198話 聖女の歩みに戦士達は頭を垂れる


 イエローホークスを出た俺達は、ナンバラとタキギを同行させ首都へと向かうことにした。


 まっすぐネイの元へ向かっても良かったのだが、二人が先に手紙で報告書を送りたいと言い出したので、遠回りすることにしたのである。


「手間をとらせて申し訳ないじゃん。手紙を副団長に送ったら、そっこー拠点のある街に案内するじゃんよ」

「何度も謝るなうすのろタキギ。このナンバラはまだ彼を団長とは認めていないぞ」

「まだ疑ってんじゃん。もう本人だよ、証拠も揃ってるじゃんか」

「本物であることは疑いようがないだろう。そうではなくて、ナンバラは本当に彼が団長にふさわしい人物か試してみたいのだ。もし邪な心を持つ者ならば、副団長に会わせない方が団の為ではないか」

「…………実力は、興味があるじゃんね」


 先を行く二人が、好奇心をむき出しにした目でこちらを窺う。


 実力とか正直どうでもいいのだが。

 俺としては一秒でも早くネイに再会し、無事であることを確認したい。


「そういやこの国の都には、聖女様がいるって噂じゃん。運が良ければご尊顔くらいは拝めるかもじゃん」

「聖女?」

「知らないじゃん? 突然現れたかと思えば、瞬く間にこの国の要職に就き、今じゃ魔王の相談相手ってとんでもねぇ女」

「金遣いの荒さでも有名だったはずだ。どうせ名ばかりの詐欺師だろう。所詮他国の問題、ナンバラにはどうでもいい話だ」


 金遣いの荒い聖女ね……。


 そういやそんな噂を耳にした覚えがあるな。

 詳しい内容までは聞かなかったが、古の魔王が恐れるくらい力を持った存在だとかなんとか。


 果たしてどのような人物なのか。ひと目見るくらいはしてみたい。


「なんだか似た臭いを感じるわね。上昇志向の欲深い聖職者ってところが特に」

「そうであって欲しいと言うか欲しくないというか。私も同じ方を真っ先に想像してしまいました」

「お、知り合いに似たような奴がいるじゃん?」

「ええまぁ……噂の聖女様がその方である可能性もあるのではと」

「へぇ、もしそうだとしたらすげぇじゃんよ。噂の聖女がトール団長の知り合いなんて――いでぇ!?」


 ナンバラがタキギの耳を引っ張る。


「そんなわけないだろ。よく考えてみろ、この広大な大陸にどれだけの人がいると思っている。その聖女が知り合いなんて普通に考えてあり得ないだろ。この考え無しの唐変木カチューシャ男」

「いで、いでで、暴力はよくないじゃん。だから彼氏の一人もできないじゃんよ」

「ひぐっ……」

「悪かった! だから泣かないでじゃんよ!」


 ◇


 デザフスト国の都へ到着。

 ナンバラとタキギは到着早々に郵便屋へと寄った。


「――これを頼む。重要書類だから絶対になくすな」

「かしこまりました」


 職員は代金と一緒に封筒を受け取る。

 建物の外では武装をした配達員が、足の速い小型の亜竜に乗って次々にここから出発していた。


 彼ら配達員は多くのことを要求される。


 それも全て携えた手紙を無事に届けるためだ。

 第二の冒険者と呼ばれるほどその業務内容は波乱に満ちて過酷。

 受付を担当している職員ですら眼光鋭い。


 俺もここに来るまでにしたためた手紙を職員に渡す。


「宛先はビックスギア国の調査団本部ルブエ様ですね。特別郵送物にご指定いただけると、より確実にお届けすることができますが」

「じゃあそれで」

「そうしますと……代金はこのようになります」


 差し出された紙には『五十万』と記載されていた。


 高っ! 

 こんなにかかるのか!?


 しかし、距離や配達員のレベルも加味するとむしろ安いくらい。

 足の速い亜竜に乗って行くとは言え、その道のりは決して安全ではない。


 俺は職員に支払いを済ませ店を出た。


「これでようやく団に帰還できるじゃんよ。なぁナンバラ、せっかくだしここらでぱぁっと観光やグルメを楽しんでから戻ろうじゃん」

「副団長が団長との再会を心待ちにしているのを知っているだろう。他に目を向けている暇などない。気を引き締め直せ、脳天気器用貧乏クソ雑魚男」

「ひでぇ。でもさ、逆に聞くが、もし副団長に『それだけの時間があって接待の一つもできなかったのか』なんて怒られないって言い切れるじゃん?」

「……一理ある。我々との旅がつまらなかった、などと評されるのは非常によろしくない。あの者達にどう思われようが気にしないが、副団長殿に使えない者と認識されてしまうのだけは避けなければならない」


 ひそひそ会話をしているが、こっちに丸聞こえだ。

 でも観光をしたいのは俺も同じ。


 この街の発展具合は驚くほど高い。

 実は先ほどから俺もカエデもフラウも、視界に入る店に寄りたくてウズウズしていた。


 あそこの店に売ってる剣なんかめちゃくちゃカッコイイデザインだ。間近で見たい。


 話がまとまったのか、タキギがこれからの予定を伝える。


「この街に数日滞在することになったじゃん。で、悪いんだけど個別の行動はできれば控えて貰いたいじゃんよ。どこかへ行くならオイラ達も一緒ってことで」

「ネイの元へ案内するだけじゃないのか」

「団長達を護衛するってのも任務の一つじゃんか。大丈夫、何かあればきっちりお守りいたしますじゃんよ。オイラ達、団長殿に負けないくらい強いから」


 タキギは自信満々に微笑む。


 俺達は「あー」と気まずくなって見合わせた。

 あえてレベルを伝えていないのは無用に怖がらせない為、ではあるのだが……なんだか恥をかかせているようで申し訳ない気持ちになる。


 すまん、守られるようなレベルじゃないんだ。


「しかし、観光とはどうやるのだ。ナンバラはやったことがないから分からないぞ」

「オーケーオーケー、全部オイラに任せるじゃんよ。この街には古い知り合いもいて、何度か来たことがあるじゃん。とびっきりの観光スポットを案内するじゃんよ」

「おおおっ! ゴブリン以下の貴様でもたまには役に立つのだな!」

「ごりごりメンタル削ってくるじゃん」


 ダメージを受けたタキギは膝から崩れ落ちた。


 ◇


 デザフストの都では『大道芸広場』と呼ばれる場所がある。


 広場の至る所で芸人が芸を披露し、通行人は足を止めて見入っていた。

 故郷の王都にも見世物で生計を立てている者はいたが、こちらほど盛んではなかったように思う。


「あの方、剣を飲み込まれましたよ。大丈夫でしょうか」

「プロだから死ぬようなヘマはしないと思うが、それでも見てるとはらはらするな」

「うぇ、あんなの見てよく平気ね。フラウは無理だわ」


 芸が成功すると、人々は拍手を贈り目の前の缶へ貨幣を投げ込む。

 俺達も銅貨を投げ入れた。


「タキギは?」

「菓子の屋台に行くとナンバラさんが連れて行かれました」


 接待はどうした。

 俺達より楽しんでいるじゃないか。


 不意に街中で大きな銅鑼の音が響く。


 人々は一斉に道の端に避け、石畳に両膝を付けて祈るような姿勢となった。


「なに、なんなの? みんなどうしたの?」

「私達も同様の対応をすべきでは」

「だな」


 俺達も屈んで姿勢を低くする。


 数分後、広場に白い法衣を身につけた団体がやってきた。


 足取りは静か、厳かな空気を纏い目の前を通過する。行列の中央ではベールで顔を隠した位の高そうな人物が、護衛を周りに置いて歩いている。


 女性っぽいシルエットだ。あれが噂の聖女だろうか。

 彼女は祈りを捧げる民衆に目もくれず広場を出て行ってしまった。


 行列が去った後、この場に騒がしさが戻る。


「ああ、本日も聖女様はお美しいわ」

「なんと尊き御方じゃ。あの方こそ神の御使い」

「我が国の救世主。聖女様、聖女様、今月も沢山お布施いたします」


 涙を流して感激する住人に思わず後ずさりする。


 この国は古の魔王ベルティナが治めていると聞く。

 もしかしたらその魔王はとても信心深いのかもしれない。


 魔族にだって信じる神はいる。だったら魔王が信仰に篤いなんてのも不思議ではない。


「今のはここの名物になりつつある、聖女様の拝礼じゃんよ。魔王に馬鹿でかい大聖堂とやらを建てさせて、ああして毎日休むことなく宮殿から大聖堂まで往復してんだと」

「あの聖女、相当にできると見た。ナンバラには隠しても分かるぞ」


 戻ってきたタキギとナンバラはフルーツの入った飲み物を片手に、もう片方の手にはアイスを握っている。

 さらに顔には星型のサングラスをつけていた。


 俺達よりもよっぽど観光を楽しんでいるのではないか。


「団長にあげるじゃんよ」

「お、おお……サンキュウ」


 飲み物を受け取る。

 うん。美味しい。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今年最後の更新となります。

皆様良いお年を!


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