202話 元勇者の絶望その2


イオスの身辺警護を任されるようになってしばらく経った頃。


奴の右腕であるオーディスを見かけた。


「どうしたものか。全くもって困った」


彼は腕を組んだまま通路を何度も往復していた。


ずいぶんと困惑している様子。

僕が近くにいることにも気づかないほどだ。


ちなみにオーディスはレベル7万の魔王である。

僕はこいつのステータスも密かに狙っていた。


そう言えばここ数日ほどイオスを見かけていない。


彼の態度と何か関係しているのだろうか。


「オーディス様、いかがいたしましたか」

「道化か。実は……いや、なんでもない気にするな」

「どうかお話しください。僕でよければ力になります」

「しかし、ええい、今は道化であろうと頼るべきか。実は、陛下が戻ってこないのだ」


やっぱりか、と内心でほくそ笑む。これはチャンス。

イオスにより取り入る好機だ。


「行き先は?」

「告げられなかった。時折お一人で出かけられることはあるが、これほどの期間戻られないのは初めてだ。私が付き添っていれば……」


「へー、じゃあ厄介な奴は不在なんだ」


僕は口を押さえた。


今のは僕が言ったのか?


勝手に口が動いたように思えた。

僕じゃない誰かが僕の身体を使って発言したような、そんな奇妙な感覚。


「貴様、いまなんと言った!」

「ちがっ、ぶぎっ!?」


怒り狂うオーディスが僕の首を片手で締め上げる。


こうなるのは当然だ。

彼はイオスに忠実な配下、主を馬鹿にするような発言は決して許さない。たとえ気に入られている道化でも躊躇なく殺す。


まずい、意識が遠のく。死ぬ。


ぼぎっ。

首の骨が折れた音が響いた。


《報告:六花蘇生が発動しました。残り三回》


ほんの一瞬、意識が遠のいたかと思えば、すぐにこの場へと戻ってくる。


恐らく死んだ。こいつに首の骨を折られ殺されたのだ。

オーディスは怪訝な様子で首を傾げる。


「殺したと思ったのだが、無意識に手加減してしまったか」


ど、どうにかしなければ。

このままだと残りの命も消されてしまう。


とりあえず言い訳をするんだ。逆らうのは得策じゃない。


ぶすっ、ぶすすすっ。


「なっ!? なんだこれは!?」

「どう、して」


触手が伸び、オーディスヘ管を突き刺す。


僕は操作していない。

どうしてか勝手に動いている。


管は彼のステータスを吸収していた。


「奇っ怪な、やはり陛下に近づいたのも目的があってか!」

「ごぼっ」


彼の手刀が僕の腹部を貫いた。

びしゃびしゃ、床に大量の血液が滴った。


《報告:六花蘇生が発動しました。残り二回》


彼が腕を引き抜くと同時に、僕の胸は瞬時に穴を塞いだ。

その再生速度にオーディスは驚愕する。


「どうなっている。貫いた箇所が即座に塞がって行く。信じられん、貴様本当に何者なのだ……」


管の吸収スピードがぐんぐん上がる。


みるみる彼の顔はやつれていた。

ステータスだけでなく生命力も吸い取っているようだ。


「オーディス様!?」


複数の兵士が駆けつける。

だが、触手は新たな獲物を見つけたとばかりに、彼らを捕まえ管を突き刺した。


「吸われる、私の力が。化け物め、ここで始末してやる」

「僕は、ぼくは――」

「セイン!?」


ぼやける意識の中で、走ってくるセルティーナを見つけた。

触手はセルティーナを巻き取る。


「実を、成さないと」

「セイ――」


鎧がぼこぼこ泡立ち膨れ上がる。


僕の背部に大きな黒い花が咲いた。

中央に開いた巨大な口はセルティーナをぱくりと飲み込む。


「今度こそ、死ね!」


オーディスの手刀が僕の腹へずぶりと沈む。


それから炎魔法で内部から焼いた。

発生した爆発は僕を粉々に吹き飛ばす。


《報告:六花蘇生が発動しました。残り一回》


が、次の瞬間には僕は元通りになっていた。

オーディスは恐怖で震える。


「馬鹿な、あそこから一瞬で完全再生するだと。イオス様、戻ってきてはいけない、こいつは貴方も喰らうばけも――」


ついに彼は全てを吸われミイラのように干からびてしまった。


鎧は今なお膨れ上がっている。

僕の身体すらも飲み込み、スライムのように不定形の何かが建物を内部から圧迫する。


飲み込まれても僕の視覚は周囲を映していた。まるで鎧全体が僕の目のようだ。


ついに壁を破壊し、僕は外へと這い出た。


集まる兵士共へ触手を伸ばし、管を突き刺してはステータスを奪う。

夢の中にいるような感覚。現実味がなく、ひどく虚ろ。


『殺す、殺す。全部殺す』

『奪いたい。この世の全てを』

『力が欲しい』


流れ込む強烈な渇望。狂気だ。


僕が別の何かに塗りつぶされる。


「とーる、ころす」


僕ではない僕の声が発せられた。


違う。僕は僕の力であいつを倒したいんだ。

これは望む形じゃない。


不定形の肉体が形を成す。両手は太く醜い前足に。

視点は高くなり、人が人形のように見えた。


これじゃあ魔物。いやだ、魔物になんてなりたくない。


身体は勝手に動き出す。


イオスの宮殿から抜けだし、僕は建物を破壊しながら街を蹂躙する。


獲物はいくらでもいた。僕は炎に包まれる街の中で、触手を伸ばしステータスを吸収し続ける。


「はは、はははは、とーる、とーる、まんゆうごろず」


この日、一つの街が地図から消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る