戦士、新たな冒険を目指す


 古代種の目覚めにより世界は変革の時を迎えていた。


 『彼ら』は我々現代人に知識と技術を与えた。

 もちろん全てではない。ほんの一部だ。だが、その一部が劇的な変化を起こした。


 道を馬がいない車が走り海を帆のない船が奔る。

 街のいたるところに遠方の相手と瞬時に言葉を交わす道具が置かれた。


 最たるものは真上を飛ぶあれだ。空路という聞き慣れない言葉をいともたやすく人々に記憶させた空飛ぶ乗り物。


 その名も『飛空艇』である。


 船のようなフォルムにプロペラと呼ばれる回転板が複数取り付けられた空を行く新時代の乗り物だ。あれの登場で世界は広さを知らしめると同時に理解できる範囲にまで大きさを縮めた。


「いつもありがとうね」

「お、できたてじゃないか。サンキュウ」


 顔見知りのおばちゃんから紙袋を受け取り店から離れる。

 紙袋の中には丸く小さい菓子が沢山入っていて、俺は指でつまんでまだ温かい菓子の甘さを堪能する。


 これから向かうのは飛空艇発着場だ。俺が安心して田舎に引っ込めたのはこの乗り場があるからだ。そうでなきゃ都近くの街にいただろう。


 歩き慣れた道を使って街の外れへと行く。

 兵のいる門へ到着すると顔パスで通して貰った。


 発着場とは言うがただの外壁に囲まれた原っぱである。大型サイズの飛空艇が三機停まっていて、内一機は予備機らしく大型保管庫の中で整備をされていた。この発着場には大型機の他に個人所有の小型機も一機保管されている。


 俺は倉庫の一つを覗いて整備員のドワーフに声をかけた。


「俺の機体、飛べそう?」

「問題ないと思うぜ。こっちもまだ全てを把握しているわけじゃないから保証はできねぇがな。魔力は充填済みだからいつでも出せるぜ」

「サンキュウ。じゃあすぐに飛ぶよ」


 倉庫の隅で保管されている小型飛空艇。

 現時点で飛空艇を個人所有しているのは三十もいない。製造元であるロックベル造船所に直接交渉できる人間が限られているからだろう。


 造船所の社長はジョナサン・ロックベルである。古代種のもたらした航空技術にいち早く飛びつき、あらゆる伝手をフル活用して世界最大の飛空艇製造所を建設したのは今や誰もが知る有名な話だ。息子に譲った運送会社と手を組み日夜世界に流通の根を広げ続けている。


 倉庫から小型飛空艇を出すと、操縦席に乗り込み各スイッチを入れる。

 外にいる整備員へ手で合図を出し離陸した。



 ◇



 空の旅を経て訪れたのは『猿貴大国』の首都である『陽剣』である。

 人の賑わう大通りに入り漫遊旅団の看板を探す。


 すでに漫遊旅団と第二漫遊旅団は正式に合併している。

 団長は引き続き俺になり副団長はネイとなった。とはいっても実質の団長はネイだ。俺は定期的に現れて書類に印をする謎の人物として団員に認知されている。まぁ知っている人は知っているのだが。


「特に変わらずってところか」


 大勢の冒険者が出入りする比較的新しい建物。

 木製の看板には『漫遊旅団』と掘られている。


 この異大陸では十人を超えたパーティーを『クラン』と呼ぶそうだ。

 漫遊旅団はクランの中でも大型に属する組織である。


 団員らしき集団に交じり建物の中へ。


「依頼を達成した。ギルドからの発行書だ」

「はい、お疲れ様でした」


 団員は列をなして次々にカウンターへ書類を提出する。


 そんな光景を横目に俺は三階へ上がり、デスクと椅子が置かれただけの殺風景な団長室へ入室した。


 壁に武器をたてかけ椅子に深く腰を下ろす。

 デスクの上にはまだ何もない。だがこれから大量に運ばれてくるのは予想できた。


「失礼します。これが先週と今週の書類です」


 入室した団長補佐が大量の書類をデスクに置いた。

 一日では終わりそうにない量だ。正直見るのも嫌だが仕事なのでそうも言っていられない。とりあえずペンを握るがやはりやる気は出なかった。


「・・・・・・ネイは?」

「例の島へ開拓に行かれております」


 例の島とは最近発見された無人島である。

 高レベルの魔物が生息し多くの遺跡が手つかずのまま残っているそうだ。現在、我々漫遊旅団は大半の団員と多額の資金をつぎ込んで開拓を進めている。


「そうだ。俺も手伝いに行った方が――」

「もちろんかまいませんが、まずは書類を片付けてください」

「はい」


 何も考えず剣を振っていた頃に戻りたい・・・・・・。



 ◇



 港を出て半日ほど。

 水平線に目的地であるオーディン島が見えてきた。


 島を開拓をする最も大きな理由は、先の『南方大陸調査計画』が念頭にあるからだ。


 実は異大陸の真下にはさらに大きな大陸が存在している。


 そこは謎多き未知の土地だ。他国が派遣した調査チームはそのほとんどが戻ってこず、戻ってこられた調査員も会話もまともにできないほどボロボロで衰弱しきっていた。だが、各国はこれをきっかけにますます調査にのめり込むこととなる。


 生存者は遺物を持ち帰っていた。その遺物は俺達が知る遺物とはあまりにかけ離れており異質であった。そして、人々を虜にするほど素晴らしいものであったのだ。


 これからの冒険者は南方大陸をどれだけ知ったかで実力を測られるだろう。すでに俺達だけでなくあらゆる国家・組織・団体・個人が南方大陸を目指して動き始めている。この島の開拓は先手を打つための拠点確保であり最重要プロジェクトなのである。


 船がゆっくり入港する。

 しばらく待っていると陸地へと橋が渡された。


 降りるのは漫遊旅団の団員だけではない。移住を求める人間が日々島へやってきていた。港のある海辺にはすでに街らしきものがあり、風に乗って焼きたてのパンの匂いが届いていた。


 さて、まずはネイを探さないと。


 俺は歩き出してすぐに立ち止まった。

 見覚えのある顔を見つけたからだ。


「またサボりか?」

「お、団長じゃんか。顔を出すなんて珍しい」


 並べられた樽の陰でタキギが横になっていた。

 見回してみるがいつも一緒のナンバラの姿はどこにもない。


「もしかして開拓を手伝いに来たじゃん?」

「任せっきりも良くないと思ってな。それでどの程度進んでるんだ」

「一割ってところじゃんよ。この島、広いし敵が強くて」


 起き上がった彼は頭をかきながら嘆息する。


「副団長なら団員を連れて今もバトル中じゃんよ。根っからの冒険者どもは獣みたいに目をギラギラさせて喜んでて付き合いきれないっての」

「もしかして面白そうな遺跡があったのか? そうなのか?」

「・・・・・・とりあえず案内するじゃんよ」


 どうしてそんな目をするんだ。なぁ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

明けましておめでとうございます。

本年もどうかよろしくお願いいたします。

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