184話 偽物、戦士に恐怖する1
偽の漫遊旅団とは案外早く打ち解けた。
そして、現在は酒場にいる。
「――ムカつく奴らだと思ったが、良い奴らじゃねぇか! なっ!」
リーダーのトール――紛らわしいので以後トール(偽)と呼ぶことにする――は、ジョッキを片手にご機嫌だ。
トール(偽)は大剣を背負っているが、腰には片手剣を帯びていて、大剣は飾りであることが窺える。
愛用の武器、というにはあまりにも真新しく綺麗すぎるからだ。
ちなみに彼はビースト族虎部族だ。
仲間は三人。
体格の良い格闘家らしき魔族の男。
口元を布で隠したアサシン風のダークエルフの女。
ローブを身につけた魔法使いらしきエルフの女。
それと……パン太のつもりなのだろうか、白い子豚がテーブルの下を歩いている。
「あんた、アレみたいよ」
「きゅう……」
下を覗くフラウとパン太は、子豚にげんなりした様子だ。
俺の気分も同じだ。
名乗るならもっと本格的に似せてもらいたい。
しかし……あの子豚、大きくなったら食べるのだろうか?
「私はとても不愉快に感じております。漫遊旅団を名乗るばかりか、ご主人様の名まで語り、偉業を己がしたことのように触れ回る。断じて許されることではありません」
「まぁまぁ、落ち着いて。彼らが俺達の名で悪行を働いているなら大問題だが、今のところそんな雰囲気もないし。もちろん説得して止めさせるのは大前提だが、もう少しくらい様子を見てからでもいいだろ」
「ご主人様がそこまでおっしゃるなら……承知しました」
普段は温厚なカエデが怒っている。
笑顔を貼り付けながら、黒い殺気が彼らへ向けられていた。
よほど腹に据えかねるようだ。
ま、彼女は漫遊旅団であることを誇りに思っている節があるからな。
「他人の金で飲む酒はうめぇな!」
「まったくだ!」
「漫遊旅団になって正解だね」
「し~!」
酒盛りを楽しむ偽の漫遊旅団。
この場の支払いは俺がもっている。
建前は偽物と疑った詫び、実際は情報収集が目的だ。
ほろ酔いのリーダーがニヤニヤする。
「しっかし、漫遊旅団の名を騙るなんてよぉ。俺達が寛大だったから良かったが、そうじゃなかったら今頃ぐしゃぐしゃのミンチになってたぜ」
「それは怖いな」
「感謝しろよ。このくらいで見逃してやるんだからよ」
ぴきっ。
カエデの握ったグラスにヒビが入る。
変わらぬ笑顔だが、明らかに怒りを含んだ黒いオーラが出ていた。
それを見たフラウとパン太は「あわわわ」と怯える。
頼むから今は我慢してくれ。
「実は俺達、偽物の漫遊旅団について調べているんだ。どんなことでもいい、何か知らないか」
「本物の――じゃなくて、偽物、有名な偽物なら知ってるぜ。リーダーはトールってことになってるが、実際に仕切ってんのは格闘家の女だ」
有力な情報を掴んだと思った。
恐らくその女性は、ネイ。
漫遊旅団を名乗る格闘家は彼女しかいない。
詳しく話を聞こうとして身を乗り出すが、男は手の平を見せて『これ以上は話せない』の態度をとった。
「ただでさえ偽物がいることに不快感を抱いているんだ。とても話す気分じゃないなぁ」
「じゃあどうしろと?」
「お前ら、見たところなかなかできそうじゃないか。そこで一つ、共同で仕事をしないか。もちろん金は折半、偽物の情報だって教えてやるよ」
取引ときたか。
断る理由はないが……明らかに怪しい。
「狙ってる遺跡があるんだが、俺達だけで探索するにはちと厄介なんだ。そこであんたらの力を借りるってわけよ。ちょちょいっと手伝ってくれれば大金が手に入るぜ」
「そう言って騙そうとしてんじゃないの」
「おいおい、そりゃ言いがかりってもんだ。文句があるなら断ればいいだけだろ。それとも本物の漫遊旅団が信じられねぇってか」
彼らはニヤニヤしている。
なんとも分かりやすすぎて、裏の裏があるのかと深読みしてしまいそうだ。
それとなくカエデに尋ねる。
「レベルは?」
「全員400前後です。この辺りではごくごく普通かと」
そのくらいなら何があっても対処できるか。
俺達の現在のレベルは以下だ。
トール Lv3321
カエデ Lv2530
フラウ Lv2426
さすが異大陸、二人のレベルの伸びがすさまじい。
「オーケー、その提案受けるよ」
「期待してるぜ。子犬のルト君」
そうそう、俺達は
俺の名前はルト。
間違えないようにしないと。
「……早急に消さないと」
カエデ、瞬きもせず呟くのは止めてくれ。
◇
街から十キロほど移動したところにそれはあった。
荒野にそびえ立つ巨岩。
くりぬかれた入り口らしき場所には、見上げるほど大きな多頭の亜竜の彫刻があった。
蛇のように長い首が六本、向こうでは見たことのない種類だ。
「あれは?」
「ヒュドラだ。心配しなくてもここにはいねぇよ」
古き時代、この辺りには大きな王朝があったそうだ。
彼らは亜竜ヒュドラを崇め、ヒュドラへ生け贄を捧げた。
ヒュドラも彼らに応え、国を守護したのだとか。
だが、どんな国家にも滅びはやってくる。
栄えたその国は遠方より訪れた魔王によって一夜にして滅ぼされた。
「――ここはその時代の遺跡だ。神殿だったてのが通説だが、俺は馬鹿でかい宝物庫だったんじゃないかと睨んでる。その証拠に、ここではその昔、貴金属や貴重な遺物がたんまりあったって話だ」
「ワクワクする話だな」
「俺はまだ未探索のエリアがあると考えている。ここでお宝を見つけることが今回の仕事ってわけよ」
リーダーは指で輪っかを作ってニヤニヤする。
冒険者と言うよりただの下っ端盗賊にしか見えないな。
カエデが「う~」と小さく唸りながら俺の横についた。
まだ彼らを疑っているらしい。
「ご主人様は彼らに甘い顔をし過ぎです。いくら情報を得る為とはいえ、あのような連中を信用なさるなんて」
「信用はしてないさ。でも、端から疑うのも良くないと思っててさ。それにここに連れて来てもらっただけでも俺は受けて良かったと思ってるよ。遺跡はロマンだからなぁ」
「主様は冒険が絡むと、大抵のことはどうでも良くなるのよ」
よく分かっているじゃないかフラウ。
目の前のワクワクに比べれば、俺達の偽物なんて些細なことだ。
とは言えカエデの俺を想う気持ちは嬉しい。ここで沢山撫でておくとしよう。
「ごしゅじんしゃま~、んふぅ~」
「よしよし」
恥ずかしそうに赤面しつつも、カエデは狐耳を垂れて尻尾を揺らす。
「主さま~、もう出発するみたいよ~」
「きゅ~」
遺跡の中へ入るらしい。
俺達も行かないと。
と、思ったが、カエデが立ち止まってもじもじしている。
「あの、ぎゅっとしていただけると……もっと嬉しくて、その、」
両手を広げると、カエデはぱぁぁと表情を明るくした。
勢いよく抱きついてすんすん匂いを嗅ぐ。
「えへへ、ごしゅじんさま~」
幸せそうな顔に、俺も表情が緩む。
今日も俺の奴隷は可愛いようだ。
薄暗い通路を、光を頼りに進む。
「ずいぶん涼しいな」
「そうですね」
俺とカエデは並んで先頭を歩き、後方からは例の偽の漫遊旅団が付いてきていた。
フラウとパン太はと言うと、好き勝手に飛び回っている。
遺跡内部は入り込んだ砂が、無数の小さな山を作っていた。
埋もれるようにしてあるのは、屈強な戦士の像や壺。
壁や床は岩をそのまま使用していて、触れてみるとつるりとした感触があった。
加工技術は高かったようだ。
がこん。
床の一部が沈み、壁から首を狙って刃が飛び出す。
俺は反射的に刃を掴み砕いた。
「また防いだ」
「あいつ何者なんだ」
背後でこそこそ声が聞こえるが無視する。
また罠か。侵入者避けが多い遺跡だな。
宝物庫だったってのは、あながち的外れでもないのかも。
「砂と石像と壺以外、なーんにもないじゃない!」
「きゅ~」
ばりん。
フラウが壁に壺を投げつけて割る。
こら、それにも価値はちゃんとあるんだぞ。
「そうだわ、主様にはグランドシーフがあったわよね! ジョブで探れば隠し部屋とかあるかも!」
フラウとパン太が俺の元へ飛んで来た。
「お宝の反応は!?」
「きゅう!」
フェアリーとパン太が、キラキラ目を輝かせる。
グランドシーフの嗅覚は反応している。
お宝はあるようだ。
「あ」
がこん。
カエデが壁の一部を押してしまい、罠が発動する。
「ひぃっ!?」
「し、死ぬ、かあちゃぁあん」
「きゃぁぁあ!」
「ぺしゃんこになるのはいやぁ!!」
前方の坂から馬鹿でかい鉄球が勢いよく転がってくる。
俺は片手で受け止め停止させた。
あちっ。
摩擦熱でちょっぴり火傷した。
四人は口を開けたままぷるぷる震える。
「す、すげぇ……」
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