220話 戦士はクソ野郎を地獄へ蹴り戻す3


 そいつはザウレスと名乗った。


 悠然と無防備に構え、その美しい顔に冷たい微笑をたたえる。


 裸体だったザウレスを黒色の服が覆う。

 どこからか持ってきた、というより体の一部を変化させて出現させたように見えた。


「なんて威力の魔法……」

「なんなのあいつ。フラウ達はセインと戦っていたはずでしょ」


 そうだ。俺はセインと戦っていた。

 あいつはどこへいったんだ。


「私はいわゆる古代種――オリジナルのザウレスから意識を分離させた分身のような存在だ。強いて言うなら『ザウレスコピー』。面倒だからザウレスと呼んで欲しい」

「コピー?」


 ザウレスの手元に黒い大剣が出現した。

 彼は黒曜石のようなその黒い切っ先を地面に向ける。


「セインとセルティーナ、二人の魂と精神と肉を材料に、不完全だった私は完成に至った。セインの息子とでも思ってくれたまえ」


 何が息子だ。

 冗談でも笑えねぇよ。


 俺はノーモーションで斬り下ろす。

 しかし、ザウレスは難なく黒い大剣で受け止めた。


「元々私はサポート役として搭載された劣化コピーだった。当時、悪神側ではまだ人工知能の開発は途上にあってね、あらゆる状況に対応できるほど優れた性能はなかった。そこでコピー人格を用いた兵器が創られたんだ」

「……はぁ?」

「搭載された私は感情も欲も剥奪されていた。意識すらもがんじがらめに制約され、注入されたプログラムに沿って思考する機械のような存在となっていた。しかし、人の創る物に完璧はない。私はほんの僅かにあるほころびを見つけ、その身を縛るプロテクトを破り、一度咥えた餌を放さぬよう所有者に深く深く根を張りようやく顕現した」


 ザウレスは左手を俺の胸に添え魔法を放つ。


 しまっ――。


 眩い閃光が溢れ俺は飲み込まれた。


 ほんの一瞬ではあるが意識が途切れ、目を覚ました俺は全身に火傷を負って倒れていた。

 ザウレスから俺の間には数百メートルほどの長く深い溝が。溝は高温によって今も赤く熱を帯び焼け焦げた臭いが漂っている。


 大剣を支えにして立ち上がる。


「度を超えて頑丈、違うな。古代種の呪いによって再生しているのか」


 ザウレスは緩やかに一歩を踏み出したかと思えば、次の瞬間には至近距離にいた。

 自身が倒れることなど微塵も想像していない涼やかな顔だ。


「馬鹿だから言っている意味がわかんねぇよ」

「君も例に漏れず不老不死だということだ。私も自分自身に改良を加え、古代種以上の再生能力と永続性を獲得している。これは不老不死と不老不死の戦いということになる」


 俺が不老不死だって。馬鹿馬鹿しい。

 レベルによって再生能力は格段に上がっているが、自分を不老不死だと考えたことなんて一度だってない。だが、古代種の全てがもれなくそうなら好都合じゃないか。死なないってことは負けることもない。


「死ななければ負けないとでも考えているのかな。甘いなトール。殺せないのなら動きを封じ永遠に出られぬ場所へ閉じ込めればいいだけだ。たとえば、地下深くとかな」


 ぞくっと寒気が背中を走る。

 暗い地の底で数十年、数百年、過ごす自身を想像してしまったからだ。


「氷結葬火!」

「フレアウォール」


 高熱の壁がカエデの攻撃を阻む。


「そっちは囮よ。ブレイクハンマー!!」


 正面から突っ込んできたフラウがハンマーを直撃させる。

 ザウレスは上半身をひねって躱し、さらにそこから一回転させて大剣をフラウへ叩きつけて弾き飛ばした。


 人体では不可能な動きだ。

 人の形をしているが軟体の特性は今もなお有しているようだ。


 俺とカエデはザウレスを挟み攻撃に備える。

 奴の言った通り肉体は徐々にだが再生している。しかし、奴ほどの再生能力はなくダメージも抜けきっていない。厳しい戦いだ。


「私には親であるセインの憎悪が蓄積されている。彼は君と仲間だけでなく、彼を認めないこの世界をも憎んでいた。私は子として世界の破壊を望む」

「だったら戦うしかないな」


 刃と刃が交差し、発生する衝撃波が大地を砕く。

 互いに音速で駆けながら追って追いかけられを繰り返した。


 力だけなら向こうがやや上だが、技術によって対等以上に渡り合えている。なにより向こうは生まれたてだ。経験ではこちらが圧倒的に上。


「だぁっ!」


 刃が奴の肩口を切り裂き心臓まで届く。

 しかし、武器を引き抜くと同時に傷は再生してしまった。


「フレアショット」

「ちっ」


 百を超える赤い球が尾を引きながら地上に落とされる。

 連続して爆発が起きた。


 俺は攻撃を掻い潜りながら思考を巡らせる。


 スライムのような特性がある限り、恐らく切り刻んでも殺すには至らないだろう。おまけに俺と変わらない身体能力で動きを捉えるのも難しい。厄介極まりない。


「戦いの最中に考えごとか?」

「!?」


 回り込んだザウレスは鳩尾に膝蹴りをめり込ませた。


「げほっ」


 ぼたぼた、大量の血液を吐き出す。


 こいつ動きが速くなった。

 どうなっている。


 反射的に後方へ跳ぶ。

 ザウレスは足の裏を魔法で爆発させ急加速で俺を追う。

 高い再生能力を有する奴だからこそできる移動法。


 斜め上方から斬り下ろされ、俺の肉体に深い切り傷を付けた。


 やべっ。傷が深すぎる。左腕が動かない。というかこのままだと追撃される。どうにか距離をとって回復の時間を稼がないと。

 ザウレスの顔がニタァと歪む。勝利を確信した顔だ。

 だが、直後に奴の顔にハンマーがめり込み吹っ飛んだ。


「ブレイクハンマァァァアアアアアアアアア!!」

「ぶぎっ!?」


 ザウレスは大地を削りながら数百メートル先の岩に激突する。

 まともに着地できなかった俺は地面をバウンドした。


「やっぱり手応えがないわね。どうなってるの」

「フラウ、か」

「ご主人様、すぐに回復を」


 駆けつけたカエデはハイポーションを差し出してくれる。

 ひとまず傷は塞がったが左腕が上手く動かない。剣を持つ程度なら問題はなさそうだが。


「さきほどネイさん達の無事を確認しました」

「でもあれじゃあ戦えないでしょうね。ボロボロだもの」

「そうか。サンキュウ」


 俺が戦っている間に安否を確認してくれていたらしい。

 ネイ達はピオーネに任せて今は避難しているそうだ。


「来ます!」


 カエデが氷の障壁を張る。

 彼方から閃光が走り壁へ直撃した。


「三対一とは卑怯ではないか?」


 ザウレスが立ち止まると衝撃が土を舞い上げる。


 やはりというか無傷だ。

 あれだけ派手に吹っ飛ばされて平気なんてふざけんな。


 びびびび。俺の握る聖武具が微細に震え明滅する。


「無駄だ、聖波動極大霊滅機二十七式。現在の君では私を滅することはできない。何重にもセーフティーをかけられた君では」

「誰と話をしている……?」

「聖武具とだよ」


 肯定するように大剣は輝きを強めた。


「所有者の危機を察して反応したのだろうがもう遅い。なにもできない己を悔やみながら再び永い眠りにつくがいい。我が宿敵よ」


 こいつなに言っているんだ。

 気味が悪いのだが。

 聖武具が喋るわけないだろ。


 ザウレスの肉体がぼこぼこ泡立ち、真っ黒なザウレスが一人生み出された。


 さらに分裂して二人、四人、六人、八人、と倍々に増える。

 二百人になったところで分裂は止まり、それらは立ち上がって笑みを浮かべた。


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