192話 戦士と狐耳奴隷の故郷3
「あの子とはもうヤったのかい?」
初めて会って聞くことがそれかよ。
このばあさん正気か。
「なんだい、まだやってないのかい? 呆れた男だねぇ。あれほどのものを傍に置いてて手を出さないなんて、とんだ腰抜け野郎じゃないか。そのぶら下げてるのは飾りかい」
「ちょ、やめ」
「手ほどきしてあげるよ。あんたらちゃんと押さえておきな」
二人の女性が背後から俺の肩をがっちり抑える。
立ち上がったタマモは、舌なめずりして大きく開いた裾から白い脚をすらりと出す。
彼女は床に片手を突き、獣のようににじり寄り、整った美しい顔と重みで僅かに下がる豊満な胸を近づけた。
フラウとパン太は「はわわ、えっちだ……」と固まっていた。
「大婆様! お戯れはこれくらいに!」
「おや、もう準備ができたのかい」
カエデは扉を勢いよく開け、憤怒の表情でタマモを睨む。
いつもの恰好ではなく、色鮮やかな服を身に纏い着飾っている。
キモノと言ったか。いつも以上に美しい彼女に目を奪われてしまった。
タマモは元の位置に戻り、つまらなそうに自身の爪を眺める。
「別に戯れってわけじゃないさ。男としての機能を確かめるのは当然のことだろ。それに初めての相手がド下手じゃウチの姫が可哀想じゃないか。手ほどきくらいはしておかないとね」
「結構です! ご主人様はあっちもすごいんです!」
「そうかい、それはそれで気になる――」
「大婆様!!」
いやいや、至って普通だから。
カエデはさっきから何を言っているのか。
自分の発言を理解した彼女は、みるみる顔が赤くなった。
「ううっ、恥ずかしさで死にそう」
「あの物静かで泣き虫だった子が。これもこの男の影響かね」
ニンマリするタマモへカエデがキッと睨んだ。
「大婆様、乱暴な物言いはお止めください。私を救ってくださった恩人の前ですよ」
カエデはタマモの横に座り、床に手を突いて深く頭を下げる。
所作は美しく洗練されていた。
今まで一緒にいた彼女は幻だったのでは、などと思うほど現実味のない空気を纏っている。
育ちが良いなんてレベルじゃなかった。
まさしく姫、高貴な育ちの御方。
「病魔に蝕まれ死に行く運命だった私を、トール様が救ってくださいました。居場所を与えてくださり、愛情も、力も、仲間も。そればかりかこうして故郷にまで。貴方様があの日、私を見つけなければここにはいなかったでしょう」
「うん、まぁ、俺もあの時は病んでたから……」
「どれほどの感謝の言葉を重ねても伝えきれません。白狐次期当主として、一族を代表し深く感謝申し上げます」
改めてお礼を言われると照れくさいな。
普段とは雰囲気も違うし。
「助けた上に立派に成長させて、あたしのところにまで戻してくれたんだ。良い働きをしたよ。さぞ長旅だっただろう、疲れが癒えるまでしばしゆるりと過ごすといいさ」
なんだろう、タマモの言葉に違和感が。妙にひっかかる。
カエデがすかさず口を挟む。
「大婆様、先にもお伝えしたはずです」
「なんの話だったかね。あんたがここへ戻り一族はようやく安心できた。この男も褒美として一生かけても使い切れない財をもらい喜ぶ。全て万々歳じゃないか」
「そこに私の気持ちが入っておりません! ここへは顔を出しに寄っただけ、トール様と旅に出るとお伝えしたはずです!」
ああ、そうか。
タマモはカエデを返すつもりがなかったのか。
さすがカエデだなぁ、俺でははっきり気づけなかった。
「ちょっとおばさん、フラウ達からカエデをとるつもり!?」
「きゅう!」
「誰がおばさんだ。言っておくが、元々この子はあたしのものだったんだ。この子の行く道はあたしが決める。赤の他人が横から口出しするんじゃないよ」
「大婆様!」
「すでに決定事項だ。あんたはここに残り跡取りとなる。そこの男と子をもうけたいなら別に止めやしない、いくらでも作ればいいさ。そのくらいの時間は与えてあげるよ」
考えてみればこうなるのは自然の流れだよな。
可愛い孫?が、ずっと行方知れずだったんだ。
加えてカエデはとびっきり可愛い、ばあさんが過保護になるのも当然だ。
「カエデは必ず守る。信用してくれないか」
「信用しろだって? 龍人であるあんたをかい?」
俺が龍人だってこと知ってるのか。
タマモの顔から微笑が消え、怒りを含んだ表情へと変わる。
「どうせ外の阿呆犬は、簡単に尻尾を振って腹を見せただろう。あたしは違う、あいつらがしてきたことを忘れないよ。用が済んだらポイ捨てさ。あたしらが向けた忠誠心も尊敬も愛情も、全部捨てやがった」
彼女の毛が逆立つ。
指に力が入り爪が鋭く伸びた。
激烈な殺気に身がすくむ。
「ふん、当事者でもないあんたに言っても無駄なことなんだろうね」
ばあさんは勝手に納得して冷静になる。
一方の俺は混乱していた。
天獣と古代種は単純な主従関係ってだけじゃないのか。
ばあさんの怒りが尋常じゃない。
過去に何があったのだろう。
「あー、血圧が上がっちまったじゃないか。古代種の血を引くあんたの顔を見るってんで、薄々こうなることは予想はしてたが、案の定腹の怒りをぶちまけちまった」
「大婆様、まだ話は終わっておりません」
「旅には行かせないよ。あんたはここに残り、そいつは褒美をもらってさよならだ」
「大婆様!」
「話は終わりだ。まだ例の襲撃者も撃退に留まってるんだ。いずれまた来るだろうが、その時はあんたにも戦ってもらうよ」
タマモは立ち上がり、僅かに右足を引きずるようにして部屋を出た。
そう言えばあのばあさん負傷してたんだよな。
まったくそんな素振りは見せなかったが、実はかなり無理してるのかも。
例の襲撃者ってのも気になる。
カエデが俺に頭を下げた。
「申し訳ありません。大婆様もご主人様にはとても感謝しているのですが、なにぶん小さくか弱かった私を、守りも付けず外に出したことを悔やんでいるようで」
「保護者意識全開になってるのね」
「きゅう」
「仕方ないさ。時間を掛けて説得しよう」
「はい」
幸いばあさんは好きなだけ泊まっていい、的なことを言っていた。
時間があるなら可能性はまだある。
カエデが真っ赤な顔を両手で隠してぷるぷるしている。
「こ、子作りにはまだ心の準備が」
……カエデさん?
◇
風呂があると言うので案内されると、すでにヤツフサとオビ、その他白狼勢が湯に浸かっていた。
「おう、お先に入らせてもらってる」
「俺よりじいさんの方が働いてるからな。先にいただくのは気が引けていたんだ」
木製の椅子に座り頭と身体を洗う。
湯を頭からかぶって全て流せばすっきり。
夜空の見える風呂へ身を沈めた。
「外の風呂か、景色も見えてテンションが上がるな」
「白狐の露天風呂は昔から格別じゃい。たまーに入りたくなって、ここまで来るんじゃが。あのババア高い入浴料とりやがる。こんなことでもなけりゃ、タダで解放なんてせんだろう」
なるほど、工事を引き受けた理由にこれもあるのか。
白狼の風呂も良かったが、ここもひと味もふた味も違っていい。
じいさんは縁の岩に背を預けた。
「あれだ、ババアのことは気にするな。襲撃で気が弱くなってるだけだ。いざとなればわしが説得してやる」
「いいよ。これは俺達の問題、俺達だけでなんとかするよ」
「嬢ちゃんをくださいって言うのか?」
「ばっ、ちがうって! まだそんなんじゃ!」
「ほうほう、まだか。いいのぉ、ババアのところは。オビは未だに娘っ子の一人も連れてこんから心配で仕方がないのだが」
じいさんはオビの方をちらりと見る。
挙動不審に目を泳がせたオビは、消え入るような声で返事をする。
「い、いずれ……」
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