212話 戦士と古代都市2
ネーゼは我が意を得たりと頷く。
まだ母さんの名を伝えていないにもかかわらず、彼女は俺がここへ来ることが事前に分かっていたかのようだった。
「やっぱり母さんの故郷なのか」
「クオン様はここで生まれ育ち下界へと旅立たれました」
「あの、下界というのは?」
「あなた方がいた地上のことです」
彼女は「詳しいお話しはお部屋で」と案内を始める。
ネーゼを追いつつ、俺達はおのぼりのように興味津々にきょろきょろしていた。
これほど異質な遺跡は初めてだ。遺跡と呼んでいいのか疑問ではあるが。
とにかく見る物全てが真新しく興味を引かれる。
フラウがネーゼの肩に乗った。
あ、こら。失礼だろ。
「これだけの技術があって、どうしてあんたはボロ布着てるわけ?」
「本機は主たる種族に仕える身ですので」
「奴隷ってことね」
「…………」
フラウの指摘にネーゼは沈黙する。暗に肯定しているのだろう。
人がゴーレムに置き換わっただけ。偉大なる種族なんて呼んじゃいるが、精神性は現代人となんらかわりがないってことだ。
「ご主人様、他のゴーレムが」
カエデが呼ぶので下げていた視線を上げる。
進行方向から見覚えのあるフォルムのゴーレムが歩いてきていた。
遺跡でよく見かけるオリジナルゴーレムだ。
無骨なデザインでゴツゴツしていて強そうである。しかし、細部が俺の知るものとは違っていた。
そいつは俺達を視認するやいなや、通路の脇に立ち止まって軽く頭を下げる。
目の前を通り過ぎてからもしばらく動かなかった。
「あれは?」
「量産型下位ゴーレムです。現在でも百機が稼働しております」
おおおっ、そんなに!?
並んでるところを見てみたいな! 絶対壮観だろうなぁ!
ドアらしき前で立ち止まったネーゼは、軽く右手を横に振る。
それだけでドアはひとりでにスライドした。
「どうぞ」
その部屋は実に奇妙だった。
家具らしき物は一切なく、部屋の中央に大きな円盤状の舞台らしきものがあるだけ。それから近くに俺の腰くらいの高さの石版があった。
「なんにもないじゃない。まさか、罠にはめようとしてる!?」
「いいえ。こちらの方が詳細をお伝えするのに適しているかと思いまして、お連れいたしました」
彼女が石版に触れると、舞台に無数の光の線が駆け巡った。線は寄り集まって面となり、瞬く間に一人の女性となった。
「母さん……」
優しそうな雰囲気の女性が佇んでいる。
俺の知る彼女より数段若い。
向こうはこちらに気が付いていないのか視線が定まらない様子。
懐かしさからつい舞台へと上がろうとしていた。
「これは記録映像です。本物のクオン様ではございません」
「そ、そうか」
懐かしさと悲しさが胸を締め付ける。
けれど、同時に嬉しさもあった。
もう一度母さんの顔を見られるなんて。
「ご主人様……」
「大丈夫だ」
カエデの声に頷く。
何があろうと取り乱したりはしない。
ここに来るまでに多くのことがあり、その度に打ちのめされながらも立ち上がってきた。今の俺はパーティーを追い出されたあの日の俺よりも強い。
母さんが見えない誰かに指示を受け、俺達の方へ視線が固定された。
『こんにちは。私の愛しい子。貴方がこれを見ているなら、私は課せられた役目を全うしたのでしょう。すでに聞いていると思うけど、過酷な運命を背負わせてごめんなさい』
え? 過酷な運命?
てか、すでに聞いているってどういうことだ。俺は何も知らないぞ。
『本来なら私達自身で尻拭いをすべき行い。でも、他に方法がなかった。この方法しか解放される手段がないと結論が出てしまった』
「母さん、何を言ってるんだよ……解放とか」
『二大勢力が星の海に旅立つ中、我々は一縷の望みにかけてこの地へ残った。彼らのように神と称して割り切ることはできなかったから。人として生きて死にたかったから』
母さんは見えない誰かに頷き、舞台から姿を消した。
「今のは……?」
「クオン様がここを旅立つ前に記録したメッセージです」
「ちゃんと説明しなさいよ! 今のはなんなの!?」
「ですからクオン様の記録映像と」
「そうじゃないの! 主様を見なさいよ、寝耳に水でいつも以上に間抜け面になってるじゃない! 過酷な運命とか意味分かんないんだけど!?」
おい、間抜け面は余計だ。
でも少し落ち着いた。
カエデも心配そうに俺を見ている。
「まさか事情を知らずここまで?」
「そのまさかでさ」
ネーゼはやや驚いた表情をした。
◇
「――そうでしたか。クオン様はもう」
これまでの経緯を受けてネーゼは納得した様子。
どうやらここへ俺が来ることは確定事項だったようだ。
その上で母さんから直接説明を受け、この地へと訪れるはずだった、とか。
俺がここに来たのは実は全くの偶然なのである。
「ご主人様のお母様――クオン様はご主人様に何をさせようとしていたのでしょうか?」
「それには歴史を知っていただく必要があります」
ネーゼは再び石版へ触れる。
舞台に半透明な窓が開きリアルな絵が流れ始めた。
これも記録物だろうか。
それはこことは別の街並みだった。
人々は円盤に乗って自由自在に行き交う。
色とりどりに輝く看板は見ているだけで楽しい気分にさせた。
「龍人――古代種と呼ばれる彼らは、卓越した知識と技術で瞬く間に地上の支配者となりました。栄華を極めた都市は楽園と呼ばれ、人々は快適さと贅沢を何の苦労もなく享受するようになったのです」
絵が切り替わり炎に包まれた街が出現する。
空からは火球が降り注ぎ、大爆発が起きたのか真っ白となった。
「それでも争いは絶えませんでした。彼らは次第に死を克服することに傾倒して行きます。不老不死こそが世界を平和へと導くと信じたからです」
窓に白髭の老人が映る。
大勢の人々が彼に向かって歓声をあげていた。
「彼らは長い時間をかけて『神の本』を発見したのです。そして、技術はさらに発展し、干渉すらも可能となりました」
そこでカエデが質問する。
「神の本とは?」
「良い質問ですね。具体的には『超特殊次元』に存在する『固有情報集積庫』へのアクセスが可能となったのです。そこは言わば人知を超えた神の領域。この世にあるありとあらゆる物質の情報が保管された書庫のような領域です」
「もっと分かりやすく教えてくれないか」
「そうですね……ありとあらゆる物に変更が加えられる神様の本があった、と言うのはどうでしょうか」
なるほど。古代種はすんごい本を見つけたんだな。
で、それを見つけたからなんだって?
「彼らはそこで種族の本を見つけました。そして、不老不死であると書き込んでしまったのです」
「「「え!?」」」
三人揃って驚きに声を漏らす。
いやいやいや、神様の本に勝手に書き込んでいいのか。つーか、神様は止めなかったのかよ。そもそもこの話は必要なのか。俺は母さんがここに来てもらいたかった理由を知りたいだけなんだが。
ネーゼは話を続ける。
「結果は大成功でした。望んだとおり不老不死となったのです。永遠の命が約束された彼らは、ありとあらゆる快楽をむさぼり一時の平和を謳歌しました」
話の行く先が怖くなってきたのか、カエデは腕にしがみつく。
フラウも俺の後頭部に隠れながら話を聞いていた。
「――彼らは、気が付くのが遅かった」
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