213話 戦士と古代都市3


 ネーゼは一度言葉を切り、再び歴史を語る。


「多くの有識者が警告を発しました。神の本へ書き込む前も書き込んだ後も。ですが、永遠の命を目の前にして聞き入れる者はいませんでした」


 だよな。だって永遠だぜ。

 不老不死だぜ。


 俺は限られた寿命で精一杯生きて死ぬ方が幸せだと思うが、世の中の多くは不老不死に憧れを持っている。


「その口ぶりだと、不老不死になるのは悪いことみたいに聞こえるわよ」

「やり方が非常に不味かったのです。神の本への書き込みは、言うなら反則行為。世界のルールを根本から変えるやってはいけない方法でした」


 部屋の中に沈黙が満ちた。


 つまり古代種はやっちゃいけない方法で夢を叶えてしまったのか。つーか、神様も言ってくれれば良かったんだよ。勝手に書き込むなとかさ。


「神様はなんて言ってたんだよ」

「未だ神の存在証明はなされていません。ですが、そうなのかもしれないはいると多くの古代種は考えました。その理由が後の『進入拒絶』です」


 彼女は再び語る。


「固有情報集積庫による恩恵は莫大でした。新物質の作成に新生物の作成、日々新技術が開発され彼らは輝かしい未来を夢見ていました。ですが、真実が発覚した時には手遅れでした」


 ネーゼが石版に触れる。


 直後に、数え切れない数の人々が殺し合う凄惨な光景が流れ始める。

 老若男女関係なく鬼気迫る顔で。


 何が起きたというのか。


 俺達は地面に倒れた少年を見つめながら言葉を待った。


「彼らは根本的なことを見落としていたのです。それは死。不老不死は永遠の命を約束します。ですが、同時に死のない永遠の覚醒をも与えたのです」


 しばらくして死んだと思われた少年は何事もなく立ち上がり、殺し合う大人達の中心で膝を突いてうなだれた。死のない世界を望んだ結果、永遠に生き続ける世界が生まれてしまった。


 死は最後の安らぎだ。

 終わりがあるからこそ生命は懸命に足掻く。


 終わりのない世界を迎えた彼らの気持ちは俺には分からない。けれど、狂気に落ちるほどの絶望だったのは間違いない。この光景が物語っている。


「あの、神様の本に記載した部分を消せば良いだけの話では……」

「本来ならそれで済むはずでした。実際、彼らはすぐに情報集積庫へと向かったのです。ですが、進入はブロックされました」

「それってつまり?」

「アクセスが不可能となったのです。原因は不明。神の本への一切の干渉ができなくなり、再変更をすることができなくなったのです。一部の研究者はアクセス権を有する『我々とは異なる何か』によって経路が遮断されたと結論を出しました」


 異なる何か。神だったのだろうか。それとも俺達の想像を超えた別の存在。

 ルール違反にはペナルティがあるものだ。ソアラの言う天罰が下ったと言うべきなのだろうか。


 話を元に戻そう。


 古代種が狂気に落ちたのは、不老不死から抜け出すことができないと確定してしまったからだろう。平和を求めた結果が地獄とは皮肉だ。


「彼らは死を求めて研究を邁進させます。時間は無限にありました」


 絵が切り替わり、人の赤ん坊と正統種ドラゴンの子供が映される。


 どちらも大きなガラス製の筒の中で浮いていて、気泡が上がっていることから筒の中は液体で満たされているようだった。


「不老不死が適用される範囲を得るために、彼らは自分達を構成する要素を抽出し、人工生命体として純粋培養することにしたのです。ここに映されているのはヒューマンとドラゴンの始祖――最初の実験個体です」


 俺は思わず後ずさりした。


 古代種がヒューマンとドラゴンを創ったって言うのか? 

 ヒューマンもドラゴンも眷獣と何ら変わりが無い人工の存在だと?


 頭がくらくらして足から力が抜ける気がした。


「ご主人様、大丈夫ですか」

「ああ」

「顔が真っ青よ」

「きゅ、休憩しないか」


 ネーゼに目を向ける。

 俺の様子は予想の範疇だったのか、彼女は表情を変えず頷く。


「しばし休息としましょう。向かいに部屋がありますので、ご自由に使ってください。食事についてもご命令があればいつでもお出しします」


 彼女に礼を言ってから部屋を出た。

 廊下でベンチを見つけた俺は、腰を下ろし一息つく。


「ぶっ飛びすぎててついて行けない」

「ですね。あ、すいません。飲み物とかありませんか」


 カエデは通りかかったゴーレムに声をかける。


 ゴーレムは言葉を発しなかったが、応じるように頷き、重い足音を響かせてどこかへと去って行った。

 内心で順応性高いな、とか密かに感心する。


 俺は今ので頭の中ぐちゃぐちゃだ。


「いつもの図太さはどこにいったのよ。主様は鈍感が長所でしょ」

「長所とか思ったこと一度もねぇけど……フラウはあの話、驚かなかったのか」

「別に。だってフェアリーは元から偉大なる種族を神として崇めてるし。里に伝わる伝承でも『神の種に仕えた小さき種』とかあるから」


 てことはフェアリーも古代種に?


 この世界の真の姿は、俺が知るものとはかなり違っているのかもしれない。ずっと古代種は知識と技術がすごかったから崇められていると思っていた。


 彼らは神なのだ。まさしく偉大なる行いを成した創造主達。


 あ、いやでも、俺も古代種になるんだよな。


 気持ちではヒューマンのつもりだったからすんげぇショックだったが、実際は現代人とはまた別の位置にいる。

 なんだか余計複雑な気持ちになったなぁ。


 ご先祖様がしでかしたってことだよな、これって。


 再び重い足音が響き、先ほどのゴーレムがガラスコップを持って戻ってきていた。


「ありがとうございます!」


 コップを受け取ったカエデはお礼を言う。

 ゴーレムは用事は済んだとばかりに背中を向けて去った。


「どうぞ」

「サンキュウ」


 うまっ。なんだこの水。ほんのり柑橘系の風味があるぞ。

 しかもしっかり冷えてていくらでも飲めそうだ。


 三分の一ほど飲んだところでカエデにも飲ませてやる。


「美味しいっ! どこで手に入れたのか聞いておけば良かったですね!」

「やるわねあのゴーレム」


 フラウもごくごく水を飲む。





「――話を再開いたします」


 ネーゼは石版に触れて絵を出現させる。

 それはひれ伏す人々の前で、白い衣を身につけた男が両手を広げ語る姿だった。現在のソアラを彷彿とさせる光景。


「この頃には不老不死を受け入れる者も多く出てきました。彼らは自らを世界の調律者と称し、神のような振る舞いを始めました。ヒューマンやドラゴンだけでなく、さらに多くの他種族の製造に着手したのです」


 絵が切り替わり、再びガラスの筒が映る。

 その中にはエルフやドワーフ、フェアリーにリザードマン、魔族が浮いていた。他にも見知らぬ種族の姿も。


 絵が切り替わりどこかの部屋が映される。


 そこには鎖を付けられたゴブリンが怒りを露わにして吠えていた。


「魔物も……?」

「当時の世界は繰り返される戦争により、荒廃の一途を辿っていました。そこで彼らは環境に手を加え、在り方そのものを変えることにしたのです。それを行うだけの時間はたっぷりありました」


 永遠の命を手に入れた古代種は、自身を神と割り切ることで心の安寧を保っていたのだろう。

 だが、それでもたらされたのは世界の改変。だとすると、古代の世界は今とはずいぶん違っていたのだろうか。ちょっぴり気になる。


「世界は劇的に変化を遂げました。望んだ結果を得ることができたのです。ですが、落ち着き始めた人々の心を一つの報告が変えます」


 ネーゼは深呼吸をする。

 石版に触れると絵が変わった。


 映されたのは人々を殺し尽くす複数の魔族の姿。


「特殊種族――魔王の誕生です」

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