187話 オアシスを見つけた戦士
一週間続いた雨がようやく止んだ。
水はみるみる引いてゆき、歩けるくらいになる頃に俺達は世話になった洞穴を後にする。
空にはまだいくらか雲があったが、すっかりいつもの調子を取り戻した太陽がぎらぎら照りつけていた。
歩く度にじゃくじゃく、と音がして足が僅かに沈む。
未だに地面は湿り気を帯びていて、歩いた場所にはくっきり足跡が残っていた。
「たまには自分の足で進むのもいいわよね~」
「きゅう」
「なんですって? 運動不足が気になっただけってどういうことよ。べ、別にフラウは太ってないから。なんなのその目は!」
先を行くフラウは、ヒューマンサイズだ。
本人はああ言っているが、確かに少しつまめそうなくらい太った気がする。
ま、言われるまで気が付かなかったが。
俺にしてみれば、気のせいにしてしまうくらいのレベルだ。
「雨が降った後はいろんな生き物が見られますね」
「だな。これも絶景なのかな」
荒野に多くの植物が生えていた。
数多くの虫が這っていて、どこに隠れていたのか中型や大型の魔物が姿を現している。
雨が止んでからたった数時間なのに、自然とはいつだって俺を驚かせる。
「あれはなんでしょうか」
離れた場所にドームのようなものが見える。
形が歪なので建物ではないようだ。
近づいてみてみると、巨大な頭蓋骨だった。
他にもオリジナルゴーレムのようなものも見つけ、巨大な剣や斧が大地に突き刺さっている。
かつていた種族だろうか。
大昔に巨人がいたと聞いたことがあるが、俺も含めて多くの人間はおとぎ話だと信じている。本当にいたのかもな。もし生き残りがいたら見て見たい。
「こっちに実がなってるわよ」
「きゅ」
フラウの呼びかけに足を向ける。
背の低い樹が生えていて、トマトのような赤い実が椰子の実のようについていた。
「食用として食べられるみたいですね」
「ほんと鑑定って便利だよな」
実をちぎって囓る。
食感はトマトよりも柔らかくねっとりしている。
ほんのり甘く柑橘のような爽やかな香りが口から鼻を抜けた。
「街の市場で見かけたのを思い出しました。こんなに美味しいのなら敬遠せず購入しておくべきでした」
「次に向かう街にも売ってるんじゃない?」
「もきゅもきゅ」
「あんた口元汚れてるじゃない」
「きゅ?」
果実をもぐもぐするパン太の口元を、フラウは布で拭いてあげる。
「ご主人様、お口の横に汚れが」
「悪い」
ハンカチを取り出したカエデが、俺の口元を拭く。
恥ずかしい。他人事のように見てたが、自分も同じ状態だったとは。
拭いてくれるカエデは満面の笑みで幸せそうだが。
「きゃ」
「どうした?」
「その、少しぴりっとしたので」
「……?」
静電気だろうか?
まぁよくあることだ。
湿度が上がったとは言え、ここは元々乾燥している。
静電気くらい、あるよな?
◇
透き通った水で顔を洗う。
傍に控えるカエデからタオルを受け取り拭いた。
「このような場所に水が湧き出していたなんて」
「運が良かったよ。これでもうしばらく飲み水に困ることはなさそうだ」
岩山に囲まれる隠れた水場。
ここから飛び立つ鳥の群れを目撃していなければ、恐らく気が付かなかっただろう。
僥倖。思いがけない幸運だ。
「あんたって間の抜けた顔をしてるわよね」
「ぱくぱく」
「きゅ! きゅうきゅう!」
「ぱく~?」
水辺でフラウがサメ子と戯れている。
パン太はいつものように先輩風を吹かそうとするが、サメ子はよく分かっていないらしくぼんやりとした表情で口をぱくぱくさせる。
二匹の関係はずっとこうだ。
先輩として尊敬されたいパン太と、まったく上下関係に興味がないサメ子。
頑張ればいつかは伝わるかもしれないが、そもそも何を考えているか分からない眷獣なので、それが五十年後か百年後かは不明だ。
俺は強化卵をマジックストレージから取り出す。
「今回はお前の強化だ」
「ぱく!」
サメ子を抱き上げて卵の頭頂部へと持って行く。
がばり、六枚の蓋が開いて強化卵がサメ子を招いていた。
卵の中へ、サメ子を放り込む。
蓋は閉じて脈動を開始した。
……。
…………。
………………。
一時間が経過。
内部より大きな鼓動が聞こえる。
ぶしゅぅううう。
蒸気が噴き出し、蓋がガバリと開いた。
「サメ子?」
「ぱく」
ひょこ、大きくなったサメ子が顔をだした。
前びれを器用に使い、卵から這い出て水場へと飛び込む。
強化後のサメ子は、体色がピンクから鮮やかな赤へと変わり、前びれは大きな手のような形状となっている。
相変わらずぬぼっとした顔つきは変わらないが。
水際に来ると前びれを俺に出した。
にぎにぎ。
「ぱくぱく~」
前びれを握ると嬉しそう。
やはり手のような役割があるのだろうか。
「きゅう! きゅ、きゅ!」
「ぱく~?」
さっそく嫉妬したパン太が、サメ子に調子に乗るなとでも言っているのか鳴き声をあげていた。
もちろんサメ子はよく分かっていない顔だ。
「やっかみは醜いわよ白パン。ここは先輩として我慢しなさいよ。いずれ主様が、あんたの強化卵も見つけてくれるから」
「きゅう……きゅ、きゅ」
「そうそう、サメ子に謝りなさい。大丈夫よ、なんとなくだけどフラウには分かるの。白パンはとんでもなく強い眷獣だって」
「きゅ!? きゅう!!」
元気を取り戻したパン太は、目をキラキラさせて俺の回りを飛ぶ。
早く卵を見つけて、と言っているようだ。
普段は全然構ってくれないのに、こんな時だけ俺に甘えてくる。
白くてふわふわの仲間を撫でてやった。
水辺で夜を明かす。
明かりは焚き火だけだ。
カエデもフラウもパン太も熟睡している。
起きているのは俺とロー助、それから水場でちゃぷちゃぷ泳ぐサメ子。
ロー助は魔物が近づかないよう、絶えず真上を泳ぎ周囲を監視する。
かさかさ。
カエデの近くに小さなサソリが近づいていた。
ナイフを抜いて一突きで殺す。
ロー助の監視も完璧ではない。
こういう小さな生き物はスルーしがちだ。
ぱきっ。
ぱきききっ。
聞き覚えのある音が、俺の中から響いた。
まさか今ので?
こんな小さなサソリだぞ??
《報告:経験値貯蓄のLvが上限に達しましたので百倍となって支払われます》
《報告:スキル効果UPの効果によって支払いが二百倍となりました》
《報告:Lvが30000となりました》
さん、まん……?
何度も数え直す。
錯覚ではなく間違いなく三万だった。
あわわわ、わわわわわ。
恐怖で身体がガクガク震える。
嫌だ、人外になりたくない。
化け物と呼ばれたくない。
30000なんて知られれば、きっと皆が俺に石を投げる。
もう力はいらない。お腹いっぱいだ。
むしろ弱くしてくれ。
「弱く……そうだ! あの鎖!」
ルドラの配下――タッパーだったかマッパーだったか忘れたが、戦った際に手に入れた遺物。実は何かに使えるかもと拾っておいたのだ。
マジックストレージから減力鎖を取り出し、右の上腕に巻いてみる。
おおっ、力が抜ける。
いきなり縛られた時は焦ったが、今はこれほど嬉しいものはない。
感触としては3000に戻ったくらいか。
遺物でも完全には力を抑えられなかったようだ。
それでも充分な働きをしてくれている。
あとはレベルを見られないようにしないと。
幸い偽装の指輪もある。
レベル偽装は慣れたものだ。
大丈夫、俺はまだ3000だ。30000なんかじゃない。
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