた怪我だったが、戦争から凱旋した時に、周囲の貴族たちに恐れられてから仮面で隠すようになっていたのだ。
そして、今まで花に群がる蝶のようにエゼクに頬を染めて近寄ってきていた令嬢たちも、エゼクの怪我を知ってからは、恐れるように距離を取っていたのだ。
そのことから、ヤケになったわけではなかったが、自分から怪我をどうこうしようと思うことが無くなっていた。
そんな時だった。
戦勝パーティーで、偶然エゼクの仮面が外れてしまい、その顔に負った怪我が晒されたのは。
皮膚は爛れて、唇から頬にかけて、左側の顔の肉が抉れて口内が見えるほどの酷い怪我だった。
周囲からの冷たい視線にさらされたエゼクをアンリエットは、救ってくれたのだ。
きっと一目惚れだったのだろうと、後になって思ったが、遅かった。
兄であるガウェインも、そんな優しいアンリエットに恋をしていたのだ。
アンリエットは、同じ屋敷に住むようになってから、毎日顔を合わせるエゼクを心配して、皮膚の爛れを治す魔法薬を手に入れてはエゼクの顔に優しく塗ってくれるようになっていた。
初めは、エゼクが自分で薬を塗っていたが、乱暴に魔法薬を塗るエゼクにアンリエットが言ったのだ。
「ゼク君?私が塗ってあげますよ?もう、そんなに風に塗ったらムラになってしまいます。ほら、貸してください」
そう言って、エゼクに丁寧に魔法薬を塗ったのが始まりだった。
そして、毎日のように経過を見ては、魔法薬の調合を替えるようにように薬師にお願いしたり、魔法薬自体を変えたりと色々と手を尽くしてくれたのだ。
そのお陰で、爛れていた皮膚は元の状態とまではいかないが、良くなりつつあったのだ。
元々、仮面で顔を覆っていて視界が狭く戦いにくかったこともあり、皮膚の状態が良くなってからは仮面を止めて
その日も、朝の訓練後にガウェインとエゼクにタオルと冷たい水を持って現れたアンリエットは、エゼクに言ったのだ。
「ゼク君、汗を流したら今日もお薬を塗りましょうね。ガウェイン様も汗を流した後に朝食にしましょう」
そう言って二人に優しく微笑みかけたのは、ガウェインの妻となったアンリエットだった。
美しい銀の髪に、神秘的な紫水晶の様な瞳、女性らしい細く柔らかそうな体つきの、月の女神のような女性に、ガウェインは、デレッとした表情で言った。
「エティ、直ぐに支度をしていくから待っていてくれ。エゼク、汗を流しに行こう」
ガウェインと連れたって、急いで汗を流したエゼクは、毎日の習慣と成りつつあるアンリエットからの魔法薬を受け入れていた。
エゼクがリビングのソファーに座って瞳を閉じでいると、人肌に温まった塗り薬が細い指先て顔に塗られて行くのが分かった。
以前、途中で目を開けて後悔した出来事があったため、それからは絶対に目を開けないように心に決めていた。
それは、アンリエットに薬を塗ってもらうようになってから少し経った時のことだった。
途中で薄っすらと目を開けた時、心配そうにエゼクを見つめるアンリエットを見てしまい、心臓が早鐘のように鼓動を刻んだことがあったのだ。
その日は、動揺からミスを連発しまったのだ。
それからは、間近でアンリエットを見ないためにも目を瞑ることに決めていたのだ。
魔法薬を塗り終わったアンリエットは、優しくエゼクに言った。
「はい。ゼク君。うん。肌も滑らかになってきたし、色も随分良くなってきていますわ」
そう言って微笑むアンリエットは眩しくて、ついつい目を細めてしまったエゼクだったが、直ぐに我に返っていた。
(駄目だ。この人は……、姉上は……、兄上の大切な方だ……)
そんな事を思っていると、玄関の扉をブチ破るかのような勢いで叩く音がした。
それを聞いたエゼクは、毎日の事だとしてもため息を吐かずにはいられなかった。
「アンリー!!将軍!!教官!!おはようございます!!!!」
そう言って、扉をブチ破る勢いで入ってきたのは、筋肉の鎧に身を包んだジェシカだった。
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