経験値貯蓄でのんびり傷心旅行 ～勇者と恋人に追放された戦士の無自覚ざまぁ～

219話 戦士はクソ野郎を地獄へ蹴り戻す2

　大翼を広げ咆哮する純白の竜。

　その外見から明らかに正統種とは違ったドラゴン。

　俺の刻印が明滅し、あれはパン太であると教えてくれていた。

　最強の眷獣であるパン太の真の姿だ。

　湖の水面が爆発したように水柱を上らせる。

　大量の水滴を滴らせ黒き竜であるグウェイルが姿を現した。

　恐らくパン太とグウェイルは同じクラスに位置する眷獣。それも系統が異なったライバル的な眷獣なのかもしれない。

　グウェイルは『付いてこい』と顎で空を示しパン太はそれに応じる。

　二頭は強烈な風を置き去りにして螺旋を描くように舞い上がった。

　最強と最強の熾烈な争いが開始される。

　一方、チュピ美とサメ子はヤズモを相手に追いかけっこを行っていた。

　チュピ美によって高速飛翔するサメ子が無数の光線を放つ。ヤズモも二本の光線で応戦しているが、上をとられていることと、攻撃の数で勝るサメ子に苦戦しているようだ。

　ヤズモは水中も活動域なのか湖の中へ飛び込む。

　だが、それこそがチュピ美の狙いだったらしい。掴んでいたサメ子を素早く投下、水中で戦いは再開される。

　シルクビアを引き受けたロー助は熾烈な空中戦を繰り広げている。

　無数の光線を発射するシルクビアは以前とは全く別物だ。セインの力により強化卵のようなランクアップを果たしているのだろうか。

　しかし、追随するロー助はその鏡面のような外殻で光線を弾き、確実に相手を追い詰めていた。手数も機動性もシルクビアが上ではあるが、ロー助には強力な守りと一撃必殺の攻撃力がある。

　セインの眷獣は俺の眷獣が押さえ込んだ。後はセインを倒すだけ。

「どぉおおる……」

　セインの動きは緩慢だ。眷獣へ力を分け与えたせいか、先ほどとは打って変わりずいぶん弱く見えた。これなら息の根を止められるかもしれない。

「旋々蒼焔！」

　カエデが冷気を帯びた蒼い炎を創る。

　それは大蛇のごとく胴体をくねらせる火炎竜巻であった。

　あれも九尾の術の一つだろうか。

　蒼い大蛇はセインの体に巻き付きみるみる氷で覆ってしまう。

　セインは凍り付いた肉体の一部を切り離し、スライムのような軟体となってそこから逃げ出した。

　まずい。逃げるつもりだ。

「ふっかーつ！　よくもやったわね！」

　瓦礫を吹き飛ばしたフラウが、フンガーと怒気を放つ。

　彼女はセインへ勢いよくハンマーをたたき込んだ。

「こ、いつ、フラウのハンマーを受け止めた！？」

　巨大な手となったセインは、フラウのハンマーを真正面から平然と受け止めている。

　違う。半固形化によって衝撃を逃がしたんだ。

　セインの体はゼリーのようにぷるんと揺れていた。

　巨大な手はフラウをはたき落とし、今度は虎となって逃走を継続した。

　……どこまで逃げるつもりなんだ？

　追いかける内に奴の狙いがなんなのかようやく理解する。

　他国の大規模な軍がこの遺跡へ進行していた。セインの討伐に用意されたのか。それともこの機に乗じて他国への侵略を計画していたのか。どちらにしろセインにはただの餌だった。

　巨大な虎は食らいつく。数え切れない触手を兵に突き刺しステータスを吸い取っていた。

　隣で駆けるカエデが警告を発する。

「レベルが急上昇しています！　10万を超えました！」

　眷獣に分け与えた経験値を補充しているのか。

　追いついた俺は大剣で一閃する。

　セインの胴体が二つに切れるがすでに軟体となっていたようだ。

　二つの塊はそれぞれ虎と大鳥に変化し兵へ襲いかかる。

　分裂までするのか。それも経過するほどに賢くなっている。

　虎から狼が分裂し大鳥からは大猿が。カエデと俺でなんとか狼を倒すことはできたが、ネイ達にはいずれも倒すことはできなかった。

　三頭が合体し再び虎へと戻る。

「どぉおおおるうう」

　虎は大蛇へと姿を変え、頭部にセインの上半身が現れた。

　完全に正気を失っているのか以前の意識を取り戻す様子はない。

「セイン！」

「どぉおおる！」

　俺の大剣とセインの牙がぶつかる。

　ずりずり足が後方へ滑る。力で負けている。

「爆功・連撃掌！　おりゃりゃりゃりゃっ！」

　ネイの連続攻撃がセインにダメージを与える。

　通常の攻撃とは違うのだろう。セインの胴体がぼこぼこ泡立つようにうごめき、内部から爆発するように弾ける。

「強化試験管、じゃんよ」

「パワーアップしたナンバラの一撃受けてみろ！　大切断！」

　タキギに液体をぶっかけられたナンバラは、遺物巨斧でセインの胴体に深く斬り込む。

　すかさずカエデが強烈な冷気を発生させ魔法を行使した。

「逆巻け極寒の蛇、旋々蒼焔」

　全員が一時退避、直後に蒼い大蛇がセインを飲み込む。

　セインの肉体を分厚い氷が覆う。

　必死で逃れようとするが凶暴なまでの冷気によって軟体化を阻害されていた。

　完全に凍り付いたところで、フラウが流星と見紛う速度でハンマーを打ち込む。

「ブレイクハンマァァアアアア！」

　セインは粉砕された。

　煌めく氷の粒が宙を舞う。

「見た！？　フラウがとどめを刺したのよ！」

「ふふ、そうですね」

　フラウははしゃぎ、カエデは微笑んでいる。

　俺は緊張から解放され額の汗を拭う。

「ふくだんちょー！」

「トールと合流していたんだな」

「手がかりが少なすぎて見つけるのに苦労したじゃんよ」

「悪かった」

　ナンバラとタキギもネイとの再会を喜んでいる。

　あとはアリューシャを見つければ、俺達の旅もひとまず終わりかな。

　ずずん、黒煙を纏いながらグウェイルが落下する。

　太陽を背に純白のパン太が見下ろしていた。

　ずががが、遺跡を破壊しながらヤズモが逃走していた。追いかけるのはチュピ美とサメ子のペア。さらにロー助にやられたシルクビアが地上へ落下し轟音を響かせた。

　セインの眷獣は軟体化し一つへ集まる。

　往生際が悪い。

　まだやるつもりか。

「ご主人様……量が少なくないでしょうか」

「なんだって？」

「あれだけの質量を凍らせたのです。氷の量ももっと多いはずです。なのに、散らばった氷は1割ほどしかないように思えるのですが」

　確かに。氷の量が少なすぎる。

　フラウの打ち込みが強力だったとしても、あれだけの塊が全て破片になるなんておかしい。まるで凍った風船を割ったような――しまった、そういうことか！

　地面からもう一つの塊が飛び出し眷獣だった塊へと融合する。

『実は成った』

　声が響き黒光の柱が出現する。

　塊はぐにゃりと形を変化させて球体へ。

「氷結葬火！」

「ブレイクハンマァァ！」

「鳳烈豪脚」

　カエデ、フラウ、ネイの三人の攻撃を光の柱は全て無効化した。

　黒い球体にヒビが入る。

　そして、割れた。

　柱が消え失せ、衝撃波が駆け抜けた。

「無事か、二人とも」

「はい」

「びっくりしたわ。いきなりなんなの」

　ぞわっ、と寒気が全身を走る。

　セインがいた場所に、黒の長髪の男が立っていた。

　冷たいまでの美しい顔立ちの青年。

「＊◇あ▲○、☆＊とに■◎――あー、あー、これでいいか。初めましてトール。私はザウレスだ。挨拶としてまずは一つ」

　青年が空へと舞い上がり、右手に眩い球を出現させる。

　嫌な予感がする。本能的に仲間へ警告を発した。

「逃げろ！」

　球が落とされ大爆発を起こした。

　吹き荒れる爆風に眷獣もネイもその仲間達も吹き飛ばされる。

　俺は大剣を地面に突き刺し衝撃に耐えていた。

　カエデは魔法で障壁を創りその後ろにフラウも隠れている。

「――っつ」

　巨大なクレーターができていた。

　青年はその中心に降り立ちさらりと髪を風になびかせる。