194話 戦士と狐耳奴隷の故郷5


 魔族の男は煌びやかな防具に身を包み不敵な笑みを浮かべる。

 ただ者でないことは一目で察した。


 俺はいつでも戦闘に入れるよう、減力鎖を外す。


「イオス、やはりまた来たか!」

「俺様はお前を殺すまで何度だって現れる。たかが数匹の白狐を殺したところで満足するとでも思ったか。いや、そうあって欲しいというお前らの願望か」


 男とタマモが臨戦態勢となった。


 俺の額から汗が流れ落ちる。


 辺りを濃密な殺気が覆う。

 空気は重く流れ、気を緩めるだけで意識が飛びそうだ。


「初見も多いようだ、改めて名乗っておこう。我が名はイオス。古の魔王の一人だ」


 カエデは青ざめた顔で口を押さえる。


「れべる、15万!?」

「格上ってことか。ばあさんの方は?」

「11万3000……です」


 今の俺なら使役メガブースト&聖武具の使用で10万8000までレベルを上げられる。


 つまり俺とばあさんはレベルだけならほぼ同等。

 しかし、あくまで数字上の強さだ。


 総合的に見れば、恐らくイオスもばあさんも俺なんかより相当に強い。


「今頃になって現れるなんて、あんた性格悪すぎじゃないか」

「くはは、よく言われる。だが、それはタマモ、お前の力を最大に警戒した結果だ。永き時を経てなお腕がうずくのだ。お前に引きちぎられた左腕が」


 イオスは左腕のガントレットを外す。


 左手は光沢があり機械的。

 義手、なのだろう。


 ガントレットを再びはめる。


「因縁もこれで終わりだ」

「かもしれないね。じゃあさっさとやろうか」


 タマモのばあさんは、振り返ってカエデに微笑んだ。


「一族を頼んだよ。それから、長く生きな」

「大婆様!?」


 イオスとばあさんの戦いが始まる。


 二人はその場から一瞬で姿を消したかと思えば、遠くの山で爆発が起きた。


 よりにもよってじいさんの不在に来るなんて。


「しっかりしなさいよ、カエデ!」

「きゅう!」

「そんな、大婆様は死ぬおつもりで……」


 カエデはへたりと地面に座り込む。


 やっぱりそうだったか。

 敵わないと考えたばあさんは、相打ち覚悟でイオスを倒すつもりなんだ。


 とっくに死を覚悟していた。


 カエデは泣きながら俺の足にしがみついた。


「ご主人様、どうか、どうか大婆様をお助けください! これが我が儘なのは承知しております! ですが、お母様に続き、大婆様までなくすなんて私には!」


 俺は屈んで目線を合わす。

 彼女の手を握った。


「俺がカエデのばあさんを見捨てるわけないだろ。イオスを倒し、ばあさんは寿命を全うする。またあの減らず口を嫌ってほど聞くんだ」

「はい!」

「タマモと主様だけ戦わせるのはちょっと不安なのよね。だからフラウもやるわ」


 ハンマーを担いだフラウが薄い胸を張る。

 パン太は不安そうだが、戦うことに異論はないようで黙っていた。


 鉄扇を握ったカエデも立ち上がる。


「私もやります。微力ですが、大婆様とご主人様のサポートをさせていただきます」

「そんじゃあ魔王をぶちのめすか」


 俺達はオビにパン太を任せ、戦いの場へと駆けた。





「空中で戦ってるのかよ」


 見上げながら俺は山を駆ける。


 二つの影が高速で空を駆ける。

 それはぶつかり合い、何度も空気を震わせた。


 どちらも卓越した魔法の腕があるらしく、短時間だが飛行を可能としているようだ。


 おまけに衝撃で舞い上がる岩を、足場にしているようでもあった。

 さすが人外、無茶苦茶な戦闘方法だ。


 果たして俺にもできるのか。いや、やるっきゃない。


 高く跳躍、一番低い落下中の岩に足を乗せ、さらに高い岩へと飛び移る。


 ちなみにカエデとフラウは別行動をしている。

 俺はともかく、今の二人が真正面からぶち当たるのはヤバい。


「氷帝青棺!」

「厄赤烈火」


 ばあさんが尻尾から青い火球を無数に放つ。

 対するイオスも同数の火球を創り出しぶつける。


 空中でぱぱぱぱっと、光が瞬いた。


 鼓膜を破るような轟音が響き、衝撃波で俺は横に吹き飛ばされる。


 うわぁあああ!


 空中をくるくる舞う。


 くそっ、こんなことをしている場合じゃ。

 どうにかして近づかないと。


 一気に空気を吸い込み、肺をパンパンになるまで膨らませる。


 ぶふぅうううううううう!!


 空気を一気に吐き出し加速。

 イオスめがけて飛ぶ。


 見えた!


「うぉおおおおおおっ!」

「坊や!?」


 イオスに大剣を打ち込む。

 だが、奴はガントレットで防ぎ、衝撃を逃がしながら落下する岩に足を付けた。


「崇高な我らの戦いに割って入るとは、そんなに死にたいかヒューマン」

「ヒューマンじゃない、漫遊旅団のトールだ」


 俺も落下中の岩にしがみつき、なんとか這い上がる。


「名前などどうでもよい。俺様はタマモと戦いたいのだ。今すぐ退けば、見逃して――はて、漫遊旅団? どこかで聞き覚えが」


 イオスは顎に手を当てる。

 彼は何かを思い出し「ああ」と俺をはっきり見た。


「そうか、ルドラを倒したパーティーか」

「アイツを知ってるのか」

「くく、知っているもなにも、あれを東へ放逐したのはこの俺様だ」


 な、んだと?


「俺様には多くの魔王と魔族が従っている。あれはその一人だった。だが、どうも野心が強すぎてな、邪魔だったのでロズウェルに消させるつもりだった」

「ふざけるな。そのせいで罪のない人達が何人犠牲になったと思ってる」

「興味ないな。虫やゴミが消えたところで、俺様にどのような損失があるというのだ」

「小僧、イオスの言葉を聞くな! 冷静さを奪う奴の常套手段だよ!」


 ノーモーション瞬間最速でイオスへ斬り込んだ。


 奴はガントレットで防ぎ、俺を鼻で笑う。


「そこそこ力はあるようだが、この場にはそぐわぬな。失せろ」

「っぎ!?」


 イオスの左拳が俺の腹部にめり込む。

 そのまま地上へと落下した。


 崩れた岩を押し退け這い出る。


 足はふらつくがまだやれる。


「防具と金剛壁がなければ死んでたな」


 あらかじめ痛覚を遮断しておいたのも正解だった。

 ぽたぽた血が落ちていることに気が付き口元を指で拭い取る。


 ずずん。


 轟音が響き、衝撃と共に砂埃が森を吹き抜ける。


 空からイオスが笑みを浮かべて降下していた。

 どうやらばあさんも落とされたようだ。


 俺は焦りを抑えつつ駆け出す。


「あの時とは立場が逆転したな、タマモ」

「ぐっ、どうやっても息の根を止めておくべきだったよ、そうすりゃこうやって地を這うこともなかったってのに」

「無様だな。だが、実にいい。その姿も美しいぞタマモ」


 負傷したばあさんは、イオスから逃げるように身体を引きずる。


 俺は木の陰に隠れ息を潜めた。


「あの頃のお前は戦場の至宝であった。血にまみれようが、傷だらけになろうが、冷酷に敵を葬る白き死神。俺様は腕をもがれたにもかかわらず、そんなお前に目を奪われてしまった」

「復讐は建前かい」

「お前を殺して俺様の物にする。その為に、この数千年を生きてきた」

「歪んでるね。ま、素直に告白されてもあんたはお断りしてただろうけど」


 イオスの右腕に炎球が出現する。


「ちくしょう、死ね!」


 放たれた魔法を俺は、大剣で真っ二つにする。


「またお前か。ヒューマン」

「ばあさんを殺させやしない。ここからは漫遊旅団が相手だ」

「!?」


 イオスを風の渦が襲う。

 暴風は奴を空へと巻き上げた。


 カエデの魔法だ。


「いい加減学べゴミが。悠久を過ごした俺様に、勝てるはずなどないのだ」


 風を吹き飛ばし、奴は地上へ向けて無差別に炎を放った。

 地面は吹き飛び土と木々が高く飛ぶ。


 俺はそれらを足場にイオスとの距離を詰める。


 大剣とガントレットが交差。

 火花が散り、イオスは今度こそ顔を不快にゆがめる。


「しつこい。なんなのだ貴様は」

「言っただろ、漫遊旅団のトールだ」

「この不快な感覚――そうか、貴様は奴らの、ぐあっ!?」


 金剛頭突き!

 からの、フルスイング!!


 イオスをさらに上へ打ち上げる。


 岩から岩へ移動しながら、自由自在投擲で大剣を投げた。


 高速回転する大剣は楕円軌道を描きながら、何度もイオスの身体を斬り続ける。

 俺は右手で左腕を掴んで、自分自身を投げた。


 名付けて、自己自由自在投擲。


 手元に戻ってきた大剣を掴み、勢いのまま一気に斬り下ろす。


「がはっ!」


 予想よりも数倍堅い。

 それでも全力込めて強引に斬る。


 刃はイオスの身体に大きな切り傷を作った。


 舞い散る血しぶき。


「ちょ、しにのるなぁぁああ!」

「フェアリーハンマァァアアアアア!!」

「ぷぎっ!?」


 勢いを付けたフラウがハンマーで、背後から横っ面をぶん殴った。


 弾かれた球のごとく、奴は地上へと落ちる。

 と同時に、弾かれるようにして同じ軌道でイオスはフラウの元に戻った。


「ひぃ!」


 フラウが慌てて逃げると、背後にあった大きな岩がイオスの拳によって粉々に消し飛ぶ。


「皆殺しにしてやるぞ! まとめて地獄に落ちろ!!」

「落ちるのはあんただけだ!」


 真下から飛んで来たタマモが、奴の義手を拳で破壊する。


 カエデの回復が間に合ったか!


「しまっ――!?」


 めぎゃ。


 奴の顔面にタマモの拳がめり込んだ。


「葬炎装束鬼狐」


 青い炎がタマモを包み、イオスの顔面や腹をすさまじいスピードで殴る。

 殴られた箇所から氷が広がっていた。


 最後にばあさんの背骨を折るような蹴りが、奴を地上へ落とす。


 轟音が響き、土煙があがった。


「ばあさん、俺を投げてくれ」

「なんて頭の悪い戦い方をするんだい、この子は!」


 投げ飛ばされた俺は、豪速で斬り込む。

 ガントレットで剣撃を受け止めたイオスは、苦しそうな表情を浮かべ耐える。


 ぴき。


 ガントレットにヒビが入った。


「こんな奴に、俺様が追い詰められているだと……格下だぞ?」

「だぁぁああああああっ!!」


 ガントレットが砕け散る。


 勝てる。倒せるぞ。

 タマモのばあさんは死ななくていいんだ。


 ぞくっ。強烈な寒気が走る。


「俺様としたことが侮り過ぎたか。灰も残さず消えろ」


 ほんの一瞬の隙、イオスの素手が俺の胸に添えられていた。


 ヤバい。ゼロ距離からの魔法攻撃はさすがに死ぬ。

 ばあさんとの戦いを見ていて分かったが、こいつの魔法は尋常じゃない威力だ。


 ばぢっ。


 どこからか稲妻が走り、イオスの両目を焼く。


「ひぎっ!? めぇぇええええええ!?」


 よく分からんが、チャンス。


 大剣が奴の右腕を切り落とす。


「あ、ぎゃぁぁああああっ!? 腕が、よくも、よくもよくも!!」


 宙を舞う右腕。

 すかさずノーモーション瞬間最速で駆け抜ける。


 ぼとん。


 イオスの頭部がバウンドした。


 俺は剣を地面に突き刺し両膝を突く。

 足に力が入らない。


「ごしゅじんさま~!」

「あるじさま~」


 遠くからカエデとフラウの声が聞こえた。


「ごほっごほっ」


 口を押さえた手に血がべっとり付いていた。

 たった一発もらっただけなのに、大ダメージらしい。


 痛覚を遮断していた弊害か。


 あ、すげぇ眠……い……。

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