戦士の家
異大陸の旅から二年が経過した。
俺達は現在、アルマン国北部の街『クルックベルズ』に居を構えている。
ここは静かで住み心地の良い場所だ。
今の時期は紅葉シーズンでどこも秋らしく色づいている。
俺の家は街の中心部から離れた住居区画にあって、目の前には美しいマヌル川が流れている。今は紅葉も相まって最も絵になる時期だ。
一週間ぶりの我が家へ戻るとまずはフラウとパン太が体当たりで迎えてくれる。
「お帰りなさいっ!」
「きゅう!」
「ただいま。カエデの調子はどうだ?」
「そうそれ、生まれたわよ!」
「いつ!?」
「一昨日ね」
階段を駆け上がりカエデのいる部屋へ向かう。
ベッドには母親になったカエデと布に包まれた赤ん坊がいた。
彼女は俺に気づかず一心に赤ん坊へ微笑みを向けていた。
「カエデ」
「ご主人様!? お戻りになったのですか!」
「もうご主人様じゃないだろ」
「あ、つい癖で」
カエデは奴隷ではない。
すでに主従契約もなければ首輪もない。我が妻である。
「抱かせてもらえるか」
「もちろんです。まだ首が据わっていないので気をつけてください」
彼女から我が子を受け取り抱える。
不安になるほど小さく弱々しい存在。腕に抱えた今でさえ自身の子である実感はまだなく、カエデが生んだという実感もなかった。ただ、頭部の小さな狐の耳がぴくぴく動く度に愛おしさのような感覚が湧き起こった。
「女の子だそうです」
「美人に育ちそうだな」
「きっとトール様のような偉大で立派な子に育ちますよ」
過大評価すぎて冷や汗が出る。
偉大にならなくていいんだ元気に育ってくれたらそれでいい。
赤ん坊をカエデに返し椅子に腰を下ろす。
「名前の方はお決めになられましたか?」
「皆で話し合ったんだが、クララというのはどうだろうか」
「かわいらしくていいですね。気に入りました」
カエデは赤ん坊の頬を指でつつきながら「貴女は今日からクララ・エイバンですよ」と柔和に微笑んでいた。
クララ・エイバン。
そうか、俺の子供だからそうなるのか。
だけどまだ変な感じだ。俺が親になるなんて。
「ひ、ひひひ、ひいおばあちゃんが、きましたよぉおおお」
振り返るとドアの隙間からネーゼばあちゃんが顔を覗かせていた。
少し前に古都から引っ張り出してきたんだが、まだ環境に慣れないらしく家から出てきた引きこもりのように挙動不審である。
「あ、お邪魔・・・・・・」
「どうか遠慮せずお入りください。ネーゼ様はこの家でトール様に次いで力のある御方なのですよ。堂々としてくださらないと」
「そうかもしれませんが・・・・・・なかなか難しくて。は、入ってもいいのですよね? 入りますよ? 入ってから止めたりしないですよね?」
早く入ってくれ。
外だとびっくりするくらいコミュ障だな。この人。
本当にゴーレムなのだろうか。今更だが疑わしく思えてきた。
ネーゼばあちゃんが赤ん坊を抱いている間に、俺は見つけてきたベビーベッドを部屋の隅に置いた。ピカピカに磨いておいたので遺物とは気づかせないくらい部屋に溶け込んでいる。
「これでよしっと」
「それはまさか失われた育児道具『熟睡ちゃんファイナル』ですか? 我々高性能ゴーレムが生み出される以前、人がまだ自身の手で育児をしていた頃に生み出された育児界の秘宝。いかなる子供も優しく受け止め眠りに誘う、睡眠不足の母親なら垂涎必至の一つの到達点。まさか現物を目にするなんて感激です」
ネーゼばあちゃんが怖い。
普段からは想像できないくらい早口なんだが。
しかし、すごい代物なのは伝わった。
これを見つけることができたのは偶然である。生まれてくる我が子の為にと優れた育児道具を探し求めていた俺は、現地で『どんな子でも寝かしつけられるベビーベッド』なる伝説を耳にしたのだ。ありかを求めていくつかの遺跡を彷徨ったが、最後の最後にあの遺跡へと至ることとなった。いやぁ地味に苦労した。
「でも、それだけだと足りませんね」
「へ?」
カエデの一言に思考が止まる。
足りない?
どういうこと??
俺の表情から言葉足らずであったと察し慌てて付け加える。
「お聞きになってないのですか? マリアンヌさんとアリューシャさんも妊娠されたのを」
ええっ!?
初耳なんだけど!??
俺は二人から直接話を聞くべく部屋を飛び出すが、足がもつれ階段を転がり落ちた。
いつつ、痛くないけど気分は痛い。
起き上がって廊下を駆ける。
この家はかつての大商家が建てた屋敷だ。中庭もあって裏には畑と馬小屋もある。窓から見える中庭ではマリアンヌとアリューシャがお茶を飲みながら談笑をしていた。
「二人とも聞いたぞ。妊娠したんだってな」
「おおっ、トール殿」
「お戻りになられていたのですわね」
俺は嬉しさのあまり脇に手を入れマリアンヌを子供のように持ち上げる。
レディーに対して失礼な行いだったと気づいたのは少し後だった。
「恥ずかしいのでそろそろ下ろしてくださいませんか」
「すまない」
「ずるいぞマリアンヌ! わたしも、トール殿わたしも!」
アリューシャが自分もとぴょんぴょん飛び跳ねる。
かつてはきりっとしていた彼女だが、今ではすっかり凜々しさをなくし野生を失った猫のように丸くなっている。我が家で誰が一番ぐぅたらなのか決を採ったとする、こいつは間違いなく三位以内に入るだろう。
「いつ分かったんだ」
「トール様が旅立たれてすぐですわ。わたくしもアリューシャさんも不調が続いておりましたので、カエデさんに不調の原因を鑑定していただいたところ妊娠が発覚いたしましたの。鑑定スキルって妊娠の有無も見抜けるのですね。驚きましたわ」
「性別の判別まではできないそうだ。できれば男の子が生まれて欲しいが。弓を教えて一緒に狩りに行くのがわたしの夢なんだ」
二人の嬉しそうな言葉を黙って聞く。
俺は男でも女でもどちらでもいい。どちらも嬉しい。
男の子なら剣を教えられるし、女の子でも剣を教えられる。だが、何よりもまずは一緒に筋トレだな。三人の我が子とトレーニングに励む日々は楽しいだろうなぁ。『お父さん、ほら、上腕二頭筋が美しく引き締まったよ』って報告される日も夢じゃないんだ。ちなみにお父さんは大胸筋と腹直筋が自慢だ。
「これは・・・・・・よからぬことを思い描いている顔ですわね」
「早めに教育方針について話し合っておくべきかもしれないな」
二人がなにやら話をしているが、俺は我が子とのトレーニング風景を思い描くことに夢中で耳から耳へ抜けていた。
「そろそろ拠点に顔を出しておきませんとまた書類地獄になりますわよ?」
「あー、うん。開拓の件も気になるしそうするよ・・・・・・家のことは引き続き頼む」
中庭を出ると玄関に向かって廊下を歩く。
壁には景色や集合写真などが飾られていて、視界に入れる度にその日のことを昨日のように思い出す。特に九人の花嫁とたった一人の新郎が映る記念写真は、眺めているだけで忘れたはずの疲労すら思い出せてくれる。
うん、あれは本当に疲れた。
始まる前から終わった後もトラブル続きだったな。
調査団の団長が式の途中で号泣し、披露宴では各国の王が漫遊旅団はウチの英雄だと揉め出し、家族枠で来ていたムゲンとその配下が式場を警護するヒューマンの騎士と一触即発状態になったり・・・・・・無事に終えたのは奇跡だよ。
「だから、どうして砂糖を入れるのさ!」
「甘い方が美味しいからだよー」
「ルーナが正論デース。ピオーネは間違っているデース」
「ボクが悪いの!? レシピ通り教えてるだけなのに!」
ふと妻達の声が耳に届いた。
相も変わらず台所で悪戦苦闘しているようだ。
俺はカエデとネーゼばあちゃんに行き先を伝えてから家を出た。
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2022年の更新はこれで最後です。
来年もどうかよろしくお願いいたします。
それでは良いお年を。
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