002 おかえり脂肪、こんにちは筋肉

 純真なアンリエットは、ジェシカの思惑に気が付かずにその話を信じ込んだのだ。

 そして、アンリエットは真相を知らずに、術式によってジェシカの脂肪を知らず識らずのうちに引き受けていたのだった。

 

 術式によって、ジェシカの脂肪がアンリエットに転送されるようになって数日、魔法使いは次の新魔法の開発に夢中になり、自分の仕出かした事を忘れていったのだ。

 そして、ジェシカに教えることも無くなった魔法使いは、伯爵家を去って行った。

 

 

 その後、アンリエットに脂肪を押し付けたジェシカは、それはそれは美しい成長を遂げ、やがて社交界の白百合と呼ばれるようになっていた。

 

 美しい銀の髪と、煌めく青い瞳のスレンダーな体型を羨んだ令嬢たちは、ジェシカを白百合に例えてそう呼ぶようになったのだ。

 

 ジェシカの外面は完璧だった。

 屋敷内でも屋敷外でも常に微笑みを絶やさずに、誰の話も聞き、それに頷き、時には涙を流して周囲に上手く取り入っていた。

 

 そして、妹のアンリエットを心配する素振りで、妹をそれとわからない程度に貶して話した。

 

 周囲の人間は、ジェシカに同情した。

 

 姉に脂肪を押し付けられて、さらには死なないようにと必死に太る努力をしていたアンリエットは「子豚令嬢」と周囲に蔑まれていたが、笑顔でそれを乗り越えていた。

 

 そんなある日、父であるロンドブル伯爵がジェシカに国の英雄となった将軍との婚約話を持ってきたのだ。

 ジェシカは、それに一も二もなく飛びついた。

 

 

 結果から言おう。

 

 将軍が婚約者に望んだのは、ジェシカではなくアンリエットだった。

 

 婚約式の最中に、将軍の同情を買おうと思って発した一言で全ては崩れ去った。

 さらには、過去に自分が仕出かした悪事もバレてしまい、その場で術式を解除される羽目になったのだ。

 

 術式を解除した反動からなのか、この11年間に押し付けた以上の脂肪がジェシカの身に降り掛かってきたのだ。

 

 身にまとっていた絹のドレスは、内側から溢れる肉に耐えられず内側から弾けていた。

 

 このままでは肉に潰されて死んでしまうと思った時、ジェシカの所為で今まで脂肪を押し付けられていたアンリエットが言った一言で、ジェシカの運命は変わったのだ。

 

「このままでは、姉様がお肉に潰されて死んでしまいますわ!!」


 そう言って、ジェシカを思って悲しむアンリエットに将軍は言ったのだ。

 

「そうだな、肉に潰されて死んでしまっては、アンリエットが悲しむな……。よし、彼女のダイエットに協力しよう。王国軍に一時的に身を置いてもらうことになるが、人並みの体型に戻せるように全軍で彼女を鍛え上げよう!」


 そう、こうしてジェシカは王国軍の預かりの身となったのだ。

 

 その日から、地獄のような日々が始まった。

 

 それまでは、脂肪は全てアンリエットに行くと安心して、なんの制限もなく食べたいものを食べたいだけ食べていたジェシカだったが、その日から高タンパク低脂質の食事と、キツイ訓練の日々が始まったのだ。

 

 しかし、キツイ訓練の中でジェシカは気が付いてしまったのだ。

 少しずつ脂肪が筋肉に変わっていく肉体の変化に喜ぶ自分自身に。

 そして、筋肉を鍛える悦びに目覚めてしまったのだ。

 

 目覚めてからのジェシカは、人が変わったようにトレーニングに励んだ。

 トレーニングを組んだ、将軍に鼻息荒くこう言ってしまうほどにだ。

 

「はぁはぁ!!将軍!!もっと、もっと私の筋肉をイジメてください!!」


 将軍は、少し引きながらもジェシカの要望に答えるように、さらなる筋肉増強メニューを組んだのだった。

 

 ジェシカは、将軍の弟であり、副官も務めるエゼク・トードリアにダイエットの監視をされながら、生き生きと筋肉を鍛え続けた結果。

 

 恐ろしいことに、一年もしない内にガチガチの肉体を手に入れて、さらには素手で熊をも仕留められるほどにまで成長したのであった。

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