197話 戦士は偽物と再会する


 宿へ戻る足取りは重い。


 やっと見つけた仲間に逃げられたのだ。

 事情はあるにしてもせめて言葉くらいは交わしたかった。


「少なくともフラウ達が探してるってことは伝わったはずよ。向こうに戻る気があるなら、なんらかのアプローチがあると考えて良いと思うの」

「そうですね……ご主人様、念の為にマリアンヌさん達に報告をされてはどうかと」

「マリアンヌなら上手く事情を聞き出せるかもな」


 チュピ美を呼び出し伝言を記憶させる。


 理屈は分からないが、マリアンヌ達の居場所は把握しているらしく、チュピ美はひと鳴きして空へと飛び発った。


「てめぇらが漫遊旅団だって? 舐めてるじゃんよぉ」

「ひぃいいいいい、許して、許してください」

「ビビってないで教えろビチグソ共。こう見えてナンバラは気が短い、ただでさえ無駄骨を折らされて頭の血管が切れそうなのだ。秒で答えて手早く死ね」

「ひぃいいいいいいい!?」


 通りのど真ん中で視線を集める集団がいた。


 二人の男女が四人組を締め上げていて、関われば面倒事になりそうな予感がビンビンする。


「もしやお世話になった冒険者の方々では?」

「ほんと、四人とも見覚えがあるわ」


 青ざめた顔で震える四人には確かに見覚えがあった。


 ごく最近の記憶なのだから忘れるはずもない。

 おまけに漫遊旅団の偽物ときている、忘れようにも忘れられない。


「あのお二人もうっすらとですが見覚えが」

「そうか?」


 俺には全く覚えがない。

 つーか、あの偽物共には聞きたいことがあるんだ。


 再会できたのは僥倖、今度こそ締め上げてでも聞き出してやる。


「おい、お前ら見つけたぞ!」

「あ、あんた達は!?」


 胸ぐらを掴まれているトール(偽)が俺を見てギョッとする。


 振り返った二人組も俺を見て目を細めた。


「誰だ、あんたら? 邪魔するなら痛い目にあうじゃんよ」

「俺もそいつらに用があるんだよ」

「詐欺師どもの被害者ってところか。おたくらには申し訳ないんだが、先に見つけたのはこっちじゃん。こいつらの扱いはこっちで決めるじゃんよ」

「部外者に出る幕はない。失せろ底辺ゴロツキ冒険者」

「そこまで言う必要はないじゃんかよ。向こうも被害者じゃん」

「……ひぐっ」

「な、泣くなよ、打たれ弱すぎじゃんか」


 なぜか女性の方が涙ぐむ。

 相方らしき青年はなだめてご機嫌をとろうとしていた。


「聞いてくれ、こいつらも漫遊の名を騙っていたんだ! 俺達だけじゃない!」

「あ゛?」


 トール(偽)の言葉に青年の雰囲気ががらりと変わる。


 俺よりも身長が高い彼は、間近に迫って至近距離から睨んだ。


「今の話マジじゃん? おたくらも漫遊の名を騙ってんの?」

「この際はっきり言っておくが、騙っているのはそっちだ。俺達は以前から漫遊旅団として活動してきた。お前らも偽物なのか」

「おいおい、偽物呼ばわりなんて馬鹿にしてんじゃん。オイラは正真正銘本物の『第二漫遊旅団』じゃんよ。喧嘩売るなら買ってやるじゃん」


 第二……?

 偽物じゃないのか??


 俺と青年がにらみ合っている間に、カエデとフラウももう片方の女性と張り詰めた状態になっていた。


「次から次に名を騙るもどきが現れてナンバラは頭にきている。おまけに中途半端な似せ方で……あれ? 白い狐部族の奴隷に、フェアリーの奴隷に、大剣を背負った間抜け顔の男……え? え?」

「漫遊旅団は紛れもなくご主人様が創られたパーティーです。我々を偽物呼ばわりするなど甚だ遺憾です。責任者に厳重に抗議いたします」

「フラウ達は今まで沢山の人達を助けてきたの。偽物のあんた達なんか足下にも及ばないんだから。だいたいなんなのよその恰好、統一感あってちょっとカッコいいじゃない」


 フラウ、相手を褒めてどうする。

 向こうは俺達の偽物なんだぞ。


 本物より偽物の方がカッコいいなんて冗談じゃない。


 未だ胸ぐらを掴まれ足をぶらぶらさせているトール(偽)がニヤニヤしながら、俺を指さしてペラペラ喋る。


「こいつは不届きな野郎ですぜ。のフリをして、元団員の俺達にいちゃもんを付けやがった。制裁しないと舐められちまいやすぜ」

「うるせぇ。本当はこんなことしてる場合じゃねぇじゃんよ。ビックスギアで称号を授かった団長を追いかけないといけないってのに……姉さん達が探す……漫遊旅団の団長を……ちょい、待つじゃん」


 青年の目が改めて俺を頭から足先まで確認した。


 トール(偽)がポイ捨てされ、彼は俺の両肩を掴んで何度も目を上下させる。


「ナンバラさん、この人もしかして」

「気づいたかタキギ。彼らは我々が探していた人物かもしれない」


 二人の態度が変化する。

 ふと、トール(偽)が気になって目を向けてみると、忍び足で四人は逃げだそうとしていた。


「パラライズアイ」

「ぎゃっ」


 タキギと呼ばれた男が視線のみで四人を行動不能にする。


 まさか魔眼持ちなのか。


「逃がすかよ。副団長にはおたくらの始末も頼まれてんじゃんよ」

「大恩ある団を裏切ったばかりか、漫遊の名を騙って詐欺紛いの行為に手を染めたビチグソ共には相応の罰があるから覚悟しておくんだな。タキギ、麻痺している間に縛り上げろ」

「オイラがやるの? ナンバラさんもたまには雑用して欲しいじゃんよ」

「先輩の言うことは絶対だ。ほら、やれ」

「へいへい」


 結局、タキギが四人を縄で縛った。



 ◇



 偽の漫遊旅団は二人によって衛兵に突き出された。

 容疑は身元偽称と詐欺行為である。


 四人は二人にボコボコに殴られており、元の顔が分からないほど腫れ上がっていた。


 やり過ぎと思わなくもないが、彼らの元身内らしいので部外者が口を出すのもどうかと考えたのだ。

 そして、二人に詫びとして食事を奢ってもらうことになった。


「マジで済みませんでした! 本物のトール団長だったなんて! 殴っても構わないんで、今回の件はどうか目をつぶってくださいじゃん!」

「そこまで怒ってないから……」

「副団長がおっしゃったとおり、団長は実に男らしく賢そうな姿をされている。仲間のお二人もなんと愛らしく聡明か。このナンバラ、ただただ雄々しく高潔なオーラに圧倒されるのみ」

「そ、そうですか……」

「こいつら調子良いわね。さっきまでめちゃくちゃ蔑んでたじゃない」


 しかし、こうも持ち上げられて謝罪されると怒る気が失せるのは事実だ。


 目の前のテーブルにはご馳走も並んでいて、さっさと話を済ませて腹を満たしたい欲が湧き上がっていた。


「もう一度確認するけど、嘘偽りなく漫遊旅団のトールさんですじゃん?」

「その変な敬語やめてくれ。これが冒険者カードだ」


 タキギにカードを渡す。

 彼は一通り目を通し、横にいるナンバラへ渡す。


「名前とパーティー名は共に副団長に知らされたものだ。しかし、カードの情報は必ずしも正確ではない。これだけでは証拠には不十分だ」

「実はオイラ達、ここに来る前はビックスギアにいたじゃん。そこで色々調べたんだけど、本物のトール団長は新設された『漫遊』の称号を授かったらしいじゃんよ」

「これのことか?」


 腕輪をタキギに差し出す。

 受け取ったタキギとナンバラは目を丸くした。


「ナンバラさん、これ本物だよな? 本物を見たことがねぇけど、こりゃ偽物には見えねぇじゃんか」

「ごくり、小道具にしては高価すぎるな。いや、しかし、副団長にぬか喜びをさせるわけには。あの方は必ず探し出すと信じて我々を送り出したのだ」


 さっきから副団長とかあの方とか、伏せられてていまいち判然としない。


 沈黙を守っていたカエデが口を開いた。


「話を端折るようでも申し訳ないのですが、お二人はどなたに従ってここに来られたのでしょうか」

「そりゃあネイの姉さんじゃん」

「ネイさんですか!? ご主人様!」


 ネイの名を聞いて安堵する。

 偽の漫遊旅団を追えば誰かに会えると考えたのは間違いじゃなかった。


 ここに来て二人の仲間が無事だと判明した。


「ネイは、無事なんだな。俺の幼なじみは」

「幼なじみであることは誰も知らないはず……やはりトール団長で間違いないようだ」

「やったぜ! あとは団長一行を副団長と副副団長の元へお連れするだけじゃんか! マジこの任務、いつ達成できるか不安だったけどなんとかなったじゃんよ!」

「落ち着きなさいタキギ。トール団長の前ではしたない姿を見せては、副団長の教育方針を疑われるではないか。今すぐ黙らないと、顔面殴打して豚の餌にするぞ」

「ナンバラさんこそ口の汚さでドン引きされてんじゃんか」

「……ひぐっ」

「泣くなよぉ。悪かったって」


 涙ぐむナンバラにタキギがあたふたする。

 悪い奴らじゃなさそうだが、ちょっと変わってるな。


 ふと、フラウが沈黙を続けているのに違和感を抱いた。


 いつもならガンガン相手に文句を言うはずなのだが。

 目を向けた先ではフラウがちょうど大口を開けて肉を頬張っていた。


「おま、まだいただきますしてないだろ!」

「ふあほへ?」


 フラウは頬を大きく膨らませてきょとんとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る