189話 ドラゴンと隕石に興奮する戦士


「おめでとうございますご主人様! 30000到達のお祝いをしなくてはなりませんね!」

「いいよ。喜べる心境でもないしさ」


 俺は二人へ歩きながら報告していた。


 もちろんあの昨夜の馬鹿げたレベルアップについてだ。

 30000なんて数字に未だに己の正気を疑っている。


「ふふん、これでますます主様に逆らおうって輩が減るわね。30000よ、30000。どんな敵もその数字にビビって裸足で逃げ出すわ」

「ご主人様へ刃向かう愚かな方々が減少することは大変喜ばしいことです。その上でご主人様の素晴らしさを理解していただけるともっと嬉しいのですが」

「看板とか作ったらいいんじゃない『レベル30000の龍人、全員ひれ伏せ!!』って書いた看板を掲げてさ」

「名案ですね! まずは世間にご主人様を知っていただかないと!」


 冗談じゃない。

 俺が目立つの嫌いだって知ってるだろ。


 今まで通りレベルは隠す。化け物を見るような目で見られたくはない。


 ずずずず、ずずずず。


 地震だろうか。先ほどからやけに地面が揺れる。

 ずっと足下がぐらぐらしてて変な気分だ。


「ねぇ、あの山動いてない?」


 遠くにある大きな山が僅かにだが移動していた。


 まさか、いやでも。


「鑑定してみたのですが……どうやらあれは生き物のようです」


 どうみても山にしか見えないが?

 よ、よし、近づいて確認しよう。


 向こうもこちらに向かっているのか、歩みを進めるほどにそのシルエットがはっきりする。


「「「…………」」」


 見上げるその先に、巨大な正統種ドラゴンがいた。


 レッドドラゴンに比べると、全体的にずんぐりしていてがっしりとしている。

 翼はなく、砂に汚れているせいなのか、それともそういう体色なのか、薄茶色の鱗に覆われている。


 正統種らしく凶暴さを形にしたような顔つきだが、その眼は穏やかで眼下にいる生き物には一切目をくれない。


 正統種上位アースドラゴンだ。


 むこうでは古い書物にのみ記載された伝説の存在。

 生きた姿を拝めるなんて。


 その圧倒的質量は男の子のロマン。


 歩くだけで感動だ。


「主様が気持ちの悪い笑顔を浮かべてるけど」

「きっと嬉しいのでしょうね。上位の正統種は極めて珍しいですから。子供のようにはしゃがれるお姿も素敵です」

「あ、そう……」


 アースドラゴンの背中には森があった。

 鳥のような魔物の姿も見受けられ、さしずめ移動する魔物の楽園と言ったところか。


 せっかくだし記念に。


 カエデとフラウとアースドラゴンを、メモリーボックスでぱしゃり。


 ちなみにパン太は刻印でお休み中。

 無理に呼び出すと不機嫌になるので、今回は不在のまま撮影だ。


 荒野を旅するのも悪くないな。



 ◇



 次の街に到着。

 腹を空かせた俺達は、適当な店に入り腹を膨らませる。


「はぐっはぐっ!」

「あむっ! あむっ!」

「ご主人様も、フラウさんも、もう少し落ち着いて食べられては」


 勢いよく食事をする俺達と違って、カエデとパン太は淡々と食べている。


 こんな場所でお行儀良く食べてられるか。

 食べられる時に腹一杯食べておくのは旅人の鉄則だ。


 それに水が美味い。人って不思議なもので、喉が潤うと腹も減る。


「ぐににに!」


 しかし、なんだこの肉。

 やけに弾力があってかみ切りにくい。


 びりっ。


 肉を破いて口の中でもっちもっち噛む。


 迸る肉汁。

 噛むほどに美味さがにじみ出る。

 うめぇうめぇ。


 ざわざわ。


 ……やけに入り口の方が騒がしいな。


 目を向ければ白いローブを纏った三人組がいた。

 彼らは向けられる視線を気にした様子もなく、沈黙したまま席へと座った。


「ありゃSSランクの『第三聖雄騎士団ドライナイツ』じゃねぇか。関わると面倒なことになるぞ」

「けど、どうしてこんな他国の辺鄙な場所に。あいつらの拠点ってクリスナダムだろ」

「やべぇ魔物がこの辺りに出現したってことか?」


 近くの席にいる冒険者達がこちらにも聞こえる声で会話する。


 第三聖雄騎士団ドライナイツ……第三ってことは複数いるのか?

 俺達以外にSSランクを見たのはこれが初めて。


 今は低いランクだが、むこうでは漫遊もSSだったのだ。


 そういや最近ギルドに行ってないな。

 ランクとか放置して全然上げてない。


 三人組の一人、フードをかぶった背の高い男が立ち上がってこちらへと来た。


「待ち人は必ず来る」

「な、なんだよいきなり」

「助言だ。失礼した」


 男は席に戻り腰を下ろす。

 仲間が彼に声をかけた。


「またのか」

「断片的に」

「伝えても無意味だと言うのに」

「それは分からない。もしかしたらこの言葉が希望になるやもしれん。全ては救えない、だがしかし、救える心もある。それだけでもやる価値はある」


 背の高い男とリーダーらしき中背の男は、チラリと見てから視線を外した。


「気味の悪い奴らね。」

「まぁまぁフラウさん。ところで手元にあるパン、食べられてますよ?」

「え? あ、白パン!」

「もきゅもきゅ~」


 パン太はもしゃもしゃパンを食べる。

 ただ、あまり美味しくなかったのか、目の上にシワが寄っていた。


 この辺りのパンは特に固くて、スープに浸さないと食べられたものじゃない。


 痩せた土地だし、小麦ではなく別のもので作っているのかもな。

 風味も小麦っぽくないし。


「主様は隕石に興味ある?」

「そりゃあな。空から石が降ってくるなんて普通じゃないからな。で、隕石がどうしたんだよ」

「さっきたまたま聞いたんだけど、どうもこの街には隕石があるらしいのよ。街の中心部に観光スポットとして置かれてるそうよ」


 ま、まじか!

 隕石めちゃくちゃ見たい!!


 俺もさ、話には聞いたことはあるけど、隕石を直接見たり触ったことはないんだよ。


 生隕石か、緊張するな。


 空から石が降ってくるなんて、もうそれだけでロマンだ。

 俺の中の男の子が興奮して鼻血を出しそうだぜ。


「でかしたフラウ!」

「な、なでて! ここぞとばかりに撫でまくって!」

「よーし、可愛いぞフラウ」

「えへぇ。えへへへ、うへへへ」


 フラウの頭をぐりぐり撫でる。

 今はヒューマンサイズなので、いつも以上にだらしない顔がだらしなく見える。


「フラウさんだけ……ずるい!」


 カエデがぷくっと頬を膨らませていた。



 ◇



 高さ一メートル、横二メートルの黒光りする石があった。

 周囲はレンガで補強され、その半分は地面に埋まった形で置かれている。


 表面には若干の凹みがあり艶があった。


 大勢の人間が触ったことで摩耗してしまったのだろう。


 観光地の石や岩はたいていこうなる。

 人の手ってすごい。


「つめたーい」

「きゅ~」


 フラウとパン太は顔を擦り付けて隕石で涼んでいた。


 ばっちいから止めなさい。

 すみません、すぐに引き剥がしますから。


 この街の住人だろうか、睨んでいる人がいたので急いでフラウを引き剥がす。


「ほんとだ、ひんやりしてる」

「石と言うよりは金属のようですね」


 俺とカエデもぺたりと石に触れる。


 空の上にはどのような世界が広がっているのだろうか。

 そこから落ちてきたこれは、きっと俺の知らない景色を沢山見てきたに違いない。


 ロマンだなぁ。いいなぁこれ。

 うへへ。たまんない。


「主様、恥ずかしいから頬ずりは止めて!」

「きゅう」


 おっと、興奮のあまりフラウと同じようなことをしていた。


「そだ、たまには二人を撮ってあげるわよ」

「いいのですか?」

「その代わりフラウも主様と撮るから」

「はい」


 フラウがメモリーボックスを構えた。

 隕石の前に立つ俺に、カエデがさりげなく身を寄せて微笑む。


 が、フラウが怪訝な表情でメモリーボックスを下ろした。


「どうした?」

「人混みの中にアリューシャがいたような気がしたけど……気のせいか」


 今度こそフラウは、ぱしゃりと景色を切り取った。

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