後日談

戦士、父になる


 道なき道を単身進み続ける。

 気温が高い上に湿度も高く血を求めて蚊が群がっていた。


 不意に進路上に『ハンターモンキー』が現れる。

 ハンターモンキーとは、このブラッドジャングルにおいて上位に位置する捕食者だ。狩った獲物の数と強さに応じて毛の色が変わることでよく知られ、最上位の黒と上位の金と銀は非常に恐れられている。

 目の前にいる個体は茶色なので上から四番目のほどほどに強い個体だ。


 巨猿は俺を視界に入れるなり吠えた。

 上等な獲物を見つけ喜んだのかもしれない。


「本気で俺とやるつもりか?」

「ウホホ、ウホホッ!」


 拳で胸を叩く。ドラミングというやつだ。

 見逃すつもりはないらしい。


 俺は背中の大剣ではなく腰のナイフを抜いて構えた。見てのとおり本気でやり合う気はない。適当に相手して退散願おうってはらだ。俺が求めているのは量より質、むやみやたらと荷物を増やす必要もない。


 豪腕が振られ岩のような拳が俺を直撃する。


 ――が、モンキーは違和感に気づき表情を一変させた。


「ウホ!?」

「早死にしたくなければ、相手はきちんと選んだ方が良い。今回はいい勉強になったな」


 ナイフで片目を斬る。モンキーは痛みにもだえ悲鳴をあげた。

 それからそいつは血を滴らせ必死にジャングルの奥へと逃げてゆく。魔物の背中を見送ったところでナイフを仕舞った。





 森を抜けジャングルを一望できる高所に出る。

 見下ろす地上は延々と緑が続き、その中でぽつんと周囲から浮いた建造物があった。


 あれこそが今回の目的地である『マウヘリカ遺跡』である。


 存在は知られているものの特殊な地形から何人も近づけず、未だ探索の手が入っていない未知の遺跡だ。


「秘境の遺跡か。わくわくするな」


 落差五十メートルの断崖絶壁を命綱もなく飛び降りる。

 自殺ではないしパラシュート的な何かがあるからでもない。俺にとってこのくらいの高さはベッドから飛び降りるのと同義だ。


 真下に着地すると片手で頭に付いた葉っぱなどを払う。


 視線を上げると変わらず鬱蒼としたジャングルである。

 これまでと同じように草花をかき分けながら歩み続ける。遺跡の位置は先ほど把握した。後はいかなる障害も破壊して突き進むだけだ。


「ガルル」


 太い枝に四足の魔物が寝そべっていた。固有の魔物『ポイズンジャガー』である。犬歯に遅効性の毒があり噛みついた相手を弱らせて最後には動けなくする。


「シャァア!」


 足下の茂みには無数の棘を生やした『ハリセンボンオオヘビ』が俺の太ももほどもある胴体をくねらせて近づいている。


 いちいち相手するのは面倒だ。大蛇が噛みつく前に走り出し、飛びかかってきたジャガーを片手で払いのけた。その後も幾度となく魔物が現れたが相手することなくスルーし続けた。


「なるほど――確かに近づけそうにないな」


 遺跡を目前に足を止める。

 大穴の中心に塔のようにそびえ立つ岩壁とその上に建つ古城らしき遺跡。


 底はここからでは確認できないものの川が流れ込んでいることから大量の水があるものと推測する。

見上げれば凶暴な飛行型の魔物が飛んでいる。あの遺跡は奴らの巣になっているようだ。そして、巣と同時に狩り場でもあるのだろう。挑戦する冒険者共はいい餌だ。


 谷の幅はざっと二百メートル。丸太で橋を架けるのは到底現実的ではない。

 ただし、俺の場合はあれこれ試行錯誤する必要はない。力任せに飛び越えてしまえばいいのだから。


 一メートルほど助走をつけてからジャンプ。


 古城の真下の岩壁に貼り付けた。そのまま岩壁をよじ登り遺跡へ侵入する。


「ひとまず到着っと。歓迎されないのはお決まりだな」


 真上を飛行型の魔物が数を増やし飛び交う。

 敵の接近にようやく気がついたようだ。


 だが、お前らを相手するのは俺じゃない。出てこいロー助。


 銀色の閃光が空を駆け抜ける。魔物は肉片となって地上へと降り注いだ。


「しゃあ!」

「よくやった。残りも近づけさせないよう牽制してくれ」


 魔物はロー助に任せ奥へと向かう。

 やはりというべきか遺跡内部は薄暗くいたるところで崩壊が起きていた。湿度も非常に高くカビやキノコの天国である。


「これは・・・・・・糞か?」


 床には大量の糞が降り積もっている。天井にはコウモリの魔物が何匹か張り付いていた。

 さらに目を引いたのは大きなものを引きずったような跡だ。宝を守護する怪物でもいるのだろうか。


 荷物から『浮遊ランタン』を取り出す。


 これは遺物の一種だ。柔らかいボール状の物体で魔力を込めて握るとしばらく発光する。こいつが便利なのはいちいち命令しなくても欲しい場所に欲しいだけの明かりをくれる点だ。


 内部は迷路のように入り組んでおり且つ崩壊によって何度も回り道をさせられた。この建物は老朽化によってひどくもろくなっている。強引に突き進めば全体が崩壊する可能性があった。面倒だが慎重に行動する必要があった。


「当たりかな」


 最奥の大部屋に到達。

 ランタンが照らすのはうずたかく積まれた金銀である。


 だが、俺が欲しいのはそれらじゃない。そのもっと奥にある秘宝だ。


 天井の穴から差し込む光がソレを照らしている。周囲の財宝と比べると明らかに異質で浮いていた。

当然だ。ソレはベビーベッドなのだから。


 一歩踏み出したところで寝ていた主が目を覚ます。


 緑色の鱗に最上位捕食者たる凶悪な面構え、黄色い目は確実に俺を捉えていた。

 正統種グリーンドラゴンだ。風を操り竜巻を起こす空の王者である。


 威嚇の咆哮が建物を震わせた。


「待ってくれ。ここでやり合うのはお互いにとって良くない。俺はここを壊したくないしあんたも寝床を破壊したくはない。そうだろ?」

「グルルル?」


 ドラゴンは首をかしげる。

 竜種は凶暴な見た目に反して頭が良い。もちろん他の魔物と比べての話だが。

 道化師がドラゴンを笑わせて命拾いしたって逸話もあるくらいだから話がまったく通じないってことはないだろう。


「俺はアレが欲しいだけなんだ。ここにある財宝に興味はない」

「グルルル・・・・・・」

「なんなら肉だってある。ここに来るまでに素材を沢山集めたんだ。取引しよう。あんたは大量の肉を得て俺はアレを貰う。争う必要はないんだ」


 つ、通じているのだろうか。かなり不安だ。

 いつもなら問答無用でねじ伏せるが、ここは恐ろしく不安定だ。建物だけでなく地面も絶妙なバランスで保っている。


 俺とこいつがまともにやり合えば建物ごと地面も崩壊するかもしれない。


「グオオオオオオオオオオッ!!」


 前置きは良いからやり合おうぜ的な咆哮が俺を直撃する。

 やっぱりこうなるか。けど、悪いが逃げの一択だ。


 ドラゴンの踏みつけを寸前で躱しなんとかすり抜ける。刻印からクラたんを呼び出しベビーベッドを掴んで投げた。ベッドを触手でキャッチしたクラたんへすかさず命令する。


「それを絶対に落とすなよ」

「くら~」


 クラたんは天井の穴から外へと出て行った。


 まだ戦闘は継続している。尾撃を半身で避けると俺も逃げようとジャンプした。が、足に噛みつかれ床にたたきつけられてしまう。さらに振り回され壁へと投げつけられた。


「よっこいしょっと。ほら、効かないからもうやめようぜ」

「グルッ!?」


 ノーダメージの俺にグリーンドラゴンは動揺した。

 力の差を理解して諦めてくれることを願う。


「――ふぁ!? 馬鹿、やめろって!?」


 余裕な俺にキレたのかブレスを放とうと大きく息を吸い込み始める。

 そんなもの放てば確実にここは崩れる。


 ブレスが放たれる瞬間、俺はロー助を呼んでジャンプした。


 ずががががが、めきめきめき。

 ぐぉおおおおおおおっ。


 案の定、衝撃に耐えきれず足場となっていた岩壁は崩壊を始める。

 崩れる遺跡と共にグリーンドラゴンも大穴へ飲み込まれて行く。


「生きてると思うか?」

「しゃ」


 俺はロー助にぶら下がりながら問う。

 ドラゴンは生命力が強くしぶとい。たぶん死んでないだろうな。

 とにかく目的は果たした。

 クラたんの抱えるベビーベッドを眺めてにんまりする。


 もうじき俺は父親になるのだ。


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