218話 戦士はクソ野郎を地獄へ蹴り戻す1


 母さんの目的が判明し、俺に課せられた運命を理解した。


 俺はただ運良く力を得たのではなかったのだ。

 この力には義務と責任があったわけだ。


 逆に安心した気もする。これまでの俺は道を探し続けていた。どこに行きたいのかも分からず、力の使い方にも疑問を抱いていた。


 ようやく道が見えたのだ。


 ここに来て良かったと思う。

 母さんの気持ちを知れて、ばあちゃんにも会えて、俺がなんであるかも知ることができた。後悔はない。


「過酷な運命を背負わせて申し訳ありません」

「ばあちゃんが謝ることなんてないさ」

「ですが……」

「あのさ、一回だけハグしてもらっていいかな」


 俺は恥ずかしさに耐えながらなんとか絞り出した。

 ネーゼは微笑み、手を広げてくれた。胸の中へ飛び込めばじんわり胸が温かくなる。童心を思いだして目が潤んでしまった。


「またいつでも会いに来てくださいね」

「うん」


 ああ、俺は……寂しかったんだろうな。

 今ならはっきり分かるよ。


 腕で目元をくしくし拭い、俺は笑顔で離れた。


「お二人もまた」

「お世話になりました」

「またねー。ネーゼおばあちゃん」


 カエデもフラウも手を振った。

 これから古都を旅立つ。

 俺達にはセインとの最後の決着が待っているのだ。


 何度も振り返り見送る祖母を確認した。


「主様、もしかして泣いてるの?」

「泣いてない」

「トール・エイバン・フォーゲルシュタイツ様だもんね」

「その名前はやめろ」


 古代王家の血筋なんて冗談じゃない。

 俺はただのトールだ。

 ただの戦士トール。


「さ、戻りましょうか」

「だな」



 ◇



 ゲートを越えて帰還を果たす。


 遺跡から出ると、ほんの僅かだが空気が変わっていることに気が付いた。

 風に乗って届く血の香り。時折、びりびり地面が揺れている。


「変な感じね。もしかしてセインが?」

「急ぎましょう」


 水辺へと足を速める。


「まじかよ」


 湖の向こう側では、無数の黒煙が立ち昇っていた。

 獣のような咆哮が木霊し、幾度となく爆発が起きていた。


 戦いはすでに始まっていた。


 あの中心にセインがいるのは間違いない。

 ピオーネが心配だ。急いで戻らなければ。


「全速力で戻るぞ」

「はい」


 本気の疾走。蹴った地面が爆発したようにえぐれ、俺の体は空気の壁を越えて水の上を奔る。

 カエデは魔法で体を浮かせ、フラウは自らの羽で追いかけてきていた。


 数秒で湖を渡りきり、遺跡を足場に高くジャンプ。

 素早くロー助を呼び出し、その尻尾に掴まった。見下ろす景色には暴れ狂う黒い獣があった。


「どぉおおおおるうううう!」


 巨大な黒い虎。背中からは数え切れない触手を生やしていた。

 虎めがけて魔法の集中砲火が浴びせられる。どこかの軍による魔法攻撃のようだ。


 虎の口が開きブレスが吐き出された。


 熱線は建物を消し飛ばし、地面を赤くえぐり、軍を飲み込む。

 さらに経験値を吸収したものか以前より格段に強くなっているようだった。


「セイン!」

「ドォオオル? どこだぁぁああ!?」


 俺は真上から、着地と同時に虎を一刀両断する。


「ぎゃぁぁあああああああ!?」


 セインの悲鳴が地響きのように鳴る。

 ずるりと一瞬虎が二つにズレるが、瞬時に元の位置に戻り癒着してしまう。


「どぉおおおるう」

「セイン……約束通り殺しに来たぞ」

「どぉおおおるううううううううううううう!」


 奴は俺を視界に入れ、涎を飛ばしながら激しく叫んだ。

 憐れ。こんな姿になっても生きなければならないなんて。


「鳳烈豪脚!」


 女が一人、砲弾のごとく飛んで来てセインへすさまじい蹴りを直撃させた。

 セインは衝撃に耐えきれず吹っ飛ぶ。


 くるりと空中で回転しながら着地した女性は、俺の方へ手を広げて駆ける。


「トール!」

「ネイ!?」


 ネイは俺の腕の中へ飛び込む。


「来てたのか」

「トールだぁぁああ! トールに会えたぁぁああああ!」


 久しぶりの再会。無事を確認できて安堵する。

 起き上がろうとするセインへ、時間差で見知った二人が攻撃を続けた。


「粘着試験管、投擲じゃんよ」


 タキギの投げたガラス管が割れ、セインの肉体は粘着質の液体によって地面に貼り付けとなる。


「切断せよ。ヴァルギャリバー!」


 ナンバラがセインへ巨斧をたたき込む。

 刃は表皮を切り裂き肉に食い込み、衝撃に地面は陥没した。


「どぉおおるうう!」

「ヤバい雰囲気じゃんよ」

「くそっ、また効果なしか」


 タキギとナンバラは即座に退避。

 虎の首から二つの頭が出現し、吐き出した炎で粘着質の液体を焼き払う。傷口も瞬時に再生しセインはのそりと立ち上がった。


「喜ぶのは後にした方がいいな。今はあいつをどうにかしないと」

「アタシが注意を引く、その間にトールが――」


 セインの体から三つの塊が分離した。

 それは黒く禍々しいデザインの眷獣。


 漆黒のシルクビア。

 漆黒のヤズモ。

 漆黒のグウェイル。


 シルクビアは鋭角な軌道を描きながら辺りへ光線を放つ。

 巨大化したヤズモは体を透明化し、その長い舌で獲物を巻き取り飲み込んでしまう。

 そして、最後のグウェイルは人型に近いドラゴンとなってその大翼を広げた。


「敵が四体に増えただと……?」


 どこまで強くなるんだ。

 だがしかし、ここで心を折るわけにはいかない。


「ロー助、サメ子、チュピ美」

「しゃあ」

「ぱくぱく~」

「ちゅぴぴ」


 三匹を呼び出しあの三体の掃討を命令する。


 チュピ美はサメ子を足で掴み空高く飛翔する。


 ロー助はチュピ美の指示に従いシルクビアを引き受けたようだ。

 チュピ美とサメ子も高速旋回しながら、光線で地上のヤズモを追いかけていた。


 残るはグウェイルだが、奴は初手からとんでもない攻撃を放つ。

 真下に向かってブレス攻撃を放とうとしたのだ。


「ネイ、下がれ!」

「トール!?」


 反射的にネイを後ろに隠し、俺は大剣でブレスを受け止めた。

 極太の熱線が真上から吐き出され、大剣を盾にしていてもその熱から皮膚が焼けただれて行く。周囲の地面はどろりと溶け始め、俺の服も髪も発火する。


「フラワーブリザード!」

「ぎゃうう!?」


 ブレスが中断され真上からカエデが舞い降りる。


 グウェイルは体を覆う氷を粉砕し、何事もなかったかのようにうなり声を上げた。


 その間、セインは動く様子がなかった。

 三匹の眷獣を出したことで大きくエネルギーを喪失したのだろう。


 討つなら今だが、眷獣が邪魔して攻めきれない。


「ご主人様、ハイポーションを!」

「先にネイにやってくれ」


 俺は痛みをスキルで遮断しているので、ダメージはあっても戦闘に支障はない。

 ネイはハイポーションを受け取り火傷を治癒させた。


「ブレイクハンマァアアアアアア!!」


 フラウが流星のごとく降下、ハンマーでセインをぶったたく。

 彼女の本気の攻撃は衝撃波を発生させる。


「このこの! よくも主様を!」

「どぉおるうう!」

「あんた、しつこいのよ! ウンコ勇者!」


 フラウは何度もハンマーをたたき込み、セインは痛みに悶えていた。

 グウェイルの標的が俺達からフラウへと移る。


「ふぎ!?」

「グォオオオオオオ!」


 グウェイルの太く鋭い爪がフラウに直撃。

 フラウは豪速で地面へ叩きつけられもうもうと土煙を上げた。


「フラウ!?」


 グウェイルは再びブレスの体勢をとった。

 まずい。フラウではアレを防ぎきれないかもしれない。


「ぎゃぁおおおおおおおおお!!」


 咆哮が聞こえた後、予想していなかった方向から極太の熱線がグウェイルに直撃する。

 空を駆け抜けた光線は敵を湖へと弾き飛ばした。


 巨大な飛翔物が地上に影を落とす。


 純白の肉体に、眩く光を反射する堂々たる頂点の姿。

 人型のドラゴンが大翼を広げていた。



 パン太の帰還である。




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