207話 乙女達の受難その11
仕事を終えたアタシ達は、大赤正門より堂々帰還。
手土産はゴブリンキングの死体だ。
荷車に乗せられた三メートルを超えるそれに、通りを行き交っていた人々は足を止め見入っている。それから遅れて拍手の嵐。
第二漫遊旅団は今やこの国で十本の指に入る大型パーティーだ。
この都ではどこへ行っても『期待の新星』『赤色の冒険軍』『史上最速組』などともてはやされている。
このパーティーに加入を希望する若者も多い。
先頭を歩くアタシは、団を率いながら聞こえる声に唇をかみしめる。
「今日も団長さん素敵ね」
「噂じゃあの方は副団長って話らしい」
「トールとか言う団長は旅に出ているそうじゃ。あんな可愛らしい方を置いてふらふらしておるなんてどうなっとる」
「ろくでもねぇ奴なら帰ってこなくていいよな」
トールは世界一強くてすごい奴なんだ!
今はまだ再会できてないだけで、団に気づいてくれればきっと迎えに来てくれる!
ナンバラとタキギにも探させてるから大丈夫。きっとまた会える。
「気分悪いにゃ?」
「問題ない」
リンが心配してくれていた。
彼女には本当にいつも助けられている。
こっちに来てからずっと支えてくれている真の友人。メンタルが弱いアタシには彼女の存在はとても大きい。
行く手を見覚えのある集団が塞いだ。
同じく十本の指に入る大型パーティー『千の黄金獅子団』だ。
「偶然だな漫遊」
「何の用だ。ガーファオ」
団長のこいつとは初めて会った時から仲が悪い。
ビースト族の中でもずば抜けて基礎能力の高い獅子部族、その高いプライドから他種族はもちろん同種に対しても常に見下し王のように振る舞う。
かつて千の黄金獅子団は、この国最強と言われていたらしい。しかし、こいつは父である先代から引き継いだ団の評価を地に落とした。過去の栄光にすがる自尊心だけ異様に高いどら息子だ。
とは言えそれでも国内の格付けでは、まだアタシ達の上にいる。
実力で勝っていたとしても総合的な能力では負けているのだ。
もちろんそれだけかつての千の黄金獅子団がすごかったと言うことでもあるけど。それだけに勿体ないと思ってしまう。こいつが継がなければ。
「陛下より直々に依頼を賜ったのよ。それも超高額の極秘の仕事だ」
「あ、そう」
「驚かないのか。そうか、内心ではビビって震えているんだな」
……なに言ってるのこいつ?
陛下からの依頼なんてウチでは日常茶飯事だけど。
もしかして千の黄金獅子団には王宮からの仕事が入ってこないのか。
他の大型パーティーの団長からは、陛下のいたずらへの愚痴をよく聞かされてるけど。
どちらにしろ面倒なので適当にあしらって帰ってもらおう。
アタシは疲れてるし、さっさとこの副団長の仮面を外してのびのびしたいんだ。
それから夢の中でトールとデートするんだ!
「前にした話を覚えてるか」
「なんだっけ?」
いけない、素が出てしまった。
疲れてても気を引き締めろ。
「千の黄金獅子団と合併するって話だよ」
「ああ、それ。もう二十回くらい断ってるはずだ」
「お前の所と俺の所が合わされば、国内最強の大型パーティーができる。お前ら漫遊旅団も国からの信頼が欲しいだろ。格付けだって今よりもっと上がる」
「興味ない。そこを退け」
アタシはトールと再会して楽しく幸せに暮らせればいいんだよ。
もちろん団員のことや拾ってくれたこの国の後々については気にはしてるけど、退いた後を任せるのは絶対にこいつではない。それだけは確かだ。
「いい加減素直になれよ。それとも別の意味でも合併したいのか」
「…………」
ニヤニヤした顔でアタシの肩に手を置く。
この身体はトールに捧げる予定だ。
お前ごときが触っていいと思っているのか。
腕を払いのけ、顔面を掴んで石畳に叩きつける。
「――ひぎっ!?」
「二度とアタシに触れるな」
女性団員からハンカチを受け取り手を拭く。
団長がやられたと千の黄金獅子団のメンバーが武器を抜き殺気立った。
対してこちらの団員もアタシを守るように壁となる。
「いでぇ、いきなり攻撃とはふざけやがって」
「ふざけてるのはどっちにゃ。許可も無く副団長に触れるなんて、喧嘩ふっかけてるのと同義にゃ。ボッコボコにされたくなければ尻尾巻いて逃げるにゃ」
「ちょっと名をあげてるからって調子こいてんじゃねぇぞ! こっちは構成員二百五十のパーティーだってことを忘れてんじゃねぇだろうな!」
リンの煽りに乗せられガーファオが吠える。
確かに数は多いが、その大部分はレベル500にも満たない雑魚ばかりだ。まぁ、500を雑魚と呼べるアタシもどうかと思うけど、この辺りではこの感覚が普通だ。
相手が格下と思ってても、見下されるのは気分のいいものじゃない。
アタシが舐められれば団員も舐められる。今までは特に害もなかったので放置していたが、本気でやるつもりならこっちも覚悟を決める。
「アタシら第二漫遊旅団と戦争したいってことでいいか?」
殺気を込めて一歩進む。
背後にいる団員も殺気を隠さず敵を睨め付ける。
「あ、いや、そこまでは……」
ガーファオがたじろぐ。
他のメンバーも後ずさりした。
今のアタシ達は依頼を終えたばかりとあっていつでも戦える状態だ。今ここでやってもなんの問題も無い。完膚なきまでに叩き潰す。
「ガーファオ様、ここは大人しく退きましょう」
「誉れ在る我ら黄金獅子が逃げると言うのか!?」
「陛下からの依頼もありますし、ここで戦争おっぱじめて負けでもしたらそれこそ黄金獅子の評判が……」
「ちっ、陛下に命を救われたな」
捨て台詞を吐いて逃げ出す。
内心ほっとした。
大型パーティー同士の抗争は勝っても負けてもいいことはない。
もちろん負けるつもりはないけどできれば避けたい。
「副団長格好良かったわ」
「我らがネイ様だな」
「見たかあのガーファオの面」
「トール様がお戻りになれば漫遊は盤石だな」
団員が喜び合う。
うっ、胃に穴が開きそう。
◇
「はぁっ!? 黄金獅子との合同!?」
アタシは陛下を前にしてつい声を荒げてしまう。
ゴブリンキング討伐の報告をと思い謁見したのだが、陛下から新たな依頼の話を受けて頭を抱えそうになった。
「正体不明の魔物が各地を荒らしていて多数の陳情が寄せられている。そやつは我が国だけでなく他国にも大きな被害を与えており、すでに名のある冒険者達が討伐に乗り出しているが全て返り討ちに遭っているとのことだ」
「それをアタシ達に?」
黒い魔物の噂はアタシも耳にしている。
彼の古の魔王イオスが治める国の都を、一夜にして壊滅状態にした存在。その正体については一切が不明。禁術によって創り出された人工の魔物ではないかと巷では囁かれている。
しかし、陛下はまだ正規軍を出すおつもりではないようだ。
まずはアタシ達で様子を見ようってことらしい。
「とあるルートから手に入れた情報だが、一つ判明したことがある。その謎の魔物は自身を『セイン』と称しているようだ」
「セイン? その魔物がそう言ったと?」
「にわかに信じがたいが、人語を解するだけの知恵があるらしい」
セイン、まさか……。
ここは異大陸だぞ?
あいつは処刑されたから生きているはずがない。
たまたま同じ名前で……でも、もしそいつが本当にアタシの知るセインならこれは絶好の復讐の機会じゃないか。クソ男を殴ることもできず故郷へ逃げ帰った。そのことをずっと悔いていた。あの時、トールについて行く気概があったなら、もう少し胸を張って日々を過ごせたかもしれない。
あの時とは全く違う。
今のアタシには力も自信もある。頼りになる仲間達も。
黄金獅子との合同依頼ってのは気に入らないけど、都合の悪さを差し引いてもアタシには引き受けるだけの価値がある。
その魔物がアタシの知るセインかどうか確かめる必要がある。
「敵の居場所もすでに割れている。イグジット遺跡だ」
「無知で申し訳ございません。そこは如何なる場所でございますか」
「古代種が建造した巨大都市の一つだ。今は朽ち果て凶暴な魔物の住処と化している」
魔物の巣窟となっているのなら、その魔物が潜んでいる可能性も高そうだ。
黄金獅子と協調できるかどうかの問題はあるが、ガーファオはあれでも二百を超える団員のトップ、仕事に私情を挟むなんてことはしないだろう。
「お引き受けいたします」
「他国の冒険者に先を越されるなよ。恐らく高確率で鉢合わせするだろうからな」
「心得ております」
深々と陛下に一礼した。
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