205話 乙女達の受難その10


 黙り込むアリューシャさん。

 ちらちら、こちらの様子を窺いすぐに下へ目を落とす。


 先ほどからずっとこのような調子で一向に会話が進まない。


 わたくしはナズナさんが淹れてくださったお茶を味わいながら、彼女から語られるのを待った。


「早くゲロってしまうデース。その方がすっきりするデスよ」

「そのような言い方はやめてくださいませ。彼女は被害者なのですわ」

「被害者……?」


 ぴくん、とアリューシャさんの身体が跳ねる。

 再び目元に涙が溜まり、口がにゅわわと緩んだ。それから腕で目元を拭い両手を揃えてこちらへ差し出す。


 ……なんですのこの腕は?


「覚悟はできている。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「仰っている意味が」

「捕まえに来たんだろ! あの日、わたしが床を踏み抜かなければあんなことは起きなかった! 全部わたしが悪いんだ!」


 頭が痛くなってきましたわ。


 ですが同時に納得もできましたわ。


 彼女は責任感の強い方、ああなった原因が自分にあると考えるのは自然な流れではありませんか。逃げたのだってわたくしに会わせる顔がないと思ったからなのでしょう。


 彼女の手にそっと手を重ねる。


「あれはわたくしの責任ですわ。貴方はただ巻き込まれた被害者なのです」

「ふっ、マリアンヌは優しいな。しかし、どう考えてもわたしが踏み抜いたと同時にあれは起きたぞ」

「そうですわね。森の民はとてもお強いお足をお持ちですから」

「お、おい、言ってることが違うぞ」


 狼狽するアリューシャさんに、深く安堵する。


 もう会えないかと思った相手がこうして目の前にいる。

 救われたのはわたくしの方だ。


 彼女を抱きしめる。


「ぬぐっ、なんて力! ここで絞め殺すつもりか!?」

「申し訳ありませんっ!」


 うっかり必要以上に力を込めてしまった。


 今の私はレベル1500台、手加減しないとうっかり人を殺してしまう。強くなるのも考えものですわね。

 改めて、彼女を抱擁した。


「再会できて本当に嬉しいですわ」

「わたしもだ」

「お伝えしたとおり、貴方は何も悪くありませんの。だからもう逃げなくてよろしいのですよ」

「そう、なのか?」

「はい。一緒に帰りましょう」


 アリューシャさんは涙をこらえきれず、しがみついて泣きじゃくる。

 抱えた後悔と罪悪感、わたくしには痛いほど分かりますわ。


「おや、タイミングが悪かったかな」

「ご飯デース!」


 ナズナさんが食事をテーブルに置いた。

 ウキウキしているモニカさんは、しきりにテーブルの周りをぐるぐるする。


「お食事にいたしましょうか。せっかく作っていただいたお食事を冷ましてしまうのも申し訳ないですわ」

「ずずっ、そうだな」


 鼻を赤くしたアリューシャさんが顔を緩ませる。




「――ルーナが見つかったのか!」

「ええ、後はソアラさん、ピオーネさん、ネイさんに、リンさんですわ」


 食事後に始まった報告会。

 まずは安心させなくてはと、わたくしは転移に巻き込まれた者達の安否について述べた。


「バラバラに転移したのではと予想はしていたが、まさか全員異大陸へ跳ばされていたとは」

「まだ確定ではありませんわ。トール様が残りの方々を見つけてくださっているといいのですが」

「トールならつい最近見かけたぞ」

「え!?」


 トール様を!? どこで!?


 彼女はベーコンを挟んだパンを手に取り頬張る。

 それから恥ずかしそうに頬を指で掻いた。


「わたしも再会を喜びたかったのだが……顔を見るとなんだか申し訳なく感じてな。自分への怒りと恥ずかしさと惨めさで、つい反射的に逃げてしまった」

「困った方ですわね」

「そうなのだ。わたしは実に困った奴だ」


 エルフ耳をぺたんと垂れさせ、アリューシャさんは落ち込む。

 空気が悪くなりそうだったので別の話題へと切り替えることにした。


「転移はこの近くの遺跡に?」

「そうだ。ここからさらに北にある遺跡に転移したんだが、最初はあまりの寒さに自分の身に起きたことを考える余裕もなくてな。吹雪の中で倒れていたところをナズナに助けられたのだ」

「あの時はほんとおっかしかった。薄着のエルフが震えながら、ここはどこだとか森の神がお怒りになったのかとか言っててさ。一生分笑ったかも」


 みるみるアリューシャさんの顔が赤く染まる。


 ずいぶん混乱なさっていたようですわね。

 無理もありませんわ。本当に突然の出来事でしたから。備える暇なんて一切与えて貰えませんでしたもの。


 アリューシャさんの話は続く。


「それからわたしはここが異大陸であることを知り、転移によってばらばらに跳ばされたことに気が付いたのだ」

「もしかして……独力で皆さんを?」


 彼女はこくりと頷く。


「手がかりになりそうな情報を得る度にその地へと向かった。おかげでソアラとネイらしき人物の所在は確認できた。残念なことに面会は断られてしまったがな」

「お二人を見つけたのですか!」

「たぶんあの二人だ。しかし、ちょっと近づきがたい立場になっていてな……今すぐどうにかするべき状況でもなかったので、他のメンバーを探すことにした」


 近づきがたい立場?

 見つけたのならすぐに接触するべきだと思うのですが。


 疑問を抱きつつ、わたくしも得た情報を伝える。

 アリューシャさんは腕を組み考え込む。


「……そのビッグスギアに行けば向こうに帰れるんだな」

「調査団本部から許可をいただくことができれば、ルオリク号に乗せて貰えますわ」


 立ち上がった彼女は、すぐに腰を下ろす。


「いや、捜索は継続しなければ。わたしが原因で皆が」


 まだそんなことを。ですが人手が多いのはありがたいこと。

 捜索についてはこちらからお願いしたいほどだ。


 わたくしは大陸について彼女ほど理解が及んでいない。

 大陸の歩き方を知らないのだ。


 黙って話を聞いていたモニカさんが口を開く。


「いよいよトールと合流するデス。アリューシャを見つけたのデースから、堂々と会いに行けるのデース」

「なんだ、このエルフは?」


 モニカにアリューシャさんはきょとんとする。


 ちゃんと自己紹介をしたと思いますが、さては全く聞いていませんでしたわね。この方、根は良い方なのですがこういう所がありますの。

 ナズナさんもケラケラ笑う。


「アリューシャって、耳は良いくせにぜんぜんっ聞いてないよね人の話?」

「うっ」

「走り出す前に少し考えていただきたいですわ。そうであればトール様ときちんとお話しもできたでしょうに」

「ううっ」

「同じエルフと思われたくないデース。風の精霊が呆れてるデース」

「泣くぞ、いいのか、わたしは泣くぞ」


 これ以上責めるのは酷ですわね。

 彼女とは末永くお友達でいたいですし。


 わたくしは襟を正しナズナさんへ一礼する。


「友人が大変お世話になったようで、お礼は後ほどきちんといたしますわ。もし希望がおありでしたらなんなりと言ってくださいませ」

「いいよ、彼女のおかげで楽しい日々も過ごせたから。でも、もし困ったことがあったら頼らせて貰いたいかな」

「もちろんです。その際はこちらに手紙か直接来ていただければ」


 わたくしはビッグスギアの調査団本部の場所を紙に記し彼女に渡す。

 もちろんこれだけでは足りないので、謝礼はきちんと渡す予定だ。


 彼女は紙を見てニンマリする。


「トール君かぁ。会ってみたいな」




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