216話 戦士と古代都市6
「ここにいる全ての人を、殺してください」
その言葉は現実のものとは思えなかった。
幻聴、そうだ幻聴。
もしくは彼女の言い間違い。
「高次に至った者による肉体と魂の破壊こそが救いなのです。もちろんすでに高次へと旅立たれてしまった方々も救っていただく必要があります」
「本気で言ってるのかよ」
「偽る必要はどこにもありません」
一億四千万人を殺せだって!?
なんだよそれ! おかしいだろ!!
今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られた。
けれど足から力が抜けてそれすらもできない。
「ご主人様!? フラウさん、この人は敵です! ご主人様を言葉で攻撃する敵!」
「嘘を並べて主様を行動不能にするつもりね! ふざけた奴だわ!」
「本機はクオン様ができなかった説明をしただけです。もちろんひどいことを申しているのは重々承知しております。それでもこれはクオン様と、ご子息である貴方の義務であり責任です」
カエデとフラウが武器を抜く。
ネーゼは無防備なまま俺へ語りかけた。
「貴方は――最後の王族なのです」
「……王族?」
「トール様には全ての遺産を受け取る権利と全ての国民を救う義務が残されました。今すぐどうしろとは申しません。ですがこれだけはご理解ください。ここで眠る者達はトール様にすがるしかないか弱き者達なのです」
ネーゼの手が震えているのに気が付いた。
ゴーレムなのに。作り物なのに。
彼女が辛い役目を買って出ていることは理解できた。
「あんた、もしかして俺のばあちゃんなのか」
「それは……」
「首飾り、母さんが作ったんだろ」
母さんを育てた人ってたぶん彼女なんだよな。
ニュアンスもそれっぽかったし。
「……本機のような作り物が祖母など、恐れ多いです」
彼女はネックレスを握りしめ、泣きそうな顔で下唇を噛む。
そんな顔を見てしまうと、なんだか全てが馬鹿らしくなる。
「カエデ、肩を貸してくれないか。まだ力が入らなくて」
「どうぞ!」
言葉で攻撃されたってのは正しいかもな。
顎に良いのを貰ったように、まだ膝が笑ってやがる。ははは。
「俺さ、馬鹿で鈍感だから言われたとおりにするのすげぇ苦手なんだ。つーか、一億人も殺す度胸ねぇよ。母さんとばあちゃんの頼みじゃなきゃ関係ねぇって投げ出してたかもな」
「どうなさるおつもりですか?」
「他の方法を探す。ようは不老不死の問題を解決すればいいんだろ」
一度だけ振り返る。
この中に俺のご先祖様もいるのかな。
もしなんとかなったら、一発ぶん殴らせて貰いたいぜ。
◇
高いガラス天井から光が差し込む。
円柱型の広い部屋の壁際には、見上げるほどの巨大な石像が三つあった。
左は豊かな髭を蓄えた老人。
右は逞しい筋肉質な男性。
中央には天秤を持った美しい女性。
部屋の中心には白く柔らかそうなソファが二つあった。ソファは僅かだが浮いている。何から何まで俺達の常識からかけ離れている。
「なにを見ても驚かないと決めた傍から驚かされるよな」
「ほんとよね。わ、これすんごくふっかふかよ!? 何でできてんの!?」
「もっちりしていて程よい弾力……進化した椅子とはこうまで違うのですね。ご主人様も座ってみてください」
カエデに促されソファに腰を下ろす。
お尻が深く沈んだかと思えば、その奥にある弾力によって押し返される。たとえるならこう大きな生き物の腹に乗っかったような不思議な感覚。
パン太に座るのとはまた違った気持ちよさだ。
一度座ると立ち上がるのが嫌になる、人をダメにするソファだな。はぁぁ。
「あの鍵、結局何に使う物なんだ?」
「王族にのみ与えられた特権です」
ネーゼは立ったまま説明をする。
特権ねぇ。王族とか国民全員殺せとかすでにお腹いっぱいなんだが。
頭のおかしい古代の人々が俺に何を与えてくれるんだって?
「トール様には全ての国民を目覚めさせる権利が与えられております。あの鍵はそれを行う道具。役目を全うする際はもちろんのこと、緊急時に使用するなどが想定されております」
「緊急時って」
「ここが崩壊の危機に陥ったなどですね」
俺は母さんの鍵を取り出し眺める。
今も眠り続ける彼らは、目覚めの時こそが己の最後だと信じているのだろう。
王族なんて体の良い言い訳。ようするに責任を押しつける相手が王族だった、それだけだ。
なんとなくだけど、母さんが俺に
使って欲しくなかったのかもな。
けど、捨てることもできず、伯父さんのもとに残した。
他にどんな感情があってそうしたのか俺には推し量れない。もしかしたら哀れんで、せめてもと所持品を置いてったとか。その程度だ。
「俺には重すぎる。ばあちゃんに預けておくよ」
「それはいけません。トール様は中立派の後継にして、三王家の一つ『フォーゲルシュタイツ家』の最後のお一人でございます。貯蓄系スキルを有していることと同様にその鍵は王家の者のとしての証し」
「ふぉ、なんだって?」
「フォーゲルシュタイツは貴方様の家名でございます。トール・フォーゲルシュタイツが貴方様の本当の名です」
いやだぁぁぁ。なんだよそれ。
貴族っぽくてはずかしい。
カエデとフラウがクスクス笑う。
「素敵ですご主人様。王族らしく威厳のある名ですね」
「この際改めるってのはどうなの。トール・エイバン・フォーゲルシュタイツってことで」
「まぁ! それはいいですね! なぜかクオン様も家名を嫌がって、旅立ちの際も名乗らないと頑なに拒まれておりましたので」
そりゃそうだろ。
家名がキラキラしすぎてて目立つよ。
自己紹介の時、相手がどんな顔するのか想像できねーよ。
「つーか、孫なんだからトールって呼び捨てにしてくれよ」
「ふぁ!?」
ネーゼばあちゃんは挙動不審なまでに目が泳ぐ。
なんとか絞り出して「オバアチャンジャ、アリマセンヨー」などとこの期に及んでまだ誤魔化す。
もうばれてんだよ。
あんたが母さんの育ての親だって。
てかさ、俺じいちゃんもばあちゃんもいなくてずっと憧れてたんだよな。だからここで出会えたのは最高のご褒美みたいなものだ。
「ト、トール」
「ばあちゃん!」
ばあちゃんは下唇を噛んで目をうるうるさせる。
そこへ一体のオリジナルゴーレムが大きな檻を抱えて入室した。
「しゃ!? しゃあ!」
「ちゅぴ、ちゅぴぴ!?」
「くら~」
「ロー助、チュピ美、クラたん!?」
檻の中には俺の眷獣が捕まっていた。
ゴーレムは檻を床に置き、小さく頷くだけで部屋を出る。
「不審な動きをしていたので捕まえたそうです。これらはトールの眷獣ですね?」
「ああ、お前ら帰ってこないから心配したんだぞ」
三匹を檻から出すと、俺の胸に飛び込んだ。
チュピ美やクラたんはともかく、今のロー助を捕まえるなんてここの防衛は信じられないほど高い。俺ですら無傷で捕獲なんてできないぞ。
三匹を刻印の中へ戻し安堵した。
「とりあえず下界へ戻るよ。待たせてる奴らもいるからさ」
「いつでも来てくださいね。本機はいつでもあなた方を歓迎いたします」
俺は部屋を出ようとしたところで足を止めた。
大事なことを聞き忘れていたからだ。
「今の俺は高次とやらに達しているのか」
「あくまで仮説ですが、レベル1000万を超えた先がそうではないかと言われております。なにぶんそこまで到達した者がおりませんので」
1000万とか遙か先すぎて現実味がないな。
経験値稼ぎしてる間に寿命が尽きてしまう。
ま、別の方法で助けるとか大見得切ったんだ、母さんとばあちゃんの為に頑張ってみるさ。
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