185話 偽物、戦士に恐怖する2


 ざぁぁあああ。

 閉め切られた部屋に大量の砂が流れ込む。


「砂が、砂が入ってくる!?」

「おかあちゃぁぁん!」

「こんな死に方いやだぁぁ」

「うふふ、みんなあっちで会えるわよ」


 四人は抱き合って死を覚悟する。


 俺達は見合って首を傾げた。


 ……どうしてこいつら、こんなにびびっているんだ?


 壁を破壊するなり脱出方法はいくらでもあるだろう。

 それともできない理由があるのか。


 壁を探っていたカエデが声を発する。


「どうやらこの遺跡全体に、特殊なコーティングが施されているようです。通常よりも数十倍も強度が上がっているようですね」

「こいつらには壊せないってことか?」

「だと思います」


 へー、異大陸の遺跡は向こうとはひと味違って面白いな。


「主様、そろそろどうにかしないと生き埋めになるわよ」

「きゅう」


 さすがに俺でも砂に埋まれば死ぬ。

 てことで、さっさと脱出するとしよう。


 どりゃぁ!


 拳を真下に振り下ろす。


 その瞬間、衝撃で砂が吹き飛ばされ、隠れていた床が露わとなった。


 ずがんっ。

 床の底が抜け、砂と一緒に俺達は落下した。







「……全員、生きてるか?」


 瓦礫を押し退け起き上がる。

 暗くて周囲は見渡せないが、広い空間に出たのは確かだ。


 しかし、埃臭くてたまらないな。


「けほっ、けほっ、ご主人様、いま明かりを」


 カエデが魔法で照明を創った。


「おおお!」

「これはすごいですね」


 まっすぐ続く通路、両端には見上げるほどの大きな戦士の石像が等間隔で並んでいた。


 真上には穴があり、高い天井から砂が落ちてきている。

 あそこから落下したようだ。


 フラウとパン太は?

 それに偽の漫遊旅団も。


 視線を巡らせると、近くに偽の漫遊旅団が倒れていた。


「死んで……ないな。おい」

「あんた、ここは?」


 トール(偽)は起き上がる。

 他の三人もカエデに声をかけられ、それぞれ起き上がった。


「フラウとパン太はどこだ?」

「ここよ!」


 通路の奥から眩い光がやってくる。


 あれはなんだ。

 謎の魔物か?


 違う、フラウだ。


 発光するフラウがパン太に乗って戻ってきたのだ。


「一緒に落ちたんじゃなかったのか」

「落ちたわよ。先に目が覚めて、周囲の状況を探ってたの」

「やるじゃないか」

「えへぇ」


 撫でてやるとにへらと顔を緩ませる。


 さらにカエデに「ありがとうございます。フラウさん、パン太さん」と撫でられ、フラウとパン太はさらにだらしなく顔を緩ませた。


「行くぞ」

「おい、なに勝手に仕切ってんだ。俺達は本物の漫遊旅団だぞ」

「そうだったな。悪い」


 俺達は再出発することにした。



 ◇



 石像の並ぶ通路をまっすぐ進めば、大きな部屋へと出る。

 部屋の中央には台座があり、金と宝石に彩られた豪華な箱があった。


「あれってお宝よね!」

「きゅう!」


 フラウとパン太が箱へと飛んで行く。


 俺達も行くか。


 ばしっ。不意に肩を何かで叩かれた。

 振り返るとトール(偽)が剣を握ったまま固まっている。


 ……ん? 剣?


「おかしい。斬れないぞ」

「なんしてんだよ、気づかれたじゃねぇか」

「やっぱり無理だって。こいつらおかしいもん」

「こっち見てる、ひぃ」


 ぬぎゃぁぁ。

 フラウの悲鳴が響く。


 部屋の中に六本の首をもたげるヒュドラがいた。


 なんだよ、いるじゃないか。

 ヒュドラ。


 そうか、もしかして先に気が付いて剣を抜いていたのか。


 意外に良い奴らなのかもな。

 ちゃんと叩いて知らせてくれたしさ。


 ただ、カエデは目を細めて彼らをじっと見ている。


「あいつら見た目は胡散臭いけど、実は良い奴らなんだよ」

「そうなのでしょうか? いえ、そうなのですね」


 カエデは怪訝な表情だったが、すぐに切り替えて笑顔になる。


 世の中には見た目で損をしている奴らもいる。

 漫遊旅団を騙るのは感心しないが、もしかしたら深い事情があるのかもな。


「この、この、避けるな」

「きゅきゅ! きゅ!」

「五月蠅いわね、ちょっと黙ってて!」


 フラウがハンマーを振ってヒュドラを倒そうとするが、長い首を器用に動かし、素早く攻撃を躱していた。

 見守るパン太は彼女に色々注意をしているようだが、上手く攻撃が当たらないせいでお互いにストレスだけが溜まっている様子。


「フラウさん、上じゃなく下を狙ってください」

「下? あ、そういうこと」


 カエデの指摘にようやく気が付いたようだ。


 首は六本あっても胴体は一つ。

 枝葉をいくら攻撃してもいなされてしまうのと同じだ。


 叩くなら幹。


「フラウ、こっちに飛ばせ」

「フェアリーハンマァァ」


 ハンマーによって弾き飛ばされたヒュドラに、大剣でフルスイングする。


 刃を当てた瞬間に手応えで分かる。


 こいつ、堅い。

 だったら!


 肉体強化スキルで筋力を強化。

 ノーモーション瞬間加速でゼロ距離から加速する。


 スッ、と刃が鱗を通過し、胴体を真横に両断した。


 剣を鞘に収めて振り返る。


「怪我はないな」

「「「「…………」」」」


 四人は心なしか青ざめた顔でこくこく頷く。


「お宝とご対面よ!」

「きゅう~」


 目を離した隙にフラウが宝箱を開けていた。

 俺とカエデも箱の中をのぞき込む。


 宝箱の中は空っぽだった。


 うん、働き損だな。


「ご主人様、この箱かなりの値打ちものでは?」

「実は箱がお宝だったのかしら」

「きゅう?」


 確かに箱は豪華だ。

 売ればそこそこいい値段になりそうだ。


 しかし、俺のグランドシーフの嗅覚がまだ何かあると言っている。


 もっと奥。この部屋の奥に何かある気がする。


 俺は壁に張り付き探る。


 隙間はない。

 動かせる感じもしない。


 ぶち破ってみるか。


 どがんっ。


 壁の向こうから新たな空間が現れる。


「カエデ、光を」

「はい」


 部屋の中を照らしてもらうと、大きな卵が視界に入る。


「もしかしてこれ」

「強化卵ですね」


 こんなところで手に入るなんて。

 ロー助だけじゃなく、サメ子も強化できそうだ。


 いや、チュピ美かクラたん?


 どっちでもいいや。

 仲間を強化できるのは嬉しい。


「きゅ~」

「パン太さんは次の機会ですね」

「フラウが撫でてあげるわよ」


 卵をつつくパン太は不満そうだ。

 パン太を強化する卵もあればいいのだが。


「卵だけみたいだな」

「どうする? 眷獣の卵っぽいが」

「無理無理、あいつらヤバいし!」

「大人しく渡して、さよならしましょ」


 振り返ると、四人はニコニコしながら手をすり合わせていた。


「もらっても?」

「どうぞどうぞ! 俺達は宝箱を売った金額で充分です! ああ、もちろん折半させていただきますよ! そこは譲れない!」

「約束だから別に構わないが……本当にもらっていいのか」

「遠慮なさらず! なっ、みんなもそう思うだろ!」


 トール(偽)の声に、三人が何度も頷く。


 やっぱ良い奴らだな。

 強化卵を譲ってくれるなんて。


 ひとまず卵はマジックストレージに収納した。



 ◇



 宝箱を売り払った金を折半する。

 ヒュドラの素材も折半すると言ったのだが、彼らは断固として受け取らなかった。


 そして、ギルド前で別れることになった。


「へへへ、今回は世話になりました」

「どうしてそんなに腰が低いんだ。もっと堂々としてたじゃないか」

「滅相もない! 旦那と俺とでは格が違う。ため口なんて千年早かったです。ああ、過去の自分を殴ってやりたい」


 そこまで自虐的になる必要はないと思うが。


「ところで偽の漫遊旅団の話なんだが」

「それについては――ひっ!?」


 トール(偽)が何かに怯えて俺の陰へ隠れた。


 突然のことに疑問符が浮かぶ。

 彼の視線の先を確認してみれば二人の男女がいた。


 一人は頭にカチューシャをした男。

 一人は真ん中分けの前髪にすらりとした女性。


 どちらも紅い軍服のような服装をしていた。


「よぉよぉ、本当にそいつら実在するのか」

「何度言えば理解する。この能なし。あの方がいるといえばいるのだ。たとえいなくともいるのだ。このクズが」

「一言多くね? つかよぉ、それってナンバラも信じてねぇってことじゃんよぉ」

「……ひぐっ」

「な、泣くなよぉ、打たれ弱すぎじゃんよぉ」


 気が付けば偽の漫遊旅団全員が、俺達の背後に隠れていた。


 なんなんだ一体。

 もしかして顔を合わせたくない相手なのか?


 二人はこちらには目を向けずスルーして行く。


「なんなの、あれ」

「さぁ?」

「ですがレベルはどちらも3000台でした」

「俺とほぼ同等ってこと?」


 うへぇ、世の中って広いな。

 あの若さで俺と同じレベルなんて。


 さて、彼らから偽の漫遊旅団の情報を――。


「っていない!?」

「さっきまでいたのに!?」

「恐るべき逃げ足ですね」

「きゅう」


 だ、騙された!

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