217話 乙女達の受難その12
アタシ達はイグジット遺跡へ到着した。
今回連れてきたのは十人の精鋭。それから相棒のリンだ。
一方の『千の黄金獅子団』は百人と大人数であった。
「――最悪。最悪最悪」
「落ち着くにゃ。副団長がイライラしてると団員の集中力が落ちるにゃ」
リンに諭され反省した。
しかし、呑気に酒盛りをする黄金獅子団を見ているとどうしようもなく殺意が湧いてくる。
イライラの原因は奴らの態度。
ことある度にウチの団員にいちゃもんをつけて絡んでくるのだ。
ガーファオにどういう教育をしているのだと問い詰めれば「合同なんだ、多少のいざこざはあるだろ」と軽く流されてしまう。
ガーファオの指示は明らかだった。
正直、もう我慢の限界だ。
今すぐ黄金獅子共を半殺しにしてやりたい。
しかし、依頼であるセイン討伐はもうすぐだ。ここで無駄な仲間割れなんてできるはずもない。
陛下は何を考えて合同にしたのか。
「ウチら以外にもかなりの数が討伐に来ているみたいにゃ。この様子だとまだ件の魔物は戻って来てないようにゃ」
リンが遺跡の頂上から周囲を一望する。
今やセインは各国が狙う敵だ。これは争奪戦でもある。討ち取った国や組織は面目が保たれ、尚且つ他国へ力を示すことができる。冒険者なら超高額報酬を得るチャンス。
だが、アタシには全てどうでもよかった。
参加を決めたのは魔物が『あのセイン』かどうか確かめる為だ。
もしそうなら今度こそこの手で決着をつける。
「なんだなんだ、そのヤル気十分な顔は。まさかまーだ出番があると思ってるのか?」
「あ?」
酒瓶を握ったガーファオがやってくる。
アタシは立ち上がって睨め付ける。
「俺の立てた秘策で瞬殺しちまうだろうって話だ。てめぇら漫遊の出る幕なんてねぇんだよ。せいぜい指くわえて見てるがいいさ」
「おい、合同だってこと忘れたか。陛下は二つのパーティーで討伐しろと仰せになったはずだぞ」
「違うな。陛下は俺達へのサポートを命じられたのだ。あの方もこの栄えある千の黄金獅子団が新参者と肩を並べるなど望まれてはいないだろう」
なに言っているんだこいつ。
まさか陛下のお言葉を曲解しているのか?
「いたぞ! 見つけた!」
偵察に出ていた黄金獅子のメンバーが戻ってくる。
アタシはメンバーへ目配せし、手早く配置につかせる。黄金獅子団も戦闘に備え動きが慌ただしくなっていた。ガーファオはよほど秘策とやらに自信があるのか慌てる様子はない。
「相手は魔物だ。黄金獅子の敵ではない」
ガーファオの声に団員は高い士気で応える。
程なくして猪のような黒い巨大な獣が、木々をなぎ倒しながら現れる。岩を砕く突進に黄金獅子の団員は為す術なく吹き飛ばされた。
「どぉおおるうううう! ごろずうううううう!」
猪の額に生えた人の上半身。
見覚えのある顔にアタシの心臓は恐怖から強く収縮した。
間違いない。あれはセインだ。
今の彼は以前とは雰囲気が違っていた。焦点の合わない目と涎の垂れる半開きの口、とても正気とは思えない状態だ。人が魔物に堕ちるなんてあり得るのだろうか。
これはアタシにとって幸運だった。
予想したとおり魔物はセインだった。そして、憎むべき男は人ですらなくなっていた。
「あは、あははは! ざまぁみろ! ざまぁみろぉおおお!」
「ネイ……」
「リン、見てみろ。アタシ達を騙して裏切った男が落ちぶれてるぞ! 人ですらなくなった! 天罰だ! ざまぁみろ!」
押し殺していた感情が噴き出した。
黒い感情はアタシを塗りつぶそうとする。ずっと後悔していた。アタシもトールについて行くべきだったと。アタシは復讐したかった。あの裏切り者にずっと復讐したかったのだ。
「ネイ!」
リンに抱きしめられ、アタシはハッとする。
「あんたは副団長にゃ。私情は二の次、考えるのはメンバーのことにゃ」
「そうだった。ごめん」
リンのおかげで冷静さを取り戻す。
どす黒い感情に飲み込まれかけていた。
こうしている内にもセインと黄金獅子は戦いを繰り広げている。
「なんだこいつ、攻撃がまるで効かない!」
「どぉおおるうううう!」
黒い猪は触手を伸ばし管のような先で次々に串刺しにする。
人から何かを吸うと、ゴミのようにぽいっと投げた。
黄金獅子は幾度となく攻撃を仕掛けているが、尋常でない再生力で無効化されていた。
「攻撃開始!」
アタシの指示により、配置したメンバーからの遠距離攻撃が始まる。
いくら再生力が高くともそれを上回る攻撃で攻め続ければいつか限界を迎える。
魔弓士と魔法使いによる攻撃の雨に、セインは悲鳴をあげてその場で足を止めた。
さぁ、ここからアタシの出番――ってなにしてんだ黄金獅子!?
「よくやった漫遊! 俺の秘策で仕留めてやる!」
「ガーファオ、てめぇ!」
黄金獅子の連中が次々に鉄の網を投擲する。
網はセインにかぶさり身動きを取れなくした。
「秘策ってあれのことにゃ?」
「アタシ達の攻撃を利用しやがった!」
「落ち着くにゃ。あんなもの効果あるとは思えないにゃ」
網に捕まったセインへガーファオ達は攻撃を仕掛ける。
しかし、突いても斬っても攻撃は皮膚に跳ね返され効いている様子はない。焦りを覚えた彼は仲間へ罵声を浴びせる。
「早く殺せのろま共! なぜできない!」
「それが皮膚が硬く刃が通りません。通ったとしても即座に再生して――」
「退け! 俺が殺る!」
とうとうガーファオが直接セインへ攻撃を行う。
ガィィン。彼の刃はセインの皮膚により、簡単に弾かれてしまった。
「どぉおおおるううううううう!」
網の隙間からセインの触手が伸び、黄金獅子のメンバーを串刺しにする。
触手の数は百を越えていた。逃げ始めるメンバーをセインは逃さない。次々に何かを吸い上げ、その身を大きくしていた。
「あ、ああ、そんな……俺の秘策が」
「ガーファオ、仲間を連れてそこから逃げろ」
「がふっ!?」
触手が、ガーファオの胸を貫く。
黄金の獅子団はあっけなく壊滅した。
「どおるぅうううう?」
セインはぐにゃりと形を変え、猪から大蛇となって網から抜け出してしまう。
アタシはリンに命令を出す。
「メンバーに支援をさせてくれ。アタシはあいつをぶっ飛ばす」
「承知したにゃ」
アタシは空中で体をひねりながら渾身の右ストレートを大蛇の頭部へ直撃させる。
轟音が響き大地が揺れた。大蛇の鱗は砕け内部で肉がはぜる。
セインは痛みにその身をくねらせた。
手応えあり。攻撃は通じている。
大蛇の鱗がぼこぼこ揺らめく。直後に飛び出たのは無数の触手だ。アタシは素早く後方へ離脱、するとどこからかセインへ魔法攻撃が加えられ爆発した。
「ようやくおでましだ」
「黒い魔物は我らが始末する」
「邪魔しないで。こいつはウチらの獲物よ」
「触手に注意! 重装部隊攻撃開始!」
他国の軍や冒険者が殺到していた。
まるで砂糖に群がる蟻。アタシはひとまず距離をとることにした。
「ネイさん!」
「え? ピオーネ!?」
偶然通りかかった場所にピオーネがいた。
アタシとピオーネは顔を合わすなりハグをする。
「ようやく会えた! ネイさんも来てたんだね!」
「ピオーネはどうして」
「ボクはソアラの命令で。そうだ、トール達もここに来ているんだ。もうすぐ戻ってくると思うけど……戦いには間に合わなかったかな」
トール! トールがいるのか!
アタシの心は一瞬で晴れやかとなる。
「とにかく今はアレをどうにかしないと。戦力がある内に倒さないと、大変なことになるんだ」
「再生能力が高いってだけじゃないのか?」
「アレは触手で経験値を吸収するんだ。今も少しずつ強くなっているはずだよ」
じゃああれはガーファオ達の経験値を吸っていたのか。
遺跡が崩れ、黒い虎が咆哮した。
頭部にはうつろな表情のセインが両手を広げる。
「どおぉるううううう、ごろずぅうううう!」
虎の背部から無数の触手が。
触手の先には、干からびた騎士や冒険者の姿があった。
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