195話 戦士と狐耳奴隷の故郷6


 うっすら目を開ける。

 視界の端からひょこっとフラウがのぞき込んだ。


「主様が目覚めたわ!」

「きゅう!」


 遅れてパン太が顔を出し、俺はなぜここにいるのかを思い出そうと天井へ視線を移す。


 古の魔王イオスがやってきて、タマモのばあさんが殺されそうだったから――。


 そうだ!

 俺はイオスと戦ったんだ!


 体を起こそうとするが、全身に痛みが走る。


「まだ完治しておりません。どうか安静に」


 駆け寄ってきたカエデが、再び俺を寝かせる。

 さらに癒やしの波動を使用して痛みを緩和してくれた。


 腕などを確認する。傷はない。


 しかし、蓄積したダメージは抜けきっておらず、痛みと疲労感があった。


「どのくらい寝てた?」

「十二時間ほどでしょうか」


 てことは今は翌日の早朝か。


 白狐の天獣域に運ばれたようで、開け放たれている扉の外は夜だった。


「うわっ!?」


 カエデとフラウが抱きつく。


「生きてて本当に良かった。あのような無茶はもうお止めください」

「そうよ、死んだかと思ったんだから」

「心配かけて悪かった」


 二人の目は赤く腫れている。


 迷惑かけたことに深く反省した。

 どうやらもう簡単には死ねないらしい。


「あんたらもそろそろ休んでおきな。坊やの面倒は他の者に任せておくさ」


 タマモが部屋へと入る。


「ご主人様のお世話は私がいたします」

「休んだ後にでもすればいい。誰かカエデを連れて行っておくれ」

「そんな!? ごしゅじんさま~!」


 白狐の人達がやってきて、カエデをがっちり捕まえて引きずって行く。

 フラウとパン太も後を追ってふわふわ飛んでいった。


 残ったばあさんは表情を引き締め正座する。


「助けてくれたことに感謝するよ。あたしだけじゃ間違いなく死んでた」

「やめてくれよ。俺はカエデが悲しむのが嫌だから戦っただけで、礼ならカエデに言ってくれ」

「たとえそうだとしても命を救われたのは事実だ」


 彼女は深々と頭を下げた。


 やっぱカエデのばあさんだな、律儀という生真面目。

 俺なんか無視すりゃいいのにわざわざ頭を下げに来るなんて。


「そう言えばあの雷撃すげぇ助かったよ。あいつの目が潰れてなかったら、死んでたのは俺の方だったからさ」

「あんた、気づいていないのかい」

「何が?」

「……いや、今のは忘れておくれ」


 なんなんだよ。気になるだろ。


 腰の辺りを虫が這った様な気がしてぽりぽり掻いた。



 ◇



 再建していた本堂が完成した。

 ヤツフサのじいさんはドヤ顔で中へ案内する。


「以前のよりも立派に作ってやったからな。千年は建て替え不要じゃい」

「誰も改良して欲しいなんて頼んじゃなかっただろう。でもまぁ、とりあえず感謝しておくさ。あんた達、次元鏡を運んできな」

「はっ」


 ばあさんの指示で本堂の中心に鏡が運び込まれる。

 天獣域の入り口となる鏡だ。


 じいさんの説明では、鏡のように見えて実際は鏡ではないらしい。


 一通り詳しい説明は受けたがさっぱり理解できなかった。


「なんだ、留守にしたのは悪かったな」

「伝えるべき相手はあたしじゃなくトール様じゃないのかい」

「それなら大丈夫だ。じいさんからは散々謝罪されたから」


 戻ってきたじいさんは、もういいってくらいに何度も謝罪をしてくれた。

 お土産の魚も美味かったし全然気にしてない。


「で、体の方はもういいのかい」

「完治ってほどじゃないけど、もう痛みはほどんどない。昔から傷の治りは早いんだ」

「……それなら良かった」


 ばあさんとじいさんが視線で言葉を交わした気がした。

 そんなに俺の怪我が心配だったのだろうか。


「坊やに渡しておきたいものがあるんだった。このあとカエデ達を連れてあたしの部屋に来ておくれ」


 彼女は鏡を抜けて天獣域へと戻ってしまった。



 ◇



 最初にここへ来た際に通された大きな部屋。


 タマモは最奥で背筋を伸ばして正座している。


「旅立つあんた達に渡したい物がある」

「それはつまり、旅に出ても良いと言うことでしょうか」

「どうせ止めても出て行くんだろ。だったら親として快く送り出した方が心持ちもいいってものさ。それにトール様は信頼を裏切らない御方、大切な家族を預けるのになんの不都合もない」


 いつの間にかカエデの同行が許されていたらしい。

 これで大手を振ってここを旅立てるわけだ。


 彼女は大切な仲間で家族、こんなところで中途半端に別れるのは嫌だったんだ。


「あたしから渡すのは二つ。一つはこれ」


 タマモは長方形の木箱をこちらへ差し出す。

 蓋を開けてみると、中には巻物が一つ収められていた。


「これは一族の奥義書!?」

「もうあんたは一人前の白狐だ。レベルだって先の戦いで五万に到達したんだろ。さぁ、見せておくれ、その九つの尻尾を」


 カエデの尻尾が大きく膨らんだかと思えば、花びらが開くように九本の尻尾が現れた。


 部屋の中の気温が一気に低下し、カエデから膨大な魔力がにじみ出る。


「さぶっ」

「きゅう!」

「申し訳ありません。気を緩めると魔力が漏れ出てしまうようで」

「カエデ、その尻尾は」

「レベルアップしたことで、肉体の再構築が起きたのです。現在の私は九尾白狐」


 予想は当たっていたってことか。


 元々彼女の肉体はポテンシャルが非常に高い。

 今まで肉体の再構築が起きなかったのもそれが原因だ。


「話を戻すが、その巻物にはあたしが編み出した術が記してある。白狐の魔法はそのどれもが上位の敵を倒す為に編み出されたものだ」


 カエデは封を解き、巻物をするりと開いた。


 中には俺の知らない文字でつらつらと記されており、内容を知ることはできなかった。


「この【氷滅界】と書かれた魔法は?」

「どうにもならない時に使う奥の手だよ。言うなりゃ自爆技、どんな敵だろうが葬り去る生涯にたった一度きりしか使えない最強の魔法だ。使わないに越したことはないけど、そうはいかないって状況もあるだろ」


 タマモはそういいつつ『絶対に使うんじゃないよ』と暗に目で訴えていた。

 俺は黙って頷く。


 カエデを守り抜いてみせるさ。命に代えてでも。


「最後の一つは……でかいからここでは見せられない。付いてきな」


 デカい?

 金塊でもくれるのだろうか。




「卵……? にしてはデカすぎないか?」


 本堂の横に置かれた五メートルはあろう大きな卵。

 表面は磨かれたように白く光を反射していた。


「きゅう! きゅ、きゅう!」

「わわっ、なになに!?」


 パン太がフラウを放り出して卵に近づく。


 しきりにくんくん臭いを嗅いで、卵の回りをぐるぐる回っていた。


「これは……もしかして強化卵でしょうか」

「眷獣ってのは元々は生活を支援するだけのサポート生物でね、戦闘能力は持ち合わせてなかったのさ。けど、戦争が本格化してその在り方も変化していった。戦う為の能力が付与され、さらに能力を強化する強化卵ってのも製造された」


 脳裏に手持ちの眷獣達がよぎる。


 考えてみればどれもが愛玩動物のように可愛い姿をしている。もしかすると元来はペットのような位置にあったのだろうか。

 それが戦争によって変化して、戦う力を与えられてしまった。


 タマモは話を続ける。


「戦争末期になると、最強クラスの強化卵が生み出されたのさ。それに伴い専用の眷獣も創られた。ただ、それらの眷獣は強化後の姿に能力を振りすぎて、強化前は最弱と呼ばれるような代物になってしまったそうだ」

「それって……」

「もう分かってるだろ」


 パン太が最強の眷獣だったのか。

 ずっとパーティーに貢献できずに悩んでいたパン太にそんな力が。


 俺もカエデも嬉しさに目元が緩む。


 特に大喜びしていたのはフラウだった。


「やった、やったわよ! あんた最強の眷獣だったのよ!」

「きゅう!」

「よがっだね゛ぇ! うわぁぁあ!」

「ぎゅううう!」


 フラウもパン太も泣き出してしまう。


「先に伝えておくけど、その子の強化には時間がかかる。最短で一週間、最長で一ヶ月は覚悟しておいた方が良いね。卵は置いて旅立つのをお勧めするさね」

「パン太を置いて行けと?」

「案ずる必要はないさ。眷獣ってのは主の居場所を刻印を通して把握してる。孵ったらすぐにでも合流してくるよ。その子は任せてあんた達は先へ行きな」


 パン太は目を潤ませ強化卵へと飛んで行く。


 置いて行かれても強くなりたい、そんな強い意志が伝わった。


「白パン、ちゃんと戻ってきなさいよ!」

「きゅう!」

「お強くなったパン太さんを楽しみにしていますね」

「きゅ、きゅう!」

「待ってるからな」

「きゅう!」


 がばりと開いた卵へパン太が飛び込む。

 蓋は静かに閉じて行き、卵の表面にぼこぼこと突起が出現した。


 ぶしゅうう、突起から蒸気が噴出し、脈動が開始される。


 パン太のいない旅が始まると思うと妙な気分だ。


「白パンがいない、フラウのベッドが……」

『きゅう!』


 卵の中からパン太の怒りの声が聞こえた。


 あ、まだ受け答えはできるのか。

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