199話 戦士は閣下と再会を喜び合う


 見上げるほどデカい石像。

 王冠を頭に乗せた快活そうな少女が、どーんと彼方を指さしていた。


 彼女こそこの国の主にして古の魔王『夜神ベルティナ』。


 数多の伝説と逸話を有す、大陸を支配する者達の一人である。

 その影響力はすさまじく彼女が移動するだけで周辺国は防衛強化を行うほどだ。


「怖そうな方を想像しておりましたが、とても可愛らしい魔王さんなんですね」

「ふふん、フラウと仲間ね。ツルペタよ。見て、この胸」


 フラウが嬉しそうに石像の胸をペタペタ触っている。


 確かにフラウと良い勝負だ。

 石像の足下には沢山の花が添えられ、国民に愛されていることが見て取れる。


 魔王には良い印象がなかったが、世の中には尊敬される魔王ってのもいるらしい。


「彼女はウチの国王陛下と同じ人たらしタイプじゃんよ。統治は有能な奴に任せて、自分は好き勝手にやってるらしいじゃん」


 タキギがアイスを食べながら説明する。

 聞くところによると、二人の住まう国も古の魔王が統治しているらしい。


「そのベルティナも今は病気らしいぞ。この数年一度も表に出ず、ずっと部屋に籠もっているらしい」


 菓子の袋を抱えたナンバラが返事をした。

 時折、がさごそと袋に手を突っ込み、焼き菓子を口に入れる。


 この二人、満喫しすぎじゃないか。


 まぁ、人のことは言えないのだがな!


 屋台で買ったハートのサングラス。

 観光名所で貰った花の首飾り。

 気に入ってつい買ってしまった付けひげ。

 三人お揃いの派手なシャツ。

 片手にしゅわしゅわする飲み物。

 もう片手に串肉の入った袋。


 この街は散財の都だ。

 見るもの全てに興味をそそられ手を伸ばしてしまう。


 あらかじめ制限しておかないと、いくらでも土産を買ってしまいそうだ。


 俺達はベンチに座って一休みする。


「この街はいいな。連れてきてくれてサンキュウ」

「喜んでもらえたならオイラ達も安心じゃん。そういや団長は副団長以外にも人を探してんだよな」

「そうなんだ。このスクロールで時々こうやって捜索してて――」


 導きの針に反応があった。


 ……近くに仲間がいる。


 前回逃した人物か、それとも未だ見つけられていないソアラとピオーネか。

 どちらにしろ連れて帰ることに変わりは無い。


 ひとまず針に従い歩き出すことに。


「近いぞ」


 針が示したのは、四人の騎士を引き連れるフルアーマーの人物。


 住人も兵士も彼へ丁寧に挨拶をしている。

 位の高い武官なのだろう。

 外見からもそのような印象を受ける。


 あれが探している仲間の誰かとは想像しにくい。


「ここは私が」


 カエデが意を決して声をかける。


「あの」

「陳情なら正式な手順を踏め。閣下はお忙しいのだ」

「私は漫遊旅団のカエデです。迎えに来ました」

「許可無く声をかけるな。不敬罪で捕まりたいか」


 騎士が壁となってカエデの進行を阻む。

 閣下と呼ばれる人物は足を止め、こちらをじっと見つめていた。


「止めよ。既知の者だ」

「失礼いたしました」


 一声で騎士達は大人しく下がった。


 それから閣下は「付いてこい」ととある屋敷へと案内する。



 ◇



「カエデさん!」

「ピオーネさん!?」


 兜を脱いだピオーネはカエデへ飛びつく。

 それから彼女は潤んだ目で俺の方をじっと見る。


「迎えに来てくれるって信じてたよ。嬉しいなぁ。こうして三人の顔を見るのはどれくらいぶりかな。そんなに時間は経っていないはずなのに、数年ぶりくらいに感じるよ」

「無事なお姿を確認できて安心しました。ところでここにはお一人で?」

「ううん。ソアラも一緒だよ。でも、今の彼女には会わない方がいいかもしれない」


 カエデから離れた彼女は、侍女に鎧を外してもらい身軽な恰好となる。


 ここはどうやらピオーネの屋敷らしい。


「そっちのお二人はボクとは初めてだよね」

「第二漫遊旅団のナンバラだ」

「同じくタキギじゃんよ」

「第二か、そっちはこちらでも把握していたよ。いずれ接触するつもりではあったんだ」


 ソファに腰を下ろしたピオーネはキリッとした顔となる。

 ただ、座った位置は対面ではなく俺の横だった。


「一応自己紹介しておくね。ボクは第六の軍を預かるピオーネ将軍だ。新設されたばかりで人員はほとんどいないのだけれど、それなりに上手くやってる方ではあるかな」


 マジかよ。将軍ってとんでもない出世じゃないか。

 どうやればこの短期間でそこまで上り詰めることができるんだ。


 俺の言いたいことを察したように、ピオーネは言葉を続ける。


「ソアラのおかげだよ。いや、違うね。ソアラのせいだ。ボクを自分の都合の良い地位に据えて、毎日あれこれ無理難題を押しつけてくる。未だこうして生きてるのはトールが迎えに来てくれるって希望があったからなんだ。じゃなきゃ、きっと絶望してただろうね」

「お、おい……」


 彼女の目からハイライトが失われる。

 一体どんな目に遭ったのか。


「あ、ごめん。最近忙しすぎて情緒不安定なんだ」

「すぐに癒やしますねっ!」

「ありがとうカエデさん。嬉しいなぁ嬉しいなぁ、涙が出ちゃうや」


 ピオーネはカエデに癒やされ「はぁぁぁ」と安堵する。


「――大森林を抜け出したボクらは、イエローホークスで一財産築き裕福な生活を手に入れたんだ」


 ティーカップを置いたピオーネは、あの頃は良かったと微笑む。


 が、表情はがらりと変わり無表情で目を見開く。


「ソアラがね、都で布教したいと言い出した。それから屋敷を手放して都へ移住し、毎日毎日布教活動。それでも失敗すれば元の鞘に収まったんだ。彼女の言葉は人々を集め、とんとん拍子に転がり続け、ついにはこの国の女王まで説き伏せた。今や彼女は第二の女王、国民の半数以上が信者だ」


 す、すげぇな。さすがソアラさん。

 前々からヤバいとは思っていたが、ここまで来るとただの聖職者の姿をした怪物じゃないか。


「あ、でも、権力を手に入れたおかげで情報は得られるようになったんだ。第二漫遊旅団のことや、トールらしき称号を手に入れたパーティーのこととか。そろそろこちらから迎えを出す予定だったんだけど、その必要もなくなっちゃったね」

「で、どうすんの。カエデの故郷にある転移魔法陣で、すぐにでも向こうに戻れるけど」

「それなんだけど……」


 彼女は苦笑しながら頬を指で掻く。


「もう少しだけ待ってくれるかな。ほら、将軍になっちゃったし簡単には辞められないからさ。特に今は例の魔物をどうにかしないと」

「魔物?」

「あれを魔物と呼んでいいのかボクには判断できないけど――」


 どたどた廊下から足音が響く。


 ノックもなく入室した騎士がピオーネへ報告する。


「お話の途中失礼いたします。たった今、報告にあった魔物が外壁を破り街に侵入したとのこと。なんとか兵で動きを止めておりますが、このままでは大打撃を受けるのは必至かと」

「すぐに合流する。それまで持ちこたえろ」


 返事をした騎士は立ち去る。


「トール達はここで――」

「俺達も行く。強さはよく知ってるだろ」

「うん。ありがとう。その力あてにさせてもらうよ」


 ピオーネ将軍の後を追う。



 ◇



 街の西方では黒煙が昇っていた。

 時折爆発が起き、大音量の魔物の鳴き声がびりびり空気を震わせる。


 すでにあらかたの住人は避難したようで、人気の無い通りでは武器を構えた兵士が整列している。


「状況は!」

「はっ、現在はSSランク冒険者が交戦中とのこと。どうやらアレを追っていたようです」

「今はその者達への責任追及はいい。ベルティナ様が出る前に片付けよ。その為に我々がいるのだ」

「報告、冒険者が倒された模様! 敵がこちらへ向かっています!」


 ずがががが。

 建物を破壊しながら魔物が近づく。


 各所から魔法が打ち込まれるが、それは意に介した様子もなくまっすぐこちらへ向かっていた。


「兵を退かせろ。俺達がやる」

「全部隊退避だ」


 俺達は武器を構える。

 近くの屋根ではタキギとナンバラが様子を窺っていた。


 実力を見たいとか言ってたので、今回の騒動でそれを見定めるつもりなのだろう。


 武器は抜いているので助力するつもりはあるようだ。


「いだぁぁああああ、みづげだぁぁああああああああああ!!!」

「なんだ、こいつ」


 眼前に現れたのは漆黒の大蛇。

 そいつの口の端からは人が逆さに垂れ下がっていた。


「にげ、ろ、これは、普通の魔物じゃない……」


 彼には見覚えがあった。


 そうだ、隕石のある街で俺に変な助言をくれた男。SSランク冒険者の『第三聖雄騎士団ドライナイツ』のメンバーだ。


 大蛇は顔を振り、男性を飲み込んでしまう。


「なんてことを」

「主様、こいつをぶっ飛ばしましょ。許せないわ」


 目の前で人が飲み込まれる様に、カエデもフラウもショックを隠しきれない。


「どぉおおる、み゛づげだぁ」

「……なんかこいつ、主様のことを呼んでない?」


 大蛇の頭部から人の上半身が生えた。

 視点の定まらない目に口からはだらだら涎をたらしている。


「ぼぐは、ぜびん、どぉおるごろず」


 それはセイン。

 俺の元親友だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

明けましておめでとうございます。

本年もどうかよろしくお願いいたします。


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