186話 戦士達の長い雨宿り


 街を出た俺達は、何もない荒野をひたすら進む。

 地平線には蜃気楼――と言うのだろうか、地平線がもやもやして遠くの山が空に浮いた島のように見える。


 乾燥していて暑い。


 この辺りは大型の魔物は住まないのか、小さな生き物しか見かけない。


「ぐえぇ、あぢぃ」

「きゅ~」


 フラウを乗せたパン太もふらふら飛んでいて、すでに限界が近い。

 カエデも先ほどから言葉を発せず黙々と付いてきていた。


 どさっ。


 音がして振り返れば、カエデが倒れている。 


 慌てて駆け寄り抱き起こす。


「しっかりしろ」

「ごしゅじんしゃまが、三人に、みえますぅ」

「ほら水だ。飲め」

「ごくっ、ごくっ、ごくっ」


 一心不乱に水筒の水を飲み続ける。

 彼女の肌は汗でじっとり濡れており、顔には白い髪が張り付いていた。


 定期的に水分補給をさせていたが、それでも足りなかったらしい。


 もしかして毛の量が関係しているのか?


「しょっと、とりあえずあそこの岩陰で休憩しよう」

「すいません……私の為に」


 カエデを背負って進む。


「謝る必要なんてないぞ。主が奴隷の面倒を見るのは当然なんだからさ」

「前々から思っていましたが、ご主人様は奴隷に優しすぎるのではないでしょうか」

「ん~、横暴とまではいかないでも、結構我が儘に振る舞ってるつもりではあるんだが。最近はカエデにもフラウにも頼りっきりだしさ」

「全く足りません。もっともっと頼っていただかないと。もっとです!」

「元気になったか?」

「まったく」


 その割には声に力があるのだが?


 けどいいや。

 このぐらいしか日頃の恩を返してやれないんだからさ。


 お、そう言えばフラウとパン太はどうした??


 立ち止まって振り返れば、一人と一匹が地面で果てていた。


「……おい、お前らもか」

「あるじさま~、むり~、とけりゅ~」

「きゅ~」


 なんとか屈み、取り出した紐でフラウとパン太を腰に縛る。


 岩陰までの辛抱だ。

 それまで耐えてくれ。


「あづ~、あづいよ~」

「きゅ~」


 腰にいるフラウはぐでんとしていた。


 岩陰に到着し、カエデを下ろしてからフラウとパン太を地面に寝かせる。


「ありがとうございます」

「無理はしなくていいからな」

「はい」


 そろそろ食事もしておきたいが、俺もバテているのか食欲が湧かない。


 この辺りは数ヶ月雨が降らないこともざらだそうだ。

 降ったら降ったで大雨になり、無数の小さな川ができるとか。


 見てみたい気もするが、そうなると足止めは確実。できれば避けたい事態だ。


 ゴロゴロ。


 不穏な音が遠方より届き、そちらに目を向ける。


 彼方の空に黒い雲があった。

 時折、ピカッと光り雷鳴が空気を震わせる。


 なんてタイミングだ。

 まさかここで大雨と出会うなんて。


 二人と一匹をまとめて背負い、急いで手頃な場所へ避難することにした。



 ◇



 ゴロゴロゴロ。

 ザァァアア。


 激しい雨と稲光。


 洞穴へ避難した俺達は、外の光景にただただ驚くばかり。


「すごい雨ね。びっくりよ」

「幾分涼しくはなりましたが、この大雨では足止めもやむを得ませんね」

「きゅう」


 俺も初めて見るような雨だ。

 止むこと知らぬかのように降り続け、大地には幾筋の小さな川ができている。


 この中を歩くのは無謀としか言いようがない。


 しばらくここで過ごすことになりそうだ。


 穴の奥へ戻り、火に掛けた鍋の中を覗く。

 気温が下がって肌寒いくらいだ。

 身体の温まるスープがちょうどいい。


 ゴロロロッ。


 一際大きな雷鳴が響く。


「ひっ」


 カエデは尻尾を膨らませて硬直した。

 ぱたぱた俺の元に走ってくると、背後へ狐耳を押さえて身を隠す。


「雷が怖いのか」

「その、はい……」


 不安そうに身を寄せるカエデに噴き出しそうになる。


 カエデにも苦手な物があったのか。

 そういや、俺も小さい頃は雷が怖かったっけ。


 ニヤニヤした母さんが「雷様はおへそをつまんで内臓を引きずり出すのよ」なんて、ことある度に俺を脅してたのを思い出すな。


 ぱりり。


 不意に火の近くで火花のようなものが散る。


 ……なんだ今の?


「フラウ、食事だぞ」

「はいはーい」


 パン太と外を見ているフラウに声をかける。


 俺は先ほどのことを忘れて、二人へ器を渡した。



 ◇



 五日が経過しても雨は降り続けていた。

 昼間なのに外は夜のように暗い。


 地上を流れる水はかさが増し、大河のごとく大地を削る。


 幸いにもここは高い位置にあるので浸水する心配はなかったが、やることがなく時間を持て余していた。


「るー、るるー、るーるー♪」

「きゅ、きゅう~♪」

「ちゅぴぴ~♪」


 ヒューマンサイズで過ごすフラウは、入り口で足をぶらぶらさせながら外の様子を眺める。

 その横で一緒に過ごすのは、パン太とチュピ美だ。


 外ではクラたんが嬉しそうに空中を泳ぎ、サメ子は水たまりで水遊び、ロー助は水に耐える練習をしているのか雨の中を懸命に飛んでいた。


 一つの毛布に包まる俺とカエデ。

 カエデは俺の方へ体重を預け、寝息を立てて熟睡している。


 まさかここまで一気に気温が下がるとは。


 吐く息は白く肌寒い。


 すりすり。

 そっとカエデの頭に頬を擦り付けてみると、サラサラしていて気持ちが良い。

 さらに狐耳がモフモフしてて気持ちよさ倍増だ。


「ん」


 狐耳がぴくんと反応した。


 おっと、夢中になりすぎるとカエデを起こしてしまう。


 朝はいつも先に起きて待っててくれるんだ。

 今くらいはたっぷり寝かせてやらないと。


 ぱりっ。


 地面に電気のような光が走った。


 まただ。

 この前もこの現象を見た。


 もしかして、見えない何かがいるのか?


 竜眼を発動させると、そこには無数の半透明な生き物のような何かがいた。


 虫のようなそれは外見はホタルのようで、お尻の部分が発光している。

 至る所にそれは張り付いていたり、飛んでいたり、ひっくり返って藻掻いていたりと、自由気ままに振る舞っている。


 雷の精霊、なのか?


 一匹が俺の視線に気が付き、とことこ近づく。


 指を差し出すと触角を動かし指に乗った。


 可愛いなこいつ。

 しかもよく見ると他とは色やサイズが少し違う。


 他の精霊は見るだけで逃げ出すが、こいつは自分から近づいてきた。


 ぱりり。


 指に電気が走る。

 けど、ぜんぜん痛くない。


 他の精霊はいないのか確認するが、水と土の精霊は僅かに見かけるものの、火と風の精霊はどこにもいなかった。


 そういやアリューシャが精霊には相性があるとかなんとか言ってたな。

 火と風がいないのはそれが原因だろうか。


「ごひゅひんひゃま……しゃぁわせ……」


 カエデは幸せそうな寝顔だった。


 こんな日もいいものだな。

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