201話 元勇者の絶望その1
「――この度はこのセインに、拝謁の機会をお与えくださりまことに感謝いたします」
庭園でぼーっと寝転がる男。
彼の名はイオス。
その身に莫大な経験値を抱え、『軍神』の異名を誇るひとならざるもの。
「それで、貴様はなにができる」
「道化でございます」
「そのようなもの見飽きた。俺様がどれほどの永い年月を生きてきたと思っているのだ」
「もちろんただの道化ではございません。このセイン、東の果ての辺境から出てきた勇者でもございます」
そこでようやくイオスが僕を見た。
道化と名乗る勇者、興味を引くには充分のはず。
もちろんこれで終わりではない。
ここからが本番、しくじれば死ぬ。
相手は気分で人を殺す、遙かな高みにいる魔の王だ。
「ほう、俄然興味が湧いた。聞かせろ」
「このセインは道化として定評がございます。正直何かの間違いではと思っておりますが、どうにも他人からはそのように見えるようで」
「無自覚な道化ときたか。だが、俺様の元にはそのような者は腐るほどいるぞ」
「もちろん心得ております。ですが、その中に魔王になりたい勇者はいるでしょうか」
彼は予想していなかった答えが返ってきて眼を点にした。
「魔王になりたいのか」
「はい。できればイオス様よりも強力な」
「くく、くくく」
顔を逆方向へ向け、なんとか笑いをこらえようとしていた。
よほど愉快だったのか笑い声が漏れ出ている。
結局、我慢できず彼は腹を抱えて大笑いした。
「貴様はなんとも呆れるほどの道化だな。実に面白い。勇者が魔王になりたいとは。倒して名を上げようとする輩は幾たびも見てきたが、魔王になりたいと言いだした奴は初めてだ。しかも俺様より強くなりたいだと」
「紛れもなく本心でございます。是非とも傍においていただき、御身の力と振る舞いを学ばさせていただけないかと」
事前の情報収集で、イオスが暇を持て余していることは把握していた。
彼は滑稽なものを見るのが大好きだそうだ。
愚かな人間を観察するのが唯一の楽しみ。
ジグを観察していて思ったのだが、彼は非常に面白い人間だ。
だとすれば似たようなことをする僕も、そこそこ笑えるのではないかと考えた。
もちろん不服だ。
不服だが、魔王に取り入るにはこの長所を生かすしかない。
トールに復讐を果たす為には、僕は泥水を啜ってでも這い上がらなければ。
「許可する。貴様を身辺警護役として雇ってやろう」
「感謝いたします。このセイン、粉骨砕身で務める所存です」
「せいぜい励めよ。その方が笑えそうだ」
驚くほどあっさり許可が下りた。
その後、僕とセルティーナには部屋が割り当てられ、道化としての仕事が始まった。
◇
身辺警護の仕事は驚くほど何もない。
そもそもイオスにはそのような存在は不要なのだから。
僕はお飾りのように、彼の傍に控えていた。
「なんだこの上納額は。貴様死にたいのか」
「滅相もございません。御身に逆らおうなどとは。ですが、我々にも事情がございまして、ここ最近、盗賊が頻繁に出没しており、積み荷を何度も奪われている次第でして。このままでは破産してしまいます」
「冒険者でも出して片付ければよかろう」
「もちろん出してはおりますが、その盗賊がやけに強くて。ある者によれば盗賊の一人に魔王がいるとの話が」
「魔王、盗賊に魔王とは、なかなか面白いな」
まったくとんでもない場所だよ。異大陸ってところは。
石ころに当たるみたいに魔王と遭遇する。
魔王も勇者もレアジョブなのだが。
イオスが僕へ眼を向ける。
「貴様は勇者だったな」
「ええまぁ」
「この件、貴様が片付けよ」
「僕がですか?」
「魔王になりたいのだろう。その程度の小物、倒せなくてどうする」
妙な話になった。
◇
僕は御者台に乗り、流れる景色を眺める。
荷台にはセルティーナとイオスの配下であるオーディスが同行する。
オーディスはただの見届け役だ。協力は一切しない。
「暇すぎてねむい~☆ いつになったら襲ってくるのかな☆」
「最も襲撃の多い道を選んで、輸送業者のフリをしているんだ。遭遇する確率はかなり高いはずだが。疲れたなら寝ていてもいいぞ」
「お言葉に甘えて☆」
セルティーナは荷台でごろんと転がる。
「セインが魔王になればミーは王妃になるんだよね☆」
「そうなるな」
「夢が膨らむなぁ☆ 豪華な食事、沢山の可愛い服、ひれ伏す下々、煌めく生活がそこに☆ やっぱりこっちのジグを選んで大正解だったぞ☆」
相変わらずうざい奴。
まぁ、山ほど文句を垂れ流すが、あれこれ余計なことを聞かない点は気に入っている。
自分の欲望に忠実なところもな。
道具としては優秀だ。
「まだ盗賊は見つからないのか。待ちくたびれたぞ」
沈黙を保っていたオーディスが口を開いた。
かれこれ五時間ぶりの会話だ。
イオスに近い配下であり、彼自身も強力な魔王である。
「もう間もなくです。どうかお待ちを」
「ちっ、イオス様の道楽には困ったものだ。どこの馬の骨とも知らない道化を近くに置くばかりか、重要な案件までお任せになるとは」
僕は笑顔を貼り付けたまま無視する。
しかし、そろそろ出てきてくれないと僕の身が危うくなる。
ここに至るまでの街で散々、豊富な商品と手持ちの金貨を見せびらかしたのだが。
釣り針に引っかからなかったとでもいうのか。
いや、かかっている。
道の先で三人の男が行く手を塞ぐように待ち構えていた。
種族はばらばらで、ビースト、魔族、ダークエルフと他種族で徒党を組んでいるようだ。
停車すると、前後にさらに二十人ほどの輩が茂みから姿を現す。
鑑定でざっと見るが、魔王はいないようだった。
「荷物と有り金を置いていきな。女もだ」
盗賊の一人がどこかで聞いたような台詞を吐く。
馬鹿な奴らだ。
誘き出されたとも知らず。
いずれもレベルは1000未満。
僕の現在のレベルは1200台なので雑魚だ。
「やるぞセルティーナ」
「ばりばり焼き殺してやるんだぞ☆ キラッ☆」
セルティーナの魔法が地面をえぐる。
混乱に乗じて僕は刃を走らせた。
「よくも仲間を! クソエルフ共!」
「いやーんこわーい☆」
「グウェイル!」
黒き眷獣による一筋の閃光が音もなく走る。
盗賊共をいともたやすく切断した。
「サンキュウだぞ☆」
「グエェ」
見届け役であるオーディスにも盗賊が殺到していたが、彼は涼しい顔をして難なく始末する。
武器も抜かず手刀で一突きか。
さすがレベル7万。
あらかた片づけたところで、ようやく目的の人物が登場する。
「何者だてめぇ。ただの輸送業者には見えないが、雇われた冒険者かぁ?」
「近からず遠からずってところだよ」
魔王とは思えない風貌の男が、散歩にでも来たかのような足取りで姿を見せた。
種族はビーストの鼠部族。
魔剣の一種だろうか、うっすらと邪気を放つナイフを抜く。
男はナイフをねっとりと舐めて、下卑た笑みを浮かべた。
「俺はさぁ、顔の良いいけすかねぇ野郎を殺すのが趣味なのよ。てめぇも顔に見合った美人連れてるじゃねぇか。ムカつくぜ。その肉、引き裂いて唾を吐きたくなる」
「奇遇だね。僕も不細工な野郎は嫌いだ。見ていると踏みつけて罵声を浴びせたくなる。世の中というのはどうしてこう醜い輩ばかりいるのか謎だ。まとめて焼却処分にできればと常々思っているよ」
「口だけは達者だな、エルフの坊ちゃん。もう命乞いしても無駄だぞ?」
逆だ馬鹿。僕はすでに勇者のジョブを発動している。
お前のレベルは毎秒下がり続けている。
鑑定がない奴というのは不便だね。
相手のジョブも分からないのだから。
「だめじゃないか、目を離しちゃ」
「え、あ、ひぎ!?」
奴は僕の意識誘導によってほんの一瞬、視線を外す。
心臓を貫くには充分な時間。
彼にはいきなり目の前に現れたように映っただろう。
このまま殺すのもつまらない。
剣をぐりぐり回転させる。
「ひぎいぃいいいいい!? あがっ、がががっ!?」
くひっ、楽しいなぁ。
人の命を奪うのは。
剣を引き抜き血を払う。
「あがっ、この俺が、抵抗すらできずに……ぐぎぎ」
倒れた男は、這いずって僕のズボンを握った。
憎悪の籠もった眼で僕を見上げる。
「ぶぎっ」
「はははは、悔しいだろ」
男の顔に唾を吐き、踏みつけてやった。
それでも手だけは放そうとしない。
「貴様に、貴様に、恥多き人生をぉおおお!!」
ぶちっ、ずるん。
ズボンがパンツと一緒に真下に下がった。
あ、ああ、待って、そんな。
男は力尽きたが、僕の股間は露出したままだ。
剣を放り出しズボンを上げようとする。
しかし、男の手は固く閉じられ、なかなかズボンが上げられない。
バランスを崩し尻餅をついた。
「ぶふっ、なかなか良い格好だな。イオス様へは満足のゆく報告ができそうだ」
笑いをこらえるオーディス。
ちくしょう。
見るんじゃない。
「ぶはははっ、この俺様を笑い死にさせる気か! と、とうぞくに、ズボンを脱がされただと! 道化が過ぎるぞセインよ!」
オーディスより報告を受けたイオスは腹を抱えて笑う。
羞恥心に顔が熱くなった。
道化で売り込んだとは言え、この嘲笑は耐えがたいものがある。
我慢だ。力を得るにはこれくらいなんてことはない。
「とりあえず褒めてやろう。一つ問題が片づいた」
「勿体なきお言葉」
「今夜も護衛を頼むぞ、セイン」
ニヤリとするイオス。
僕は耐え難き羞恥に絞り出すように返事をした。
◇
静けさの満ちた深夜の宮殿。
何度も深夜の護衛を務めていたが、未だにステータスを奪えないでいた。
「…………」
部屋を守るのは僕一人。
周囲には誰もいない。
そっとドアを開ける。
隙間から見える暗い部屋。
豪華なベッドの上で爛々と目を開くイオス。
いつ見ても起きている。
もしかして目を開けたまま寝ているのか?
だが、奴はこちらに気が付き視線を向ける。
間違いなく起きてる。
しかも僕を見るとニヤリとする。なんだあいつ。
隙を見せてくれないとステータスを奪うことができない。
「こちらに入ってこぬのか。離れていては警護もできぬであろう?」
「そ、それもそうですね」
嫌な予感を感じつつ部屋に入る。
ステータスを狙っているのがバレたのだろうか。
それとも道化としての僕を期待しているのか。
どちらにしろ、近づけるのはまたとないチャンス。
管さえ刺せれば、麻痺させることができる。
「どうした、もっと近づかぬか」
「……はい」
命令されるままにベッドに近づく。
ここなら誰にも邪魔されることはない。
油断したところでじっくりステータスを奪いたかったが、こうなったら強硬手段だ。
ばっ、布団が宙を舞う。
瞬きをした次には、奴の姿はベッドから消えていた。
どこに!?
どこに行った!?
「っつ!?」
背後より右腕を掴まれひねり上げられた。
そのままベッドに押しつけられる。
「実に俺様好みの顔だ。道化とするには惜しい美貌」
顔は見えないが、背後にイオスがいる。
くっ、なんて力だ。
腕を引き剥がすことができない。
……ちょっと待て、いまなんて?
あ、なぜズボンに手を入れてくる。
そこはお尻で。
「初物か。だが心配するな、すぐに良くなる」
「いや、あの、」
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
――翌朝。
僕は真っ白になっていた。
思考がまとまらなくて、食事も手に付かない。
「セイン、どしたの☆ ずっとぼーっとしてるけど☆」
「……うん」
「大切なものを奪われたような顔してるぞ☆」
「……うん、奪われたんだ」
お尻が痛い。
奪うはずが奪われるなんて。
こんなことをする為に生き返ったんじゃない。
トールに復讐を……ううっ。
どうしてだろう、自然と涙がこぼれる。
「ステータスは奪えそうなのかな☆」
「死にたい」
「よく分かんないけど頑張れっ☆ ミーは早く贅沢したいんだぞ☆」
この女……くそっ、僕の苦労も知らないで。
お尻が、僕のお尻が。
おじりがぁぁあああああああ。
思い出すほどに涙が溢れた。
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