191話 戦士と狐耳奴隷の故郷2


 村のすぐ近くに山があり、白狐はそこで居を構えているそうだ。


 山頂に通じる長い石階段を登る。


 階段は不揃いでボコボコしていて歪。

 だが、その古めかしさが妙に懐かしく楽しい。


「こぉん!」


 まだ幼い小さな狐が、階段を駆け下る。


 それを見たカエデは嬉しそうに大手を広げて屈んだ。


「コンちゃん!」

「こぉん!」


 見事な金色の体毛をした子狐が、カエデの腕の中に飛び込む。


 オビは感心した様に頷いていた。


「金色夜狐を使役しているとは、いやはやさすが白狐ノ神」

「強い魔物なのか?」

「ええ、あれはまだ幼体ですが、成長すると非常に強力な魔物となります。俺のオルトロス以上の希少種です」


 へー、あの狼オルトロスって種類なのか。

 見た目からして強そうだもんな。


 けど、ウチのベヒーモスだって負けてないからな。


「あ、コンちゃん!」

「う゛うう」


 がぶっと、コンちゃんが俺の足を噛む。


 フラウとパン太がニヤニヤしていた。


「嫉妬してるのよこの子。主様からカエデの匂いがぷんぷんしてるから」

「きゅう~」

「私の匂いがご主人様から、恥ずかしいです」


 おい、誰かこの子狐を止めてくれ。

 ずっと歯を立ててがりがり噛んでいるのだが。


 俺は子狐をじっと見下ろす。


 かぱっ、と口を開いて目をまん丸にしたコンちゃんは、床にごろんして甘えるようにお腹を見せた。


「敵わないって気が付いたみたいね。あっさり降伏したわ」

「きゅう」

「ダメですよ、ご主人様はご主人様なんですから。めっ」

「こぉん」


 子狐は尻尾を垂れて力なく鳴いた。



 ◇



 山頂に到着。

 階段の終わりには石でできた門のようなものがあった。


 それをくぐると広々とした敷地が眼に入る。


 山頂は石畳が敷かれ、木造の立派な建物が並んでいた。


 その中の中央に位置する場所では、多数の白狼が作業を行っている。


「これが終わったら飯にするぞ」


 建物を再建しているのだろう。

 設計図を持って指示を出すのはヤツフサのじいさんだった。


 しかし、あの恰好はなんだろう。


 紺色のだぼっとした服に頭にははちまきを締めている。

 靴も見慣れない形状とデザインだ。


「ヤツフサ様、トール様がお越しになられました」

「おおおおっ! こりゃあ失礼いたしました。出迎えもせずこのような場所にまで歩かせちまって。ウチほど綺麗な場所じゃねぇが、すぐにお茶をお出ししますんでゆっくりしてください」


 じいさんは満面の笑みで一礼した。


 前にも感じたが、じいさんとカエデのばあさんは仲が悪いようだ。

 言葉の節々にそれがにじんでいる。


「あの、ヤツフサ様、大婆様は……」

「ババアならだ。まだ動ける状態じゃねぇが、減らず口をたたけるくらいにはピンピンしてる。行って安心させてやんな」

「はい! ご主人様、少しの間離れてもよろしいでしょうか?」


 頷くと、彼女はぱたぱたと子狐を連れて駆けていった。


 向こう側ってのは天獣域のことだろう。

 白狐はここには暮らしていないと考えるべきか。


「階段を上がって疲れたわね。甘いものが欲しいわ」

「きゅう~」

「フェアリーの嬢ちゃんはタイミングがいい。ちょうどさっき、大福を作ってもらったところなんだ。もちろん食うよな」

「大福ってなに!? 美味しいの!??」

「きゅ!」


 フラウが眼をキラキラさせた。





「んま~い!」

「きゅ~」


 フラウはぐにょーん、と白い菓子を咥えて引き延ばす。


 もぐもぐ。

 変わった食感だが、もっちりしていて甘く癖になる。


 これ、どうやって作っているんだ?


「うめぇだろ。わしゃこいつが大好物よ。仕事の後の茶とこれは格別」

「長生きしてるだけあっていいもの知ってるわね。お礼にあとで肩たたきしてあげるわよ」

「ほう、そいつはいい。そんじゃあ、もう一個やる。沢山食えよ」

「やたー! ありがとうおじいちゃん!」

「うんうん、子供はこのくらいがかわええの」


 見た目に騙されるな、そいつは28歳だぞ。


 湯飲みを掴んで茶を喉に流す。

 香りが良く程よい渋みにほぅと息を吐いた。


「どうしてまた、じいさん達が建ててるんだ」

「ん、まぁ、あいつらにもできなくはないだろうが、なんせどいつもボロボロでひどい有様での。しかたなーく、この仕事を引き受けてやった。あのババアとは腐れ縁だしのぉ、見るに見かねてってところだ」

「なんだ仲いいのか」

「違うわい! しかたなくじゃい、しかたなく!」


 照れなくてもいいのに。

 素直じゃないな、じいさんは。


 俺は大福を食いながら、階段の最上部から麓を見下ろす。


 良い景色だ。

 のどかでずっといたくなるような場所。


 カエデはこの景色を見ながら育ったのかな。


「トール様でございましょうか」


 声をかけられ振り返れば、顔に白い布をかけた女性が三人いた。


 彼女達はいずれも白い狐耳と尻尾を有しており、その身に白い上衣と赤い裾の長い下衣を身に纏っている。


「ああ」

「タマモ様がお呼びです。案内いたしますので、どうか後に」


 女性達は敷地にある古びた小屋へ案内する。

 中には予想通り鏡があり、一人、一人、と鏡へと身を沈めていった。


 俺達も鏡へ。



 ◇



 広がるのは深い闇。


 両側には竹林が生い茂り、まっすぐに伸びる道には、点々と楕円形のぼんやりと光る照明器具が並んでいた。


 見上げると竹の間から星空が見える。


 この天獣域は常夜らしい。


 ぬるい風に揺れる葉のざわめき。

 怪しい気配がじっとりと身体にまとわりつく。


「なんか、すっごい見られてる感じ」

「きゅう」

「あれは――」


 竹林の向こうで紫の炎が宙を走る。


「お気を付けください。ここには物の怪がおりますゆえ」

「私達から離れると食われるやも」


 三人の女性は何が可笑しいのか、くすくす笑う。


 物の怪、つまり魔物がいるのか。

 どんな魔物だろう。ちょっと気になるな。


「なぁ、今のやつ見てきてもいいか」

「ご冗談を、そのような時間は――え」


 俺の手にはすでに、紫の炎に包まれた頭蓋骨が握られている。


 近くにいた奴を掴んで戻ってきたのだ。


 アンデッドだと思うが、記憶にないタイプだ。

 炎も幻ではなく、実際に燃えている。


「魔界しゃれこうべが……いともたやすく……」

「面白い名前だな」

「うわぁ、頭蓋骨が燃えてる」

「きゅう」


 解放してやると、魔界しゃれこうべは泣き声をあげて逃げる。


 ここは他にも色々いそうだ。

 散策しがいがありそう。


「す、すこしはできるようですね、カエデ様がお連れになった御仁なだけあります。しかし、あれを素手で掴むとは……」


 案内の女性の声がうわずっている気がした。


 もしかして捕まえちゃダメなやつだったか?

 そのタマモが飼ってる魔物とか?


「では、付いてきてください」


 歩き出した女性達を追った。





 その後、俺達は不思議な場所をいくつも通り抜けた。


 火の玉が無数に飛び交う墓場。

 黒い岩のような塊が点在する草原。

 カエルのような鳴き声が響く沼地。

 数え切れない狐の石像が並んだ十字路。

 壊された狼と狸の像。


 白い花が咲く草原へたどり着いたところで、この案内も間もなく終わる気がした。


 再び景色は竹林へと戻り、木造の大きな門へと到着する。


「お客人、ご案内いたしました」

「開門願い」

「開門願い」


 女性達の声に反応し、まだ真新しい大きく分厚い扉がぎぎぎと開く。


 扉の向こう側には、立派な屋敷があった。

 三人の案内は沈黙したまま奥へ。





「ここでお待ちを」


 部屋に通された俺達は、絵が描かれた紙の扉――襖と言うらしい。以前にじいさんに教えてもらった――の前に座らされる。


 すっと、扉がひとりでに開かれた。


 奥でけだるそうに煙を吐く女性。

 見た目は三十代、真っ先に目をひくのは長く白い九本の尻尾だ。


 女性は緩やかな襟から深い谷間をおしげもなく見せ、煙管キセルを吸う。


「あんたがウチのカエデを保護したって子だね」

「トールだ。こっちはフラウで――」

「自己紹介は不要だよ。カエデから聞いてる」


 こんっ、煙管の灰を火鉢に捨てる。


 彼女がカエデの大婆様だろうか。

 なんとなくヤツフサのじいさんくらい長生きしていると思っていたが、それにしては見た目は若く恐ろしく妖艶だ。


 視線、仕草、言葉、全てが男性を虜にする妖しさを帯びている。


「遙々カエデを届けてくれたことに感謝するよ。で、あの子とはもうヤったのかい?」

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