190話 戦士と狐耳奴隷の故郷1


 長い長い荒野の旅が終わり、俺達は自然豊かな山の中にいた。

 この一帯は小高い山々が連なる、人の手があまり入っていない領域だ。


「ああ、はわわ、でも、やっぱり」


 隣を歩くカエデがずっとそわそわしている。


 妙に落ち着きがなく、何度も景色を確認しているようだった。


「ちょっとカエデ、さっきからなんなの」

「そのですね、でもまだ確信が……」

「あーもう、うざったいわね! さっさと吐きなさいよ! 早く吐け!」

「いたい、いたいですフラウさん! とれちゃいます!」

「きゅう!?」


 キレたフラウが、カエデの狐耳を引っ張る。


 やめなさい。

 カエデが嫌がってるから。


 俺はフラウを落ち着かせてカエデの頭から引き剥がした。


「見覚えのある景色だと思ったんです」


 カエデが漏らした言葉に俺達は顔を見合わせた。


 それってまさか。

 とうとう来られたのか。


「カエデの故郷が近くにあるってこと?」

「だと思います。位置的にもこの辺りのはずですし」

「やったなカエデ!」

「ばんざーい! おめでたねー!」

「きゅう~!」

「おめでたとは違うと思いますが、はい、ようやく戻ってきました」


 俺とフラウとパン太は喜びはしゃぐ。


 長い長い道のりだった。

 ようやく彼女の故郷にたどり着いたのだ。


 そうか、ここがカエデの。


 そう思うと不思議と特別な景色に見える。


「大婆様が心配です。無事だといいのですが」


 ハッとする。


 しまった。カエデの故郷は何者かに襲われたのだった。

 唯一彼女は転移魔法陣で逃がされ、追っ手から逃げることができた。


 喜んでいる場合じゃなかった。


 突然、カエデが鼻を鳴らし振り返る。


「この匂いは」

「どうした――あれは?」


 白い塊が猛スピードで道を駆けていた。


 それは高く跳躍し、俺達の前へ滑るように着地する。


「オビ!」

「トール様、ようやく追いついた!」


 大きな灰色の狼の背に、天獣白狼一族のオビがいた。


 彼は飛び降りると片膝を突いて頭を垂れる。


「火急のご報告があり、御身を探しておりました。到着が遅くなったこと深くお詫びいたします」

「謝罪はいいから。報告って?」

「はっ、白狐ノ神への襲撃についてでございます。トール様よりお話しを受けたヤツフサ様は、ただちに現地へと一族の者を向かわせ調査を行いました。その結果、九尾のタマモ様とその一族を保護することができた次第」

「大婆様が!?」


 カエデの家族が生きている!?


 良かった、本当に良かった。

 ヤツフサのじいさんに頼んだのは間違いじゃなかった。


 カエデ!?


 安堵した為か、カエデの足から力が抜ける。


 咄嗟に彼女を抱きかかえた。


「も、申し訳ありません、緊張が抜けて力が」

「いいんだよ。良かったな、家族が無事だったんだぞ」

「はい。みんなが無事で……うううっ」


 嬉しさの余り彼女の顔はくしゃと泣き顔となる。


 オビは彼女の反応に戸惑いつつも、報告を続けた。


「負傷者多数に領域もひどく荒らされており、すでに現地にはヤツフサ様が直接入られて指揮をされております」

「ヤツフサのじいさんが?」

「是非トール様にもお越しいただけると」

「行くに決まってるだろ。そこまで案内してくれ」

「御意」


 カエデをデカい狼の背に乗せ、俺達はカエデの故郷へと進み出した。



 ◇



 オビは俺達の匂いを追ってここまで来たそうだ。

 合流が遅れたのは荒野の大雨が原因だと彼は言った。


 匂いが流され、一時は完全に足跡を見失ってしまったらしい。


 再び見つけたのは隕石のある街。

 そこで彼は匂いを見つけ、ようやくここまで追いかけることができたそうだ。


 俺はメッセージのスクロールを使えばよかったんじゃ、と言ったら彼は「あ」と黙ってしまった。


 しっかりしているようで意外に抜けている。


 そんな感じで話をしつつ道中はのんびりしていた。





「――見てください! 村です! 眷属の村!」


 狼の背からカエデが嬉しそうに指を差す。


 白狐の一族には、眷属として狐部族が仕えているそうだ。


 白狼族とは違ってこちらでは主と眷属との交流が頻繁に行われ、カエデも眷属と僅かながら面識があったそうだ。


 村に入るなり武器を持った住人が行く手を遮る。


「おまえら、何用でこの村さ来た。タマモ様に危害加えようってんなら、おらさ達が相手になる」

「お待ちください。皆さん、どうか矛をお収めください」


 カエデが地面に足を付け静かに前へと。


「誰さ、あんた。白い毛……まさかタマモ様の!?」

「お久しぶりです。カエデ・タマモでございます」

「カエデ様!? カエデ様はまだめんこい幼子で――いや、でも、境内が襲撃された時になんとか逃がされたって、まさか、本当にカエデ様か?」

 

 彼女は母の形見である鉄扇を渡す。


 白の服に灰色のだぼっとしたズボンを穿いた老人は、ソレを受け取りじっと観察する。


「紛れもなくイチョウ様の持ち物。これをお持ちということは、やはり貴方は姫様なのですな」

「ご心配をおかけいたしました。このカエデ、ただいま戻りました」

「ああああああっ! 姫様、よくぞ!!」


 一斉に住人がひれ伏す。


 姫様と呼ばれ、カエデは少しむず痒そうだった。


 狐部族の総数はざっと見て千人程度。

 だが、ほぼ全ての住人が、老若男女関係なく鍛え上げられているようだった。


 しかし、ウチのカエデが姫とは。


 こりゃあ、下手なことは言えないな。


「あんた達、カエデにばかりへーこらしてる場合じゃないわよ! ここにおられるはカエデの主様なんだから! まず先に、こっちにご挨拶すべきでしょ!」


 フラウが場の空気を読まず盛大に発言する。


 住人がカエデとフラウの首にはまる首輪を見て、それから俺へと鋭い視線を投げた。


 殺気立つ彼らは立ち上がって武器を抜く。


「我らが姫様を、奴隷などと! 今すぐぶった切ってくれる!」

「おうよ! 不遜な輩は血祭りじゃい!」

「ヒューマンごときが偉そうな顔をしおって! おめぇ何様だ!」

「姫様を解放するんじゃい! ぶち殺せ!」


 村人の殺せコールが始まる。


 原因となったフラウは青ざめた顔で「あわわ」と震えていた。


 あとでお仕置きだからな。

 言わなければ穏便に済ませられたのに。


 大剣の柄へ手を伸ばしたところで、オビが住人の前へと出た。


「静まれ、白狐ノ神の眷属よ。我が名はオビ。誉れ高き白狼の次期当主である。ここにおわす方は大口のヤツフサが認めし我らが主なるぞ」

「白狼ノ神!? しかし、姫様を奴隷など!」

「トール様は龍人、我らが失って久しい真の主だ。それでもなお刃を向けるというのなら、このオビが貴様達の相手をいたす」

「龍人!? 古代種!? し、失礼いたしました!!」


 住人は武器を放り出し、再び平伏した。

 古代種ってだけでこの有様。


 龍人がとんでもない存在だってことは俺も理解はしているが、こうなる理由を俺はもっとよく知るべきなのだろうか。


 ヤツフサのじいさんに聞けば何か分かるかも。


「ありがとうございます。本来なら私が彼らを諫めなければならない立場なのに。彼らには徹底的にご主人様の素晴らしさを伝えておかなければなりませんね」

「このくらいこと。しかし、さすがカエデ殿。トール殿のご意志を誰よりも理解されているようだ。是非俺にもご教授いただきたい」

「オビ殿の忠節には頭が下がります」


 カエデとオビがニコニコ会話をしている。


 二人の俺に向ける絶対的信頼度が痛い。

 カエデも大概だったが、オビも引けを取らない異常ぶりだ。


 ほら、フラウとパン太がドン引きしてるぞ。


「参りましょうか、ご主人様」

「ささ、行きましょうトール様」


 う、うん……。

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