204話 乙女達の受難その9


 空から舞い降りる雪。

 辺り一面は銀世界である。


 トール様と別れてからわたくし達は、仲間を探し遙か北へと来ていた。


 馬に乗ったわたくしの後から、一郎さんに乗ったモニカさんが付いてくる。


「寒くありませんか一郎さん」

「ぐる」

「お腹空いたデース」

「あなた少し前に干し肉を食べられてましたよね」

「足りないデース。温かいスープが飲みたいデース」


 一郎さんに乗るモニカさんは、脱力しただらしない姿勢で返事をする。


 加えて寒いのは苦手なようで、こんもり重ね着をした姿は冗談のように丸く、一度転がるときっとどこまでも転がって行くだろうフォルムをしていた。


「ここはどの辺りになるのでしょうか」

「たぶんラックレイクだと思うのデース」

「もっと分かりやすい説明をしていただかないと。こちらの地理には詳しくありませんの」

「もしや謝罪が必要デースか? ならばここは一族秘伝の――」

「けっこうです! あとで自分で調べますわ!」


 モニカさんが服に手を掛けたところで、すかさず手で制止する。


 この方は隙あらば服を脱いで謝罪をしようとされる。

 根はとても良い方なのですが、少々変わっているというか、時々扱いに困る。


 露出狂、というものでしょうか。


 そのような常識を越えた行いを趣味とされる方が世の中にはいると耳にしますが。

 はっ、もしやトール様の好みは露出狂!? 

 でしたらわたくしも彼女から学ぶべきでしょうか。しかし、貴族の娘としてそのような破廉恥なことは……ああ、だめ、想像したら妙な昂揚感が。この胸の高鳴りはなんなのでしょうか。


「寒すぎデース。本当にこんな場所に転移したのデースか?」

「それは分かりません。ですが、探さないことには何も始まらないのも事実。今は発見に至らなくとも、居場所に関する情報が得られれば大収穫ですわ」

「思ったのデスが、どう考えてもそのアリューシャって人が戦犯デース。他人の家の床を踏み抜くなんてエルフにあるまじき行いデース」


 わたくしはモニカさんの指摘を否定する。


「アリューシャさんは悪くありませんの。念の為にと思い調べたのですが、どうやら真下にあった遺跡が何度か崩落を起こし建物自体にガタがきていたそうですわ。お父様も早急に遺跡の調査を進め、屋敷を建て替えると仰っていました」

「マリアンヌのところも苦労してるデースね」


 幌馬車がすれ違うと、御者が驚愕の表情でこちらを見ていた。

 通り過ぎた後も、荷台に乗っている冒険者も身を乗り出し動揺していた。


 ベヒーモスはとても強い大陸の固有種のようで、このように騎乗するのはとても珍しいことだとモニカさんから伺っています。


 トール様のお力を示せているようで婚約者としては鼻高々。

 とは言えあまり自慢気にするのは恥ずべき行為、心の中に留めておくのが淑女のたしなみではないでしょうか。


「今の見たデースか。みーんなびっくり顔でしたデース」

「ぷふっ」


 モニカさんの正直な言葉につい噴き出してしまう。

 彼女の素直なところが大好きですわ。


 道に沿って歩き続けていると、棒に猪を括って担ぐ弓使いの女性を見つける。


「失礼。この辺りで休めるような街か村はありませんか」

「うげっ! ベヒーモス!?」


 女性は猪を投げ捨て腰を抜かす。


 一郎さんが『あん?』とばかりに見下ろし睨み付けるので、わたくしは馬から降りて頭を軽く撫でた。


「驚かせてすみません。この子は敵ではないのでどうかご安心を」

「あ、ああ、そうなんだ。てか、ベヒーモスをテイムする奴がこの世にいるんだ」

「トールのテイムマスターの力デース!」

「いやいや、それでも普通はできないけど……」


 彼女はお尻に付いた雪をはたき落とし、猪を拾い上げた。

 モニカさんも一郎さんから飛び降りた。


「私はモニカデース。こちらはマリアンヌなのデース」

「どうも」


 女性は軽く挨拶する。

 少々無愛想な方のようだ。身なりから冒険者と予想する。種族はヒューマン、ややぼさぼさの黒のセミロングに眠そうな半眼の美少女。


「ナズナだよ。もしかして南の人?」

「そうなりますわね。でも、どうしてそう思われたのですか」

「匂いだよ。この辺りの人とは違う匂いを連れてる」

「もしかして、汗臭さが」

「そうじゃなくて……説明するの面倒だからそれでいいや」


 わたくしは自身の臭いを確認する。


 ちゃんと毎日身体は拭いているはず。

 ですが、水浴びをしたのは四日前ですし、拭いきれていなかったのでしょうか。


 臭いなんて認識を持たれるのはロアーヌの娘として恥。

 ああ、水浴びをしたくてむずむずしてきましたわ。


「私は良い匂いデース! すんすん、ほら!」

「あのですね、自分の体臭は自分では分からないものですの」

「そんな!?」


 ナズナさんは噴き出してお腹を抱えて笑い始める。

 ひとしきり笑った後、指で涙を拭いながらわたくしへ返事をする。


「あー、君達面白いね。同居人も変な奴だけど、君達も負けないくらい変だよ」

「それでその、話の続きなのですが、この辺りに街か村はございませんの?」

「あるよ、そこそこ大きな街が。案内してあげるから付いて来なよ」


 わたくし達はナズナさんに同行することにした。

 一歩踏み出したところで彼女は振り返る。


「そのベヒーモス、どこかに隠してね」



 ◇



 タールベール国ザウス領ミンスの街。

 この街は冒険者の在籍数が多いようだ。至る所で防寒着姿の冒険者を見かける。


 雪の降り積もったこの寒さでも街は活気に賑わい、店から胃袋を刺激する匂いが白い煙と共に吐き出されていた。

 モニカさんのお腹が鳴る。


「なんでもいいから食べたいデース」

「こうも食欲を刺激されますと」

「あはは、せっかくだからウチで食べてく?」


 ナズナさんの申し出に戸惑う。


 出会ったばかりの相手にそこまでしていただくわけには。ここまで案内していただいたお礼もできていないのに。


「いいのいいの、気にしないで。その代わり外国の話とか聞かせてよ。生まれてこの方この国を出たことないから」

「そのくらいでよろしいのなら」


 彼女は狭い路地に入り、狭い庭のある家に案内した。

 こぢんまりとした建物ではあるものの、小さいながらも風格がありお洒落。庭には一本の樹があった。


「ただいま、って今は誰もいないか」


 ドアを開けるなり彼女は薄暗い屋内に向かって呟く。

 玄関に猪を放り出し、わたくし達をリビングへと案内した。


「とても良い屋敷ですわね」

「屋敷ってほどのものじゃないよ。適当に座って。今から作るから」


 彼女は台所へスタスタ歩いて行く。

 わたくしとモニカさんは、部屋の中を観察しながら椅子に腰を下ろした。


「高級木材をふんだんに使用してるデス。平民の家じゃないデース」

「そのような言い方をしては失礼ですわよ。ですが、そのような気持ちになるくらい立派な建物であるのは間違いありませんわね」


 ふと、棚に木材で作られた人形があるのに目が行く。

 数は七つ。可愛らしいデザインのそれらは妙に目をひいた。


 種族に統一性はないようで、ヒューマン、エルフ、ビースト、魔族が見て取れる。ただ、なぜだか分からないが、エルフだけ離れて置かれていた。


「お茶をどうぞ」


 ナズナさんがお茶を淹れてくれた。ティーカップを置いたところで質問する。


「あの人形は?」

「ああ、あれね。同居人がシクシク泣きながら作ったんだよ。事情は聞いてないからあれだけど、たぶん友達なんじゃないかな」


 ……泣きながら友達の人形を?


 その方も辛い思いを抱えながら生きていらっしゃるのでしょうね。

 顔も知らない方ですが共感を覚えます。


 わたくしも早く皆さんを見つけなければ。全ての責任はわたくしにあるのですから。


「戻ったぞ」

「あ、帰ってきた」


 ナズナさんは玄関へ走る。


「くさっ、ちゃんと水浴びしてた?」

「川には飛び込んだぞ。それから雨にも打たれて、ってわたしは臭くない!」

「いいから水浴びしてきなよ。で、仲間には会えたの」

「うむ。だが、どんな顔をして会えばいいのか分からなくなって逃げてきてしまった」

「馬鹿だね。でも戻ってきてくれて嬉しいよ」


 この声……もしかして。


 静かに立ち上がり玄関へと向かう。

 振り返るとモニカさんも付いてきていた。


「今、お客さんが来てるんだ」

「珍しいな。ナズナはわたし以外に友達はいなかったと思うが」


 恐る恐る玄関を覗く。


 そこにいたのは、アリューシャさんだった。

 向こうもわたくしに気づいたらしく、しばし目を点にして固まる。


「そ、んな、マリアンヌ……」

「アリューシャさん」


 みるみる目に涙を溜め、口をにゅわわと緩ませる。

 かと思えば、彼女はきびすを返し逃走した。


「モニカさん、確保です!」

「らじゃーデース」


 飛び出したモニカさんがアリューシャさんの背中へ飛びつき、そのまま雪へダイブする。

 わたくしは雪の中から顔を出した彼女ににっこり微笑む。


「どうして逃げようとなさったのか、お聞かせくださいね」




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