206話 戦士は偉大なる神に天罰を願う


 王宮のダイニングでもそもそ朝食をとる。

 カエデもそわそわしていて居心地が悪そうだった。


 それも当然か。

 百人は軽く入りそうな部屋に四人の侍女が壁際に整列している。焼きたてで美味しいはずのパンも、向けられる八つの視線のせいで味がしない。


 振り返ると、さっと侍女達は揃って目をそらす。


 視線を戻――しそうで戻さないフェイント。

 俺とバッチリ目が合った侍女達は、慌てて動き出し空いた皿を片付け始める。


「ここに来てからずいぶんと視線を集めているようですが、私達がそんなにも珍しいのでしょうか」

「ソアラの知り合いだからじゃないのか」


 聖女と将軍の知り合いってだけで充分理由になるだろう。


 なにせ二人は今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大国のスターだ。

 魔王をも救う神に選ばれし聖女に、聖女を守護する有能で美しい青年将軍。


 あ、ちなみにピオーネは世間では男として認識されている。

 隠しているわけではないと本人は言っていたが。


 フラウが訳知り顔で「ふふん」とご機嫌な表情だ。


「原因はね。主様よ」

「俺?」

「魔王からビッグスギアを取り戻し、古の魔王ロズウェルを下し、イオスも倒した辺境の大英雄。『漫遊』の称号を授かりし超有名人よ。城下町で噂になってるんだから」

「……イオスを倒したことは私達以外誰も知らないはずですが?」


 カエデの指摘にフラウは「あ」と声を漏らす。


 だらだら汗をかき始め、目がすすっと横に逸れて行く。


 さてはソアラに色々バラしたな。

 称号は事実だから別に良いが、ロズウェルはただ単に会話しただけだし、イオスに勝ったのもタマモのばあさんがいたからだ。


 てことは、あの反応は宮中でソアラとフラウがぺらぺら尾ひれの付いた話を広めた結果か。


 勘弁してくれ、変に目立ちたくないから黙ってたのに。


「いかがいたしますか、ご主人様」

「一度広まった噂をどうにかできるとも思えないし……今はセインの問題が最優先だ。しばらくは注目されるだろうが我慢してくれ」

「旅立つまでの辛抱ですね」

「そだ、主様疲れてるでしょ。フラウが肩を揉んであげる」


 説教でもあると思ったのか、フラウはご機嫌取りに走る。

 起きたばかりで疲れなんて一ミリもないのだが。しかし、せっかく可愛い奴隷が揉んでくれるのだから断る理由はない。


「そう言えばピオーネさんから、例の魔物についてのお話しがあるのでしたね」

「場所は大聖堂だったな。てことはソアラも参加するのか」


 宿にいるナンバラとタキギにも声をかけておくか。



 ◇



「邪悪なる魔物、セインをぶっ殺すのです!」


 壇上で拳を掲げて叫ぶソアラ。


 大聖堂の中では絶賛奮起中だった。

 呼応するのは詰めかけた数万の民と兵である。


 むせかえるような熱気と「殺せ」コールが濁流となって建物を揺らしている。

 バタン、と俺は大聖堂の扉をそっ閉じした。


 タイミングが悪かった……出直そう。


「トール様、よくぞ参られた! ささ、どうぞ中へ」

「ひぃ」


 飛び出してきたイザベラが俺の腕を掴む。

 半ば強引に中へと引きずり込まれた。


 民衆は俺達を見るなり「邪を滅ぼす偉大な戦士」「辺境の大英雄」「聖女様と同じく神に選ばれた御方」と両手を組んで祈る。

 やめろ、俺で祈るんじゃない。ソアラと一緒にするな。


「だんちょ~、オイラ達は遠くから眺めてますんで~」

「うんうん。この光景を副団長にお見せしたかった」


 あ、おい。お前ら逃げるな。

 護衛とか言ってただろうが。


 壇上のソアラが俺を見つけて大きく両手を広げる。


「彼らがこの都を救った漫遊旅団です。さぁ、こちらへ」

「「「ひぇぇ」」」


 三人揃って悲鳴を漏らす。

 会場内の目が一斉にこっちを向いたからだ。


 イザベラに促されるまま壇上へ。


 壇上には白く緩やかな法衣を身に纏ったソアラに、近衛騎士のイザベラと将軍のピオーネもいる。

 深紅の絨毯が敷かれ、ソアラが異様なまでに目立っていた。


 はっきり感じるすさまじい数の視線。

 これだけの人の前に晒されたのは生まれて初めてかもしれない。顎先に良いのを貰ったかのように膝がカクカク笑っている。


「静粛に。女王陛下とソアラ様の御前であるぞ」


 イザベラが一喝する。

 水を打ったように信者は口を閉じた。


 しばし間を開け、注視されたところでソアラが語り始める。


「皆様も知っての通り、先日この都――いえ、聖都はセインと称する魔物に襲撃されました。これは神が我らに与えた試練なのです。今こそ神の寵愛に応えなければなりません」


 おおおおおおおっ、歓声が響く。


「しかし、臆する必要はありません。神は邪悪なる魔物を退治する為に、最強の戦士をこの国に導いてくださいました。それこそが彼ら漫遊旅団なのです」


 再び建物を割るような歓声。

 いまだ場の空気に順応できず、俺は内心で戦々恐々としていた。カエデもフラウも飲まれまくっててめちゃくちゃ緊張している。


 ピオーネが手を上げるだけで堂内は静まりかえる。


 まだ話は続くらしい。


「私は陛下と何度も話し合いを行い、とある決断をするに至りました。トール・エイバンに【魔王】の称号を与えることにしたのです」


 堂内が割れんばかりの喝采に包まれる。

 カエデもフラウも笑顔で拍手しているではないか。


「ご主人様が大陸の支配者のお一人に。なんて喜ばしい日でしょうか」

「つまり古の魔王と同格に扱われるのね。すごいすごい!」


 ばかぁぁぁああ! 

 そうじゃないだろぉおお!


 魔王の称号とか、めちゃくちゃ目立つじゃないか!


 大陸有数の大国に認定されたら、もうそうとしか見られなくなる。

 ちくしょう、ソアラにはめられた。


「漫遊旅団を中心にセイン撃滅部隊を編成いたします! 神に逆らう者に天罰を!」


 今度は天罰コールが始まる。




「――よくも騙したな!」

「語弊があります。あれは必要な措置でした。ベルティナ様は床に伏せられ今も動けない状態、敵は何も魔物と化したウ〇コ勇者だけではないのですよ。貴方がイオスを倒したせいで大陸の勢力バランスが揺らいでいるのです。他国への牽制も含めて新たな魔王の擁立は急務でした」


 人々のいなくなった大聖堂で、豪華絢爛な椅子に座るソアラが淡々と答える。


 女王よりも女王らしい聖女。

 両側にはイザベラとピオーネが立っていた。


 痛いところを突く。


 イオスを倒したのは紛れもない事実、この大陸が魔王達によってバランスが保たれているのも知っている。やむを得なかったとは言え倒した敵は、それだけ大きかったのだ。


「しかし、イオスが死んだと言うのには陛下は懐疑的でした。死を偽装した可能性もあります」

「あの魔王が生きているのですか!?」

「あくまで可能性の話ですよ」


 意外な話を聞き、俺達は顔を見合わす。


 あれをどうやって生き延びたのか。

 だが、証拠として経験値は確かに得ている。考えすぎではないだろうか。


 しかし、本当に生き延びていたら……底知れない。


 タマモのばあさんに一応だが、報告しておいた方がいいかもしれない。


「そろそろ時間ですね。イザベラ」

「はっ」


 イザベラは二人の神官に法衣を着せられベールを付ける。

 彼女はそのまま大聖堂を出て行った。


 どうやらソアラの代わりに行列に参加するようだ。


 まさかとは思うが、初日に見た聖女って。


「ねぇ、もしかしてだけど」

「私が表を歩く必要はないでしょう。必要な時に必要な数だけ、聖女は人々に希望を与えて良いのです」


 面倒くさいだけだろ。

 神様、こいつに天罰を下してください。

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