203話 戦士は聖女の突撃に冷や汗を流す


 ソアラの案内により魔王ベルティナの寝室へと訪問する。


 広い部屋には、ぬいぐるみが山ほど置かれ天蓋付きのベッドがあった。


「ベルティナ様、ご気分はいかがでしょうか。ソアラでございます」


 覆いをほんの少し開ければ、可愛らしい少女が横になっていた。

 彼女はソアラを見るなりぱぁぁと顔をほころばせる。


「妾の元へ来てくれたのか。すまんの」

「弱気なことを申されてはいけません。私は聖女としていつまでもベルティナ様のお傍におりますよ。そのように約束したではありませんか」

「うむ、これも神の深き愛ということか」


 ベルティナの顔は、神に仕える者として喜びに溢れていた。


「ところであの者達は……?」

「友人でございます。それから彼がトール。以前にも申した愛しい幼なじみでございます」

「おおっ、其方が。ならばきちんと挨拶をせねばな」


 彼女は身体を起こしやや疲れた顔で微笑む。

 古の魔王と聞いているが、どこにでもいる普通の少女にしか見えなかった。それどころか、か弱く今にも死んでしまいそうな雰囲気すらある。


「そっちの女子……もしや白狐か?」


 カエデを目に入れた瞬間、ベルティナの表情は怒りに変じ部屋の中で魔力が吹き荒れた。

 やはり天獣とは並々ならぬ関係らしい。


「なんて魔力! 私と同等、いえそれ以上!?」

「ぬわぁ、いきなりなんなのこいつ!?」

「お、落ち着いて、ベルティナ様! ふぎゃ」


 ピオーネが吹き飛ばされごろごろ床を転がった。

 魔力の嵐は収まりベルティナは大きなため息をつく。


「今さら争う意味もないか。辛い、生きるとはなんと辛いことじゃ。主なき人形にどのような存在意義があると言うのじゃ」

「神は必ず御身を苦しみから救ってくださります」

「おおおっ! そうだったのじゃ! 妾は神の深き愛によって救われるのじゃ!」


 ベルティナは手の平を合わせ、壁にあるシンボルに祈りを捧げる。


 心の病に伏せっているところをソアラが信仰で助けたそうだ。

 事前に話には聞いていたが、なんというかこれってほぼ、せんの――おっと、信仰による救いだったな。言葉には気をつけないと。


「ソアラの客人よ、遠慮なくゆっくりするとよいぞ。妾はお前達を歓迎するのじゃ」

「私はこれから彼らを案内しなければならないので。それでは失礼いたします」


 ベルティナは再びベッドで眠った。



 ◇



 宮殿内にある応接間にて茶を出される。

 ピオーネは仕事があるらしくこの場にはいない。


「御覧になったとおり、今や私は聖女と呼ばれる存在。向こうに戻ることはもうできないでしょう。多くの民草が私を求めているのです」

「戻れない……?」

「勘違いなさらないでください。これは私が望んだこと。迷える民衆を神の導きによって救うことが私に課せられた使命なのです。そう使命なのです。ああ、なんと私は清らかで尊いのでしょうか。自己を犠牲にしてまで愚民共に神の教えを伝えようとするなんて」

「ソアラさん、なんて輝きを!」


 いやいや、よく見ろカエデ。こいつは自己陶酔で輝いてるだけだ。

 決して聖女の聖なるオーラとかじゃないから。


 しかし、彼女の言う通りこうなっては帰還は難しいだろうな。


 聖女はこの国に深々と突き刺さって根を張っている。

 ソアラは諦めてピオーネだけでも連れて帰るとしよう。


 クッキーをかじっていたフラウが話題を変える。


「あの魔物に落ちた元勇者、どうすんのよ」

「セインですね……まさか生き延びていただけでなく、異大陸に来ていたとは驚きました。人のまま死ねた方が幸せだったでしょうに。神は人として死すことも許されなかったようですね」

「あ、あれ天罰なんだ」

「私という尊い存在に泥を付けたのですから当然です」


 こえぇ。聖女ソアラ様こえぇぇ。

 この人を怒らせると人として死ねないのかよ。


 ドアがノックされイザベラが入室する。


「トール様の知り合いだと申される方が来られております」

「いんやぁ、疲れた疲れた。早く水浴びさせて貰いたいじゃんよ」

「あ、こら」


 部屋に入ってきたのはタキギとナンバラだ。


 ソアラはイザベラを手で制止し、問題ないと退室を促す。

 二人はソファに勢いよく腰を下ろした。


「お初にお目にかかります。私は第二漫遊旅団のナンバラ」

「同じくタキギじゃんよ」


 タキギはこそっと俺へ耳打ちする。


「マジで知り合いだった?」

「そうだな」

「団長ぱねぇ。やっぱ副団長が尊敬するだけのことあるぜ」


 なぜか二人から尊敬の眼差しが向けられている。

 カエデとフラウが自慢気に頷く。


 こほん、と咳をしたソアラは注視を促す。


「貴方方についてはこちらでも把握しております。ネイについてはそう遠くない内に接触する予定でもありましたので。それよりも今はあの魔物の始末についてです。私からの依頼を受けていただけないでしょうか」


 内容は言うまでもなくセインの討伐だ。

 今度こそ確実に息の根を止めなければならない。


 その責任が俺にはある。


「報酬は望む物を与えましょう。私が欲しいというならそれもありです。むしろそうしなさい。挙式は大聖堂でお願いしますね」

「杖で顔をぐりぐりするな。聖女とは思えないほど乱暴だな」

「そう言えば、あなた方は大陸中央部を目指していたのですね。でしたらなおさら好都合。あのウ〇コ勇者はどうやらその辺りを住処にしているようですし、ついででいいのできっちり始末して肥やしにしてください」


 口も汚い。こいつ異大陸でも全然性格変わらないな。


 しかし、中央部はもう近いのか。

 もうすぐ母さんの目的も判明する。


 旅の終わりは近い気がした。



 ◇



 ふかふかの布団に飛び込む。


 まさか宮殿に泊まれるとは考えもしなかったな。

 山のようなご馳走に風呂にも入ることができて、今夜はぐっすり寝れそうだ。


 コンコン。誰かがドアをノックするので返事をした。


「寛いでいるようですね。ですが、今夜はまだ休めませんよ」

「ソ、ソアラ、その恰好」


 部屋にやってきたのはソアラだった。


 彼女は羽織っていた衣をすとん、と落としネグリジェ姿を露わにする。


 布は非常に薄く、下にある下着が透けて見えていた。


 彼女は俺に覆い被さり、熱を帯びた目で至近距離から俺を見下ろす。

 ベッドがぎしりと鳴って緊張が高まった。


「できれば女の子が望ましいです。私の後継者にしたいので」

「いや、あの、その」

「トールは私とでは嫌、ですか?」

「ごくり」


 顔に迫る唇。

 香水を付けているのかとても良い香りがした。


 ソアラのことは好きだしそういう目で見たこともある。

 気になる異性の中には間違いなく入っている。


 けど、いきなりこれはないのではないか。


 自分で言うのもあれだが、俺はかなり純情な方だ。

 こう、段階を重ねて結ばれるのを良しとする古くさい男なんだ。


「初めてをあげられなかったのは残念ですが、その代わりトールが望むあらゆることをしてあげますよ。聖女の献身がどれほどか、その身で味わってください」


 脳裏で本能のドラゴンが『ぬほぉおおお! ブレスが止まらん!!』などと興奮状態で炎を勢いよく吐き出していた。理性は『らめぇ、負けちゃう』などと叫びながら盾で防ぐだけで精一杯。というか、らめぇって言うな。


 唇と唇が触れようかとしたところで、ドアが蹴破られた。


「そこまでです! ご主人様から離れてください!」

「やってくれたわね腹黒聖女。隙を突いて主様を狙うなんて」

「ひどいよソアラ。ちゃんと話し合って決めようって約束してたのに」


 カエデ、フラウ、ピオーネの三人が飛び込んでくる。

 眉間に皺を寄せたソアラは舌打ちする。


「眠り薬を仕込んでおいたのですが、レベルが高いと効き目も薄くなるようですね。計算外と言うほかないようです」


 そう言いつつソアラは俺から離れる。


 ヤバかった。

 危うくいたすところだった。


 フラウはソアラの恰好に顔を赤くする。


「なんてえっちな恰好なの。これが大人の、色気?」


 カエデは恥ずかしそうに両手で顔を隠し、ピオーネはカエデの背後に隠れていた。

 どちらもちらちらソアラを観察している。


「ソアラさんは恥ずかしくないのでしょうか。パンツなど、ほとんど紐じゃないですか。でも、ご主人様はあのようなものに興味がおありなのでしょうか。でしたら私も……」

「うぐぐ、油断も隙も無い。いつの間にあんな下着を。ボクも、負けないくらいの勝負下着を注文しておかないと」


 二人ともなにブツブツ言ってるんだ。

 止めに来たんじゃないのか。


 ソアラは大きく手を広げ三人へ語りかける。


「今夜は仕入れた情報を提供する、ということで手を打ちましょう。私の愛用している化粧品など知りたいでしょう?」

「「「ごくり」」」


 四人は俺を置いて部屋を出て行く。


 ……もう寝よう。

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