188話 乙女達の受難その8
「おらおらおらおらおらおらっ!」
アタシの拳が魔物へめり込む。
かつてないほどに力が漲り感覚は研ぎ澄まされている。
オークキングの骨が、粉々に砕ける感触が手に伝わった。
容赦はしない。
この地に暮らす人々の安寧を守る為に。
「どりゃぁああ!」
最後の一発で敵は絶命。
地面は陥没、衝撃が周囲を駆け抜け森を揺らす。
「これで終わりだな」
「今日も惚れ惚れするほどカッコイイにゃ~」
ぱちぱち手を叩くのは相棒のリン。
紅いコスチュームに身を包む、我がパーティーの副副団長だ。
アタシ自身も紅い服装をしており、副団長らしく毅然とした態度をとる。
「お見事ですネイ様」
「本日も素敵です」
「世辞はいい。オークキングを回収しておけ」
賛辞を贈る団員に、アタシはいつものように指示を出しておく。
「どうしてこうなったぁぁああ!」
「ごめんなのにゃ。調子に乗りすぎたにゃ」
自室に戻ったアタシは、リンの膝で顔を埋める。
違う。違うよぉ。
リンは悪くないんだ。
アタシが途中で間違いに気が付かなかったから。
リンの提案で漫遊旅団を名乗り、リンのプロデュースで名を売って、リンの発案で団員を募集して――ハッ、すべてリンが原因!?
「でも、悲観するほどの状況でもないにゃ。ネイと一緒にこの地に飛ばされて、それから第二漫遊旅団を設立、経験値と資金も得て、今じゃ総数二百余りの大所帯にゃ。むしろこの出来事を喜ぶべきにゃ」
「でぼ、アタジ、リーダー向いでな゛い」
「よく言えたにゃ! あんなキレッキレの指示出しておいて!」
「いでっ」
ぺちんと頭をはたかれる。
リンが言ったんじゃないか。
ネイはクールな方がリーダーっぽくてカッコイイにゃ、って!
はぁぁ、トール。
寂しい、会いたい、寂しい、会いたい、寂しい、会いたい。
辛いぃいいいい。どこにいるのトォオル。
異大陸に来てるっていってたじゃん。
迎えに来てよ。
アタシはここだってば。
「いい大人が足をばたばたさせるものじゃないにゃ」
「だって、さびしいのにぃい」
「自分で探しに行けばいいにゃ」
「アタシだって乙女なんだ。大好きな人に迎えに来てもらいたいだろ」
「始まったにゃ、また夢見な発言にゃ。何を食べたらそんなお花畑全開の考えが出てくるにゃ。お野菜にゃ? お野菜食べるとそうなるにゃ?」
アタシをいじめるな。
トールはきっと迎えに来てくれるんだ。
いつだってあいつはアタシのところに来てくれたんだ。今回だってきっと迎えに来てくれる。信じてる。
でも、早く来て。できるだけ早く。
早く早く早くはやくぅううう!
「副団長、お休みの所失礼します。至急お伝えしたいご報告が」
「入室を許可する」
外向きの顔を作り、アタシは近くの椅子に座った。
入室したのは腹心。
彼女は一礼して報告を始める。
「先ほど宮殿より呼び出しがありました」
「なんかまずった?」
「私からはなんとも。それから現在出ている二名より定期報告が入っております」
彼女から封筒を受け取り、便箋を取り出す。
「なんて書いてあるにゃ?」
「……東の辺境で『漫遊』なる新しい称号を創設した国があるって。噂の真偽を確かめるために現地に向かうってさ」
「これでトールと再会できるにゃ。漫遊なんて阿呆な称号、トール達以外に授かる人間いないにゃ」
「阿呆言うな。トールは格好良くて何をしても素敵なんだぞ」
「思い出補正が入りすぎにゃ」
トール達の捜索に信頼できる二名の部下を送り出したわけだが、ここにきてようやく足取りを追えそうだ。
もちろん行方不明の仲間の捜索も行っている。
その辺にぬかりはない。
てか、実のところソアラだけはどこにいるか分かっていたりする。
聞こえてくるとある噂が、明らかにソアラだからだ。
いずれ会いに行くつもりではある。
ただ、噂通りならばこちらもそれ相応の準備をしないと面会すらできないだろう。
今のソアラはヤバい。
あ、うん、元からヤバいやつだったけどね。
◇
『百牙金剛天魔宮』
どでかい門を超え、無駄に広い庭園を抜け、まだ歩かされるのかと内心で文句を垂れつつ、宮内をひたすらに進みたどり着いた部屋に呼び出した人物がいた。
アタシはリンと部下を数人連れて参上する。
「おお、参ったか漫遊旅団!」
「それでご用とは」
「そう急くな。そうだ、美味い饅頭が手に入ったのだ。一つ食っていけ」
「……はぁ」
玉座であぐらをかくのは古の魔王ガンザン。
この国の支配者として君臨する化け物だ。
白い短髪に魔族らしい角を生やした偉丈夫。
アタシ達の前に四つの饅頭が運ばれた。
陛下のマイブームはちょくちょく変わる。
現在は香辛料ルーレットだそうだ。
この中のいずれかに、激辛香辛料がたっぷり入っている。
「これを」
「こっちを食べるにゃ」
「自分はこれを」
「最後は私が」
最初にアタシが一口で饅頭を食べた。
はずれ。
普通の饅頭だ。
「ふぎゃ!? あべべっ!?」
当たりを引いたのはリン。
口を押さえてごろごろ床を転がる。
「うききっ、うきききっ! ひっかかりおった!」
猿のような声を出して大笑いするガンザン。
何が面白いのかさっぱり。
気の遠くなるような年月を生きると、笑いの沸点が低くなるのだろうか。
「貴殿はいつも運がいいな。さすが我が国で十本の指に入るクランの団長だ」
「前にも申し上げましたが、アタシは副団長ですから」
「そう、それだ。いつになればトールとか言う男を連れてくるのだ。その者が真の長だとしても、あまりにも不在が長すぎる。会わせてくれると申すから待っているが」
「どうかもう少しだけお待ちを」
「まぁよい。貴殿が正直者であることは理解している。我が輩は気の長い性格だ。百年でも二百年でも待ってやろう。しかし、貴殿も苦労するな。放浪癖のある男を好くとは」
アタシは「ですね」と冷や汗を流しながら目をそらす。
「それで用とは?」
「仕事の依頼である」
陛下の言葉に合わせて高官が巻物をアタシに差し出す。
中には依頼の詳細が記されていた。
報酬も申し分ない。今月も問題なく団を維持できそうだ。
「依頼内容はゴブリンキングとその配下の殲滅。ゴブリン共は知恵が回る、優秀な手駒を無くさぬよう注意をすることだ」
「心得ております。では、これにて」
一礼してアタシ達は退室する。
「――今回は国王陛下直々のご依頼だ。敵はゴブリンキングと数千の配下、気を抜けば即あの世だ。必ず生きて戻れ」
紅のユニフォームを身につけた百三十五名が、一糸乱れず敬礼する。
イエス、マスタートール!!
団員の応じは全てトールに向けられている。
アタシは真のリーダーの代役に過ぎない。
ここにいる全員がトールの部下だ。
始まりはリンのちょっとした提案だった。
『信頼できる仲間を沢山集めて探させれば、トールも皆もすぐに見つかって万々歳にゃ』
それからアタシは地道にレベルアップしつつ、仲間やスキルの力を借りながらここまで駆け上ってきた。
Lv 66700
名前 ネイ
年齢 26歳
性別 女
種族 ハイヒューマン
ジョブ
格闘家
踊り子
気功師
スキル
ダメージ増加【Lv10】
速度強化【Lv10】
防御強化【Lv10】
経験値増加【Lv10】
ダンシング分配【Lv10】
今日も始める。
ダンシングの時間。
ミュージックスタート。
スタンバイしていたメンバーが演奏を開始する。
流れ出す軽快な音楽。
「みんな、借りてた経験値を利息も合わせて返す! しっかり受け取れ!」
ダンシング分配は、一緒に踊る相手から経験値を貰い受け、さらに他者へ分配を行えるレアスキル。
こうやってアタシは毎日、スキルで増加した経験値を返還している。
ここにいる猛者は、羞恥心を捨てた選りすぐりだ。
漫遊の名に恥じないダンシング戦士。
全員が真剣な表情でアタシのダンスに付いてくる。
誰もがキレッキレだ。
飛び散る汗は輝いてる。
経験値を分配したことで、アタシのレベルが低下する。
66700→6700
けど、着実に自力は上がっている。
アタシ達は個人ではなく全体で戦っているのだからこれでいい。
音楽が終わり、決めポーズで締める。
ぐううう、はずかしいいいいい!!
どうしてみんな平気なんだ!?
アタシは恥ずかしさに死にそうなんだけどぉおお!?
やっぱりリーダー、辞めたい!!
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